2007年09月14日

『塔』・その1

            塔

 人が倒れていた。何人も多くが、埃をかぶったような服を着て、それは一針一針縫い目はしっかりしているのだが、よく見るとその一本一本に擦り合ったような解きが見られる。しかし、全体のステッチとしてはまだしっかりと布地を支えている。そんな一人一人、というよりも、一体一体は、全身を細長くして色褪せ土気だった靴を前へ放り投げ、躰を壁にあずけている。その目は、どれも同じように遠くを見ているように思え、それがやがて心なし俯いてしまうと実は、はっきりしたところを見ているのではなくて、ただ、瞳を開いているに過ぎないということがわかってくる。そうやってじっとしていることだけが、今できる心の休まる唯一の方法であると信じているかのようにである。 「その塔にいっちゃいけないよ」母はいつも、私に言った。「だって、あの人たちは……」「だめなんだよ。あそこだけは」少しでも言い返そうとする私の言葉足らずなその先を見透かすように、母は、尚早口に言う。「あそこだけは、近づくことさえできないんだよ」「どうして」「どうしてって、だめなもんはだめなんだよ」
 私は、地方の小さな、そのまた小さな新聞を発行している会社で記者をしている。まあ、隣の家で三毛が生まれましたよ、とまではいかないながらもそれに類する記事を書いてきていることだけは確かだ。ごく身近なものからいけば、交通事故の件数であるとか、催し物の期日であるとか、いらなくなった中古品の売ります、買います、譲りますのコーナーであるとか、最近始めたものとしては、新聞をとおした花嫁、花婿募集というのまでやっている。もちろん、経済部、社会部もありそちらの紙面もあるにはあるのだが、概ね、中心は前記のものに偏っている。購読者の多くは、うちのとは別に大きな会社のものを取っており、いわば私たちが送り出すこの新聞は、限られた地方でのみ通用する情報誌のような、セカンド・ペーパーの役目を持っているのだ。
 そんな私が、最近よく見る夢が、この塔の夢なのだった。
 夢には、三つのはっきりと分けられる場面があった。
 一つは、右斜め上空から、小高い山を過ぎその先端から少しずつ全体が視界に入ってくる場面である。塔は、古いゴシック調のつくりをしているようにも見え、大きな柱とそれを外から縁取った刻み模様は、入り組みながら重層な感じを抱かせた。私は、空から迫りながらいつもその塔へ、不気味に遠近を失った空間を音もなく彷徨い、漂うようにして、まるで羽がもぎ取られあとは今まで飛んでいた加速を頼りにするしかないような蜉蝣にでもなったように静かに近づいていくのだ。
 次の場面は、突然人々の顔になる。疲れた顔がいくつも並んでいて、私はゴム草履を履いている。いつもの、快活な少年期を思い出す、あの地面を蹴って弾みながら進む歩き方はしておらず、そのときだけはぺたぺたという音をできるだけ立てないよう気を配り、摺り足で人々の休息の邪魔にならぬよう注意しながら見て回っている。どうやらそんなことが咎められないでいるところを見ると私は十歳前後の子どもであるらしい。そして、そこにいてはいけないと言うどこからともなく訊こえてくる母の声とともに、塔を駆け足で降りていく私の後ろ姿が、塔を「く」の字型に折れ曲がり上下に結んでいる階段と途中途中にあるほんの僅かの踊り場との小さな隙間の交錯する中へと重なっていく。
 最後は、母に制せられた後、塔の前方に聳える山に登り、やはりそこからまた懲りもせず塔を見つめている私の姿である。塔がよほど気に入っているのか、それともその中で倒れている人たちと、その横たえた躯とに理由もなく手放せない愛着のような意識を持つのか、それはわからない。さすがに、母の声はそこまでは届いてこないと見え、それを良いことに、私は夕暮れまで、その塔から目を離さず半ば恍惚とした気分で見とれているのだ。
 夢はそのまま、記憶の底に沈み込むようにして重く流れ込み、溶けるように感覚の襞の細部を埋め尽くし、しだいに間隙がなくなると毛穴が詰まったように息苦しく私自身を蔽いながら息たえだえといった状態になり、最後には暗闇へ吸い込まれ薄い膜だけが辺りを被面し取り残されたようにして終わってしまう。そして、私は目を覚まし、母の言葉を、渇ききった口元で反芻しているのだ。まるで、夢の残滓を記号にでも変えてしまえるとずっと前から思い込んでいたかのように。
 そんなあるときのことだった。私に次のような取材が舞い込んできた。
 うちの新聞の購読者の住んでいる範囲をセスナ機で飛んで、この地方では比較的活発な果実栽培の様子を見て一年間の特集を組んでほしいというのだ。果実、とくにその時期時期に、春は苺の路地栽培であるとか、夏は甘夏、秋は梨、冬は蜜柑といった具合に、どのような線を地形に刻み込みながら果実が成長しているのか、地上から見たのではなく、上空からその輪郭だけを取材してほしいというのである。これにはここではかなり知名度の高い地元出身の代議士からの申出があり、そうとう大きな資金が出ているというのだった。どうやら、その代議士は自分が生まれ育ち、また人口は少ないとは言えやはり大きな政治基盤であるに違いないこの町を、果実の町として全国的に売り出したいつもりらしい。
 私も一度はこの町を空からじっくり見てみたいと思い、二つ返事でこの取材を引き受けることにした。
 そして、あの夢の中で出会った塔のことも、この取材がなければすっかり忘れられ、消え去ってしまっているところだったのだ。今思えば、『もしかすると』そんな馬鹿げた錯綜と奇妙な現実と夢との転倒した思いのようなものが無意識のうちに私の頭のどこかに巣くっていたとも言えなくもない。
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『塔』・その2

             春

 路地苺は、見事なコラージュを地面との色彩の対称性の中に描き出していた。苺は、上空から見るとまるで点描されたスケッチ画の挿絵のようで、真っ赤な表面は、一粒一粒は肉眼では識別できず、もちろん区切りは見えないのだが、全体としてはたしかに路地苺特有のやや色の褪せた赧が地面との葉や茎とに締め出されたように浮き上がり、微かな鮮明さとでもいうべき淡い色彩の中に僅かにくぐもった線をはっきり持つ輪郭を、崩すことなく示していた。
 私は、はるかに自分より年下であろうと思われる操縦士に話しかけた。相手は随分と若かったのだ。
「きれいだね」操縦士は頷いただけだった。無理もない。まだ会って数時間しかたっていないのに、そう簡単に言葉が出てきてたまるものか。私は、静かに視線を外へ移すと、同行していた写真部の柄本という男にどんどん撮影していくよう指示を与えた。相手は、持ってきていたカメラを既に両腕で固定させ、しっかりとアングルを固めているようだった。
 「できるだけ低空を、大きく円を描くよう飛んでくれ」操縦士は、打ち合わせの段階で既に聞いているその言葉に、了解の意味で軽く頷き返すと、ゆっくり操縦桿を動かした。尾翼と両翼とに微かに風と空気の抵抗があったためか、押し上げるような揺れが震動のように広がり、躯の下腹を中心に伝わってきた。そのとき私の方はと言えば、取材ノートに簡単なスケッチと苺だけではない、家々の村ごとに散在する風景とその有様をできるだけ客観的にとらえられるよう書き取っていっていたのだ。とは言っても、走り書き程度で、ほんの概略をである。上空を飛んでいる以上、そう時間は長くは許されないことはわかりきっている。私は、カメラマンにもう一度念を押すというよりも、普段の口振りで言った。「たのむぞ、しっかり撮っといてくれよな」
 チャーターしていた時間が過ぎ、そろそろ今回の取材も終え、セスナ機が飛行場へ戻るために一度海岸線へ出、旋回しかかったそのときだった。私は、一瞬自分の目を疑った。
 あれは、夢の中に出ていた塔ではないか。
 「ああ、ちょっと君……」操縦士にそう言いかけて今度はまた、私は自分の発見に心底裏切られなければならなかった。一見塔に見えていたその建物は、実は、海岸寄りの地方に行けば、ほとんどどこにでも見かけられる白くセメントで塗り固められたポツンと立った灯台だったのである。その灯台が、そう見えたのは、セスナ機の接近の仕方と、夢の中での私の近づき方とがあまりに酷似していたせいであったからかもしれない。最初、灯台を隠していた小高い丸みを持った丘とその向う側にキラリキラリと針のように光る幾本もの波を眠らせた大海原が目に入り、そのときその灯台は、徐々にだが、大胆にその両者とに挾まれ、右先端から姿を現したのである。私は性懲りもなく、またメモをとった。塔ではないとわかっていながら、まるであの塔と出会えたかのように僅かではあるが歓喜を覚え、しかし内心では何も考えず、ほとんど義務的に取材の延長の態度と言わんばかりに鉛筆を走らせたのである。
 「柄本、あの灯台もついでにおさめといてくれないか」「灯台を?」「ああ、そうだ」「わかりました」相手はいかにもカメラ屋らしく、しかも入社して間もないためか、いつになくはりきっていた。カメラをいじることそのものが好きで、必要とあればどんどん撮影していたいらしい。そんな彼に被写体の余分な説明はいらないのだ。
 社に戻ってから、私は自分のメモと現像し終わったばかりの写真を見比べ、何かそこに隠された暗号でも探り出すかのように、もう一度夢の中の情景を思い浮かべていた。まだ空中をセスナ機で飛行している感覚のわずかに残る身体と夢の中での飛翔感とが重なり合えば、今よりももっとはっきりとしたものが何か掴めるような気がしたからだ。デスクと向き合った姿勢をしばらくとっていると、
 「吉田いいものが撮れたな」
 「まあね」編集の久具が声をかけてきた。「柄本も腕を上げたよ」私は、そう言って顔を上げた。
 久具は私とこの社に、二年違いで入ってきていた。久具の方が先輩なのだが、私が学生でしばらく余分に過ごしたため、年齢は同じだった。
 「ところで久具、おまえこの灯台知ってるか」「灯台? そんなもんあったっけ」  ほら、と私は何枚かある灯台の写真を掴み、相手の目の前に突き出した。
 「へえ、これはどのあたりだ?」久具の質問に、私は一つずつ丁寧に答えていった。 「あすこに、こんなもんあったけねえ」感心するようにして、久具は言った。
 「俺も、まさかこんなもんがあるとは、思わなかったよ」私も半ば呆れたようにして言った。「しかし、これは本物だよ。さっきこの目で見てきたばっかりだ」
 新聞関係の仕事をしていると、外部の者から見れば、かなりの知識を持っているように思われるかもしれないが、そうではない。やはり仕事である以上、専門というものはいつも付き纏っていて、その上かりに業務でどこそこへ行く機会が多いからと言っても、それが単なる取材先と会社との無意味な往復ともなり兼ねない。行ったことのない場所は、やはり「行ったことがない」と言うに等しい程度のことなのだ。そんな私が、この灯台について知りたいと思ったのは、自然な成り行き以上に、夢で見たあの塔と同じように、何か魅き付けられるものがその灯台に存在していたからかも知れない。
 突然、降って湧いたようなそんな思いを、私は、そのとき既に、しばらく自分の頭の中で大事に持ちつづけてみようと考え始めていた。そんな私の心情を隣に立つ久具が知るはずもなかった。
 私は、編集チーフの鹿島に、今回の取材でもう少し詳しく調べてみたいことが出来たからと無理を言い、頂度、柄本も空いていたこともあって彼も連れ、その灯台がある場所まで、車を走らせた。 
 「まあ、今度のにはお偉いさんからのかなりの調達があるからね。うちとしちゃあ、ビッグなメインで派手ににしたいんだ。ただでさえ農業を扱えば暗くなりがちだしな。せいぜい枠外さない程度にがんばってくれよ」私はハンドルを取りながら、鹿島の、出かけるときには反対に励ますような口振りにさえなっていた、脂ぎったのっぺりとした表情を思い出していた。
 「吉田さん」柄本は助手席でレンズを磨きながら、言った。
 「俺、あの灯台写しながら、何か懐かしいような不思議な感覚持ったんです」
 意外な柄本の切り出しに、私は、どう反応していいか最初戸惑った。しかし、そんなときには普段から、こちらが彼との間でとっている距離が答を出してきてくれる。なまじ頭で考えたものでない、仕事やいろんな場面を通し身体に深く染み込んだ、理屈抜きに反応する情動のようなやつだ。頭で思考させることを私が意識的にか追い詰められてか、どっちにしろ最終的に自分の意志でストップさせると、それは、いよいよどこからともなく這い出すようにしてむらむらと湧き出てき、躯に張り巡らされたワイヤーのように頑丈で、それでいて実に細かく穿った糸を手繰り寄せながら、相手に応じたそれぞれに記憶されている動きに撓いだり、時によっては狂ったようにして暴れ出す。当然、それに合わせ身体の隅々も、開き直ったように大胆に、あるいは神経が過敏すぎると思えるほど、私をよく知っている者から見てさえ別人にしか思えないほどぎすぎすと動き廻るのだ。おまけに何者かに操られていると言った圧迫感も、ぎこちなさも、不自然さもまったく自分では感じない、といった具合にである。
 その時もそうだった。
 「へえ、どんな感覚だい、聞かせてくれないか」私は、さもそうしようと前もって待ち構えていたかのように、ちらりと柄本の方へ視線をやると、そこがたまたま、カーブに差しかかっていたため軽く手首を返してハンドルを切り、片手を離すと付けっ放しになっていたラジオのスイッチをポンと叩いて切った。一瞬、そのときニュースがあっていたらしく『あっ』とも『うえっ』ともつかないアナウンサーの最後の声が、擬音のように意味不明な音となってもぎ取られ、その拍子に投げ出され、小さな果実のようになって車内に転がり、同時に砕けて消えた。
 柄本の話は、こうだった。
 「それが、あの灯台なんですけどね。あれ見てると、ほら、よくあるでしょう。遅くなって帰宅しているとき、ああ随分走ったな、運転しているなあ、そろそろ家かなって回りを見回してみるとまだ相変わらず、いつも通る道路の半分しか来てないっていうのが……。それなんですよ。あれ、俺、今まで一体何考えて運転してたんだろう。ハンドルちゃんともってたんだよな。カーブ差し掛かったとき、隣走ってる車にぶつからなかったところを見ると、ちゃんと運転はしてたんだろうな。でも、そうこうしているうちに、スーッと、さっき確かに抜いたはずの車が、信号停止している自分の車の隣に横付けしてくるんですよ。それと同じなんです。ああ、もう随分写真とったな、だいぶ灯台の回りまわったなって。でも、肝心な納得できる奴ぜんぜん撮ってないんですよ。」
 「それは、おもしろい話だな」私は、坂道になったためギアを一つ落としながら、また柄本を見た。車窓の景色はほとんど視界に入らなかった。私は、周りにある、今、手がとどくかとどかないかのところに連なる張りぼてのような景色より、写真のネガに私の記憶とともに焼き付いたあの灯台の方に大きな魅力を感じていたし、柄本の話すその内容がそんな私に拍車をかけていた。
 「お前は、あそこに灯台があること知ってたのか」私は、今度は振り向かず訊ねた。「いえ、俺も灯台があるなんて知りませんでしたよ。お恥ずかしながら。高校出て、免許とってから何回か、俺も車で実際、ドライブに行きました。でも、あったけな、あんな灯台。ねえ、吉田さん、あなたもあんなもん見るの初めてでしょう。俺、上からファインダー覗きながら、信じられなかったもん。こっちだって、カメラマンの端くれとしてこの辺の地理的なことぐらい一応だいたいどこに何があるかちゃんと頭の中に入れてるつもりですよ。吉田さんだって、そうでしょう」
 私は、返答に困った。柄本の言うとおり、まったくそのとおりだったからだ。驚いたのは、彼だけではない。私自身、セスナ機から灯台を覗きながら、不思議な幻覚のようなものに打たれていたのは事実だったのだ。灯台が自分の目の前に現れ、まずこの両の眼を疑った。夢と今見ている現実とが逆転している。これは、何かの間違いだ。自分自身の中で、今見ていることと夢の中でのことが奇妙に出入りしては擦れ違っている、そんな気がした。そして、ここにこんなものがあったこと自体への強烈な疑問も一瞬だけだが湧いてきた。しかし、胸の中の興奮はなかなか消えず、その興奮が事実をも飲み込むようにしてこの疑問を打ち消した。内心では、最近では記憶にないくらい珍しく、慌てていたのかも知れない。
 塔は、そのとき形を変え、確かに私の目の前にあったのだ。
 車が、本車線と二股に分かれているところに差し掛かった。一方はそのまま、この先にある海水浴地である弓なりになった海岸へ続いていてゆったりとしたカーブをさらに描きながら進んでいけばいいのだが、もう一つの道は、かなり急な勾配を持っており、その先には果たして何があるのかここからでは視界の外になってしまってわからない。雑木が深く生い茂っていて、道は当然車の通るに充分な入り口がここにあるわけだから、その中もつづいていることだけは確かだろうが、それでも行ってみないと本当のところははっきりしない。私は、この道に行くのは、初めてだった。ただ言えることは、間違いなく、こちらの道が小高い山の裾野を越え、あの灯台のあった場所へ真っ直ぐに繋がっていることだけで、私はそのことを柄本に確認することもなく、躊躇せずギアをローに入れ、登っていった。かなりの急斜だった。
 だが、その登りも過ぎてしまうと早かった。その先は穏やかな傾斜を持ちながらも、ほとんどそれを体感するといった具合ではなく、ただ単にアクセルをやや深めに踏んでおくということと、後はエンジンの排気音からだけくる感覚でつかむといった状態だった。そうやって、私たち二人は、あの灯台のあった岬の先端へ近づいていった。
 雑木林を抜け、見晴らしの良い場所に着いた。適当なところに車を止め、私と柄本は降り立った。岬がつい目と鼻の先にあった。
 そしてそこには、灯台は……、なかった。
 「吉田さん、あすこですよ。どう考えても灯台のあった場所は」柄本が信じられないといった様子で、岬の先端を指差し私の方を見た。「おっかしいな、おっかしいな……」何度も、同じ言葉を繰り返していた。私は、そんな柄本をよそに岬の方へ歩いていっていた。岬は、ここから見ると、確かに海岸線からはみ出した突端に位置するのだが、同時にこんもりと高くなった丘にもなっていた。手前からは、また人一人が歩ける程度に道が狭まり、ぐんぐんと傾斜する形でその先につづいていた。いよいよ最終目標である灯台のあったその場所へ足を踏み入れるのだ。頂度そこに、小さな石碑といった感じで、文字が刻まれているものがあった。それにはこう、書いてあった。

 フォーチュン・ヒル(幸運の丘)

 良い名前だ。私は、なんとなくそう思った。
 道は石段になっていた。その周りには、雑草が生い茂っていて、春の蟲たちが何匹か羽音を立てて飛んでいた。一息に登り切ると、石段はなくなり、獣道のように枝々が所々垂れ下がり邪魔をした。一旦、見晴らしが悪くなり、またすぐに最後の坂を登り切ったところからさっきと同じか、またそれ以上に良くなった。『幸運の丘』の中心に着いたのだ。
 やはり、灯台は、その跡らしきものさえなかった。
 目の前には、大海原が、これ以上広く遠くまでは見渡せないであろうと言うほど、それを自負するかのように迫ってきていた。振り返ると雑木林も今登ってきた道も後方に下がり、車を置いた場所が何の遮蔽物もなく視界に入れることができた。柄本が立っていた。彼は、いろいろ風景を自分の気の向くままに撮っているらしかった。私は、切り立った崖っぷちのところまで歩いていった。左下に、海岸線が見え、向こうの丘と崖とに挾まれるように弓形をした浜辺が、波を静かに受けて佇んでいた。夏なら当然、海水浴客たちで賑わう砂浜も、今は誰一人いなく閑散としているのが、かなり上に位置するこの場所にも伝わってきた。私は、その場で柄本がやってくるのを待った。
 彼は、それから十分ほどしてやってきた。
 「吉田さん、ここ、えらく見晴らしが良いし、開発すればまた一つこの辺りで名所になるんじゃないですか」
 「でも、ちょっと静かすぎるし、淋しすぎるな」私は、感じたままを言った。「そうですね」柄本も同感らしかった。潮風が時折、煽られるように、風と風との中にも層がはっきり存在するのだと、それを証明したいのか、躯の下半分と上半分とで違った感じをもたらしながら吹いてきた。
 「お前が、さっき撮ったやつだよ」私は、柄本に持ってきていた写真を、上着の内ポケットから取り出して見せた。「灯台、ありましたよね。ここに」柄本は、実際に撮影し、現像もした本人であるにもかかわらず、実に心細そうだった。
 その写真には、確かに今我々が立っているこの場所に、全体が白く、どことなく無愛想で、しかも無人の建物に共通する周囲とどこかで同調していない、それにもかかわらず、そのことを目立たなくしながらひっそりと立っている、そんな、人に例えるなら芯の強さというか、簡単には揺るがず、しかもどことなくそこへ自然と引きつけてしまう幽かな感じをもつ灯台が、立っていたのだ。
 「一体、どういうことでしょう。吉田さん」しげしげとその一枚の写真を見る柄本に、「俺も、知らんよ」私は、投げやりに、そう答えた。さっきの妙な感覚の話は、さすがにその時はする気にもならなかった。
 そこからの帰りに、私は、柄本がひょんな拍子に言った彼の祖父の通っていたという軍需工場跡に案内してもらった。そこからそう遠くないところにあるというのだった。 「もう、そこは取り潰されて、公園になってますよ。当然のことでしょうけど」
 「そうか。まあいいじゃないか、せっかくここまで来たんだから」
 我々は、その岬から後戻りをし、また一山を越え、麓に出た。
 公園は、麓をちょろちょろと蛇行しながら流れる川にかかった橋を渡り、しばらく行くとすぐにわかった。公園を挾んで狭い道路があり、その向かい側は土手に面していて、そこに、切り通しを旨く利用してつくられた工場の名残の弾薬庫の跡が鮮やかに今も残っていた。ただ、現在は扉もなく、まるで横穴式古墳のように四つ上下に二つづつ規則的に並んでいるだけで、無防備に外に向かって開き、かつての堅く閉ざされたように外部から遮断されそこに運び込まれていた弾薬の所狭しに積み上げられている様子を知る由もなかった。
 「あそこは、今じゃ、子どもの恰好の遊び場でしょうね」
 「そうだろうな」弾薬庫跡へ向かいながら、私は素っ気なく答えた。公園の方は、まるっきりなんの面影も残らないほど整地され、見事に生まれ変わっていた。土を剥がしても戦車のネジ一つ出てきそうになかった。私の足は、自分自身、ただふらっと寄っただけだといのに、少しでも当時の様子を残すそちらの方へ向かっていた。
 太い鉄の枠が嵌め込められたその穴の中は、冷んやりとし、昼間でも薄暗かった。もちろん火薬の匂いなど何もしない。おそらく、戦争中はもっと奥まで、一体どの程度まであったかはわからないが、かなり深いところまで掘られていたであろうことが、その穴を埋めてしまっている奥のコンクリのいかにも流し込んだと言わんばかりの不自然な凹みのある壁から察せられた。そこだけがいかにも新しく、入り口に僅かに残る当時の鉄板の持つ黒消しや錆びと混ざり合ったような感覚と不釣合に存在していたからだ。
 下二つを見た後、外に非常階段のようにして添えられている階段を登って上のも見た。つくりは、まったく一緒だった。
 「吉田さん、そろそろ社にもどりましょう」柄本の言葉に促されるようにして、私はその場を立った。
 第一回目の特集の反応は様々だった。うちの社には珍しいほどの沢山の投書もきた。 わたしは、四十年、農業をやってきた者だが、こんなにうれしかったことはない。苺栽培の様子が鮮やかに写真に写し出され、事細かにその変遷も調べられ描写してあった。しかも、農業がどれだけこの地に貢献してきたか、そのことも強く訴えてある。私の息子なぞ……後は、また嫁不足か、後継者不足の問題を淡々と嘆く内容になっていた。投書のほとんどが、そんなものが中心だったが、中には、貴重な紙面を使って、今更あんな記事を、例え季節ごととは言え連載する気が知れない、という、いささか立腹した抗議めいた文もあるにはあったが、それは取るに足りないことだった。この連載の出発は、一応成功したといってよかったのだ。
 「吉田、まずは、良いスタートが切れたな」久具が激励の意味で言葉をかけてくれた。その横では鹿島がニンマリと笑っていた。これで、資金もとの代議士に立てる顔もでき、一安心といったところなのだろう。
 実はその時、私は、密かに、もう一つ鹿島に特集の願いを出していた。あの灯台だった。
 「あるのかないのかもわからない幽霊記事が出せるか。うちは週刊誌じゃないんだ。地道に地元と結び付いてどうにか生きてきた新聞なんだぞ。なんの根拠もない灯台に、たった一枚の写真だけをもとに紙面をくれなんて、そんな無茶なことがよく言えたよ」まあ、そんなふうに再三に渡る申出は、体よく断られていたのである。行き着くところ、私は柄本と一緒に暇を見つけては他の取材のついでに、灯台のことについて調べ上げていくしかなかった。まずは、少々大袈裟だったが聞き込みから始めていった。あの近所、と言ってもあの辺りには民家がなかったが、他にあの灯台を見た者がいないか、また、それに関する資料がどこかに隠されてはいないか、そんなところから始めていったのである。
 何と言っても相手は、一枚の写真の中に偶然か、もしくはたまたま撮影された、現実には存在しない灯台、だったのである……。
 しかし、不思議なほど全くといっていいぐらい何の手掛かりもなく、春は過ぎ、熱い日射しがこの地方にもやってきていた。
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『塔』・その3

                夏

 甘夏は、強く差し込む日射しの中で光沢を持ち始め、その器の中に確実に酸味と甘味を薄い袋を通して蓄えようとしているようだった。少し厚ぼったい葉が、果実を支えるようにして姿を見せ、幹から枝へ末広がりにたわわに成っていた。操縦士は、路地苺のときと同じ若いパオロットだった。私は、既に前もって灯台のことを調査し始めた当初、その操縦士に前回あったことを確認していた。パイロットは、控え目ではあるが、臆せず自分も間違いなく、灯台を見たことを二つ返事で証言してくれた。これで心強い味方が一人できたわけだ。私と柄本は、内心ほっと胸をなで下ろした。
 甘夏の撮影やら記録も終え、前回と同じように旋回するために海岸線へ出たセスナ機が、大きく弧を描きながら戻り始めたときだった。
 「灯台ですよ! 吉田さん」柄本が、興奮しきった口調で我先に大きな声を上げた。私も、思わず唸るような返事をし、血が全身を逆流したように熱くなった。躯の至るところが大きく脈打ち、顫えているのがよくわかった。しかし、私はそこに今度はただの灯台ではない、まさしく夢の中で見た、あのゴッシック調の深い彫りを外壁に備えた一本の屹立する塔を見ていたのだ。
 「あれは、灯台なんかじゃないぞ、柄本。塔だよ。俺の捜し求めていた塔だよ」
 「塔?」
 「ああ、そうだ、あの中にはな、人がいるんだ。疲れた目をした埃を全身に被った人間たちが、くたびれた恰好で横たわっているんだ。何人も、列をつくって壁にそって、こっちを見てるんだ。俺は、よくその塔に近づくと母親に叱られたもんさ。そこにいっちゃいけない、いけないよって。その塔はだめなんだって……」
 「吉田さん、大丈夫ですか。あれ、塔なんかじゃありませんよ。吉田さんが言う、そんな塔なんかじゃありませんよ。ただの灯台ですよ、ねえ、吉田さん、もう一回、しっかり見て下さいよ」
 私は、両目を見開いて、柄本の言うように再度岬のある方向を見た。柄本の言うとおり、そこにはやはりあの写真にだけおさめることのできた灯台があるだけだったのだ。私は、気を取り直すように、操縦士に言った。
 「すまんが、あの灯台にできるだけ近づいてくれないか。はっきり確かめたいんだ」 セスナ機は、遠慮することなくどんどんプロペラ音を響かせて接近していった。白く塗装された、上部のまるで鳥籠に入れられたように大事にされた光を発する大きな発熱灯のところまで、手に取るように確認することができた。そして、これ以上近づくことは、もう困難だろうと誰の目からも思われたその矢先、私も柄本も、おそらくパイロットも驚きとも嘆息ともつかぬ声にならない、叫びとも呻きともつかない意思表示を上げたのだった。
 灯台が、消えてしまったのだ。一瞬の中に、ほんの数秒の間に。
 熱い日の光に照り返りながら、セスナ機の両翼が眩しいほど輝いていたことだけが印象的だった。
 「吉田さん、俺、写真撮る暇もなかったですよ。社に戻って、今日あったことをどう説明すればいいんです?」帰りの車の中で、柄本が相談を持ちかけてきた。
 「灯台の方は、どうせ、誰に話したところで相手にはされないんだ。今までどおり俺たち二人で調べていけばいいのさ」私は、そんな取って付けたような、分かり切ったことしか答えれなかった。それが相手にとって気休めになったか、またはただ単に不安を増幅させることにしかならなかったのか、その判断の方もこちらにはつけようがなかった。
posted by あそびと at 07:32| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ノベルでのべる・第八編『塔』(1991年作) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『塔』・その4

               秋

 私たちの二回目の特集も好評の中に終わり、三回目の取材のときがやって来た。
 梨は、台風の被害を直撃しており、出荷前の一番実り多いときに哀れなほど大きな粒の実が枝から振るい落とされ、地面に散らばっていた。それでもどうにか梢にしがみついて時を待っているものが上空から見るとまさしく救いを捜しているように、秋の風と日を受け点在し、引き延ばすことのできない出荷の日を今か今かと持ち堪えているようだった。
 私たち、操縦士を含め、柄本の三人は先に岬へ回ってもよかったのだが、それはやはり仕事の段取りからやらず、一とおり取材を終えると、またあの海岸線へ当然のコースのようにして引き寄せられていった。
 灯台は、……なかった。
 「吉田さん、へんですね。灯台ありませんよ」柄本が狐につままれたようにきょとんとした顔になった。私は、セスナ機がぐるりと旋回する間、黙っていた。
 「どうします、もうしばらく飛んでみますか?」珍しく、操縦士の方から訊ねてきた。「そうだな……、」私はしばらく考え、「悪いが、山向こうの方をもう一度見てみたいんだ。そっちの方から帰ってくれないか」依頼者でありながら、既に顔馴染みになった者同士の親近感がそこにはあった。柄本に案内してもらった軍需工場と弾薬倉庫の跡地の公園のある場所だった。私はセスナ機の飛行に合わせ、岬から直進で山の麓まで、目に見えぬ地下道のようなものを追っていく、そんなたわいもないことを知らぬ間にやっていた。
 湿っぽい、それでいて唇が乾くような不快感を持つ隧道に、山林の中に底無しの落とし穴のようにつくられた通気口をとおって、どこからともなく縦に吹き下ろしてくる風が地下の澱んだ空気の層とゆったりと出会い、躯を包み込んだときもあったにちがいない。それは、私のどうしようもなくたわいもない空想だった。私は、なぜだか知らないが、軍需工場と塔とが地下道のような通路で繋がっていたのでは、と思い始めていたのだ。

 フォーチュン・ヒル

 私の頭に、すかさずこの言葉が浮かんだ。幸運の丘。この丘には確かに、塔があった。人々が眠る、あの大きな刻み模様を持つ塔が、そう頂度灯台のようにして、二つの影と影とを重ねるようにして立っていた。夏は熱い日射しを浴びしぶく黄金色に輝き、冬になると舞い散る雪に白く染まりながら、それでも人知れず息を潜め、ひっそりと呼吸する生き物のように立ち尽くし、波を受け、風を受け、深い彫りを一層外壁に刻み込み、私の夢の中の現実と目の前の現実とに交互に立ち現れていたのだ。しかし、なぜ突然、姿を消してしまったというのか。
 私は、『幸運の丘』の名付け親に会ってみたいと思った。町の役場に行ってみれば、それはすぐにはっきりすることだった。
 飛行場から戻った私は、別の取材で用のある柄本を社に残し、役場へ急いだ。
 町役場とは言え、その建物はなかなか立派なつくりをしていた。私は仕事の関係上からちょくちょくそこには出入りはしていたのだが、こんな要件で来るとは、まさか考えてもいなかった。窓口のカウンターには、他の課に混じって環境課と観光課が置いてあり、そのことは既に知っていたし、この質問の内容から、そのどちらかに聞けばはっきりするだろうことは予想できた。
 「実は、この丘について知りたいんだが」私は、持ってきていた地図を広げ、いつ頃、だれがあの名前を思い付き、あの石碑に刻み込んだのか訊ねた。
 「幸運の丘、ですね。ちょっと待っていて下さい」観光課で聞くと、若い、今年採用されたばかりの女の事務員が奥の課長のところまで行って、確かめてくれた。
 「わかりました。木村さんて方です。十二年前退職なさって今はお家の方にいらっしゃるんじゃないですか。退職される最後の最後まで、随分、あすこを保養地にするよう働きかけられ、尽力されたそうですけど」
 私は、その木村という男の住所を聞き、メモを取った。
 ついでに私は、地下道のことも訊ねてみた。
 「チ・カ・ド・ウ……ですか?」女の事務員は、ゆっくり繰り返した後、私の顔を不思議そうに見詰め、しばらく考えているふうだったがとうとう我慢しきれないように吹き出してしまった。「冗談は、やめてください」それからタイト気味のスカートから長く突き出した足で、軽やかにとまではいかないまでも馴れた身のこなしで自分の机へ戻っていった。それから、私の方を意識してか、しばらくこちらを見なかった。私は、自分のとっておきの憶測である地下通路の話をしたことを、少々後悔した。
 木村という男の家は、町と隣の町との境目に走る道路の北側にあった。呼び出しのブザーを押すと年配の女性が出てきた。木村の妻だった。木村のことを訊ねると、彼女の表情が俄かに曇り別人のようになった。明らかに何かを隠している顔だった。
 私は、彼女に、どうぞと案内され、家の中で話をした。
 木村は退職して一年たった頃、病気の徴候が出始め、今ではすっかり痴呆症にかかってしまい、町の中心部から少し離れた老人施設に入っていると言うのだった。
 「せっかく来てもらって、申し分けありませんが」彼女は、一切の質問も受け付ける暇を与えずに、丁重に断ろうとした。
 「いや、特別変なことを聞こうと思ったんじゃないんですよ。あの、海岸線にある、幸運の丘について、木村さんはかなり熱心に仕事に打ち込まれたとお聞きしましたものですから」
 「退職直前のことですね。ええ、私も覚えてます。主人は執念のようにして走り回ってました。上の関係機関にも出向いて、何とかあそこを保養地にして整備したいんだって家に帰ってきてからも何度も言ってました」
 私は、奥さんと、それに関するしばらくたわいもない話をした後、必要なことだけを確認した。
 「何か、そのころのことで残っている資料みたいなのはありませんか。または、日記であるとか。何でも良いんです。とにかく、あの幸運の丘について書いてあるやつでしたら」
 しかし、相手は残念ですけど主人の部屋には荷物一つありません、と言ってそれから口を閉じてしまった。やはり、最初にとった姿勢は変わらなかった。
 私は、少々絶望的になったが、最後の望みをもって、老人施設へ急いだ。
 施設は、街中からわずかに郊外に入っただけなのに、広い敷地には植林も豊かにされていて涼しい風が生成され、心地好く吹いてきていた。建物自体も新しく、4階建てのその上に貯水タンクと一緒に「夕陽山荘」と名前を大きく書き出した看板が取り付けてあった。
 入ってすぐのロビーで、私は見舞いに来たことを係の者に告げ、部屋を聞いた。木村の部屋は、2階のエレベーターで降りたところから右に出たその一番奥の突き当たりにあった。
 扉を開けると、そこには、幾つか観用植物がプランターに植えられ壁際に置いてあって、確かにホスピタルも兼ねているのだろうが、あくまで施設といった感じで、部屋のつくり自体日当たりも良く、広々としており、二人部屋になっていた。木村は、車椅子に乗って窓から外の景色をぼんやり見ていた。もう一人の老人は、散歩に出ているらしく、そこにはいなかった。私は、彼の車椅子にそっと手をかけ、踞み込み挨拶した。
 彼の顔は、筋肉の張りはなく、目元からなんとなく生気が失せていた。唇が下へ心なしか弛み、唾液が流れた跡が、その周りにはあった。それでも、その瞳は私を見詰め、何か訴えているようにも、また、誰なのか、それさえ気にならないふうに無気力にその下の黒ずんだたるみを抱え込んでいた。簡単に言えば、こちらに感じ取れるだけの変化が向こうにはなかったのだ。
 彼の妻が忠告してくれたように、ここへ来たのは無駄だったのだろうか。私に早速、悔いの感情が走った。私はせめて何か、最後の手掛かりでもないものかと、施設で彼を担当している職員や、医者に聞いてみた。しかし、何も収穫はなかった。さすがに落胆の色が隠せず、私は困り果ててしまった。
 仕方なしに玄関を出て、車を駐車させておいた場所へ行こうとしたとき、さっき医者を交え話をした女の職員が駆け足でやってきた。
 「あのー、吉田さんでしたね、これでよかったら、……」彼女は、数枚の紙片を持っていた。
 「あの人、ここにきた最初、通院っていう形で通って来られていた頃、熱心にこんなもの書いてたの。これ先生に見せたら機嫌が悪いし、悩んだんですけど。お貸しすることにします」私は、そんな彼女の屈託のない好意に礼を言った。
 「だってもしかすると、これに書いてある『独房』って、ここのことかもしれないじゃないですか。かりに、痴呆症患者特有の思い込みで書いてたとしても、ちょっと施設にはあんまり良い感じはしないですもんね。これで何かのお役に立つんでしたらどうぞ。そのかわり先生には内緒よ。私、こう見えても先生には、いろんなことで信頼されてるんです。だから逆に、あなたにこれをお渡しするの。わかる?」そこで彼女は、少し間を置き私の反応を確かめように、ことさら大きな瞳で見ながら、
 「つまり、この病院とこの文章、全然関係ないって、私信じてるんです。この施設、わりとこの町じゃ評判いいし。吉田さんだってそのことは御存知でしょう。先生たちも、勤めている人もみんな献身的だし。ここに来るお年寄りの人達にも誠心誠意で当たっているわ。だから、尚のこと、ここに書いてあることは、なんだか知らないけど、とても木村さんにとって大事なことのように思えるんです。極端な考えかもしれないけど、あの人にとって、これがゆっくり書けたことだけがここに来てよかったと、そんな気もするし。つまり、ここにはこれを書きにだけ来たっていう……、私の言ってること何だか支離滅裂でわからないでしょうけど、とにかく、お貸しするわ」
 「あなたの言ってることは、充分わかりますよ」私は、大きく二度頷いてからもう一度礼を言い、そこを出た。
 私は、それから車で適当な喫茶店に入り、コーヒーを注文し、そのノートを開いた。
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『塔』・その5

              木村の手記

 独房は、少しずつ監督の目が揺るやかになってきていた。戦況が、今、どう変わってきているのか、ここに連れてこられてから、判断ができにくくなっているが、そのような僅かの変化でどうにか見当がつけられる。果物が腐ったような匂いがいつもしている。ここが海岸寄りにあることは、少しづつだが、自分以外のここに連れてこられている囚人や、またはこの仕事に従事するほとんどの者が寝静まった真夜中、微かに聞こえてくる波音でわかってきている。つまらぬことで飛ぶ看守の怒声や罵声も最近では少なくはなったが、何よりも昼間は、聴覚を集中させるのに暑すぎる毎日がこのところつづいているといっていい。
 自分は、鉄格子越しに看守に起こされた。また、いつもの取り調べが始まる。苦虫を噛み潰すような思いがする一瞬だ。私が、確かに上官を撃たなかったのかどうか、という軍の執拗な質問は、以前は昼となく夜となくつづいていたが、最近ではすっかり少なくなり、労役の合間を縫ってたまにあるくらいだ。もちろんです、と私は、ただそう返事をするしかなかった。
 私は、当時、歩兵部隊のある連隊に所属していた。そこで一つの事件が起こった。一人の上官が死んだ。最初その上官の死は、大本営には、自決であったと連絡されていた。絶対国防圏の防備強化のためやがて乗り込むべく南洋諸島の一画に位置する島への機動準備としての僅かな内地での時間と厳しい訓練の合間に、その自決事件とでも言うべきものは発生した。しかし、何のための自決か、そこが問題だった。既に、その島には別の歩兵連隊が先遣隊として出発し、我が隊も、準備を整え向こうでは、隊の到着を今か今かと待っているその矢先のことだった。つまり上官の死は、早すぎる、理由の分からぬ死であった。そこで浮かんできたのが、部下の上官殺しであった。私は、かつてその上官と揉め事を起こしていた。内地に戻ってくる前加わっていた戦闘の行軍中に飯盒を失くした男を、私が庇ったのである。
 いやしくも天皇陛下の授け給いしものはすべて、御心の分身たるものだぞ。その上官は叫び、私は、失くした当の本人よりいやというほどその上官に殴られ、まだ寒い二月のことだったが罰として腕立ての姿勢のまま、外に数時間静止していなければならなかった。しかし、そのようなことは、その当時よくあることだったし、揉め事と言えるほどのことではないことぐらい誰もが知っていた。しかも、上官と言っても、連隊の指揮に影響を与えない下級官部の死である。懇ろに葬っておけば、それで事よしとできるはずだったのだが、なぜか、その上官の死の疑いが私にかかってきたのだった。
 そして、私は、反逆罪の容疑に問われ、ここに連れてこられたというわけだ。もう既に、私の所属する隊は、死守すべく南洋の島に向けて出発している頃だった。
 私には、ここに来て、次第に焦りの色が出てきていた。もしかすると私は、このまま部隊には戻れず、この内地の一体どことも知れぬこの場所で朽ち果て、死なねばならぬのだろうか。確かここに連れてこられたときは、まだ初春の爽やかな風の吹く頃だったように記憶している。頭からは、すっぽりと目隠しのため袋を被せられ、着いた先が、この地下壕だった。地上から数メートル下につくられているらしく、風がないかわりに、空気そのものは日を浴びて熱気を帯びる心配もなく、蒸し暑さといったものはなかったが、ただ何とも言えぬ逼塞感はやはり付き纏っていた。躯を動かしているときはさほど気にはならないのだが、じっとしていると今にも周りの岩々が全身に襲いかかってくるような息苦しさを覚えた。また、いくら暑くないからと言っても、肌には、ときとして汗の玉が吹き出すこともある。私たちは、取り調べがないときは、この穴の工事をさせられていたのだ。まだこの地下壕自体、完成途中にあるらしく、この隧道の行き着こうとしている最終的な場所は、はっきりこちらに示されないだけに、ここから随分先のような気がした。
 与えられた道具は鶴嘴と、支え棒に嵌め板といったところで、また削岩用としてドリルもあった。電源は、発動機を使ってつくり出していて、それらは、監視のための常夜灯にも使われていた。
 しかし、我々は、別段逃げ出すたちの囚人というわけではなかった。捕えられて、または容疑をかけられてここに来ている者は、私の他十数名いたが、誰もが無口で、少なくとも外見だけからは不穏なことを考えているようにはまったく見えなかった。それどころか、おそらく元の部隊ではそうしたであるように、全身全霊を打ち込み、この作業に精励している様子がよく伝わってきたのである。それに加え、まだ私より幾らか年の若い学徒動員組も作業をしていた。顔には、まだあどけなさの残る少年たちで、おそらく彼らも、この穴がどこへ通じるのか知りはしないのだった。その子たちは地元から来ているらしく、夜になると規律正しく整列し、帰っていった。私は鶴嘴を打ち込みながら彼らの心情が、果たして今いかなるものか考えた。
 食事は、毎日二回、朝と晩、与えられた。と言っても、朝の食事は、お椀に薄い汁が盛られているだけで、夜も皿と鉢に僅かに固形物と言えるほどの切れ端が載っかっているだけだった。
 監視の一人は、私たちが運がいいこと。戦地では、食糧さえ尽きてることを憎々しげに配給口から食事を差し出すたび、決まって、あけすけと言った。私自身、好き好んでここにいるわけではなかったが、さすがに労働の後は、私の胃や腸も養分を求めて動き回っているらしく、喜びとも悲しみともつかぬ気持ちで皿を手にし、むさぼり食った。そんなときは不思議なほど、地下壕は静まり返り、食物を咀嚼する音だけが、各房から獣が這いずった後の獲物に食らいつくときのように、生き生きと聴こえてくる気がした。 当然のことだが、独房と独房を隔てているのは、厚い岩の塊だった。躯を僅かにずらす音や寝息など、壁を通しては聴こえて来ない微かな音も、一たび鉄格子から外の空間へ解き放たれると、むしろ地上にいるときよりも軽くエコーがかかったように響き返り、充分なほど、私の二つの耳にとどいてきた。
 私は、最近、自分の隣の房に入ってきた男に目星をつけていた。
 朝食を終えた後、取り調べがない時は労働に従事するわけだが、そのとき房が開けられ、例の掘削点まで整列して向かう。私は、自分の前にいる男がその並んでいる順番からしても、またいつも独房へ帰る位置からして、間違いなく隣にいる囚人だろうと考えていた。
 いつものように道具箱からそのまま鶴嘴を手にした私は、その男の横にすかさず移動し、監守たちの目を盗んで話しかけた。
 私は、自分の名前を言った。男は、驚いたように、しかしそういった状態を良く心得ているらしく、声を荒げることもなく、小声で自分が、坂本という名前であることを言った。そして、ここに来るまでは北の電信連隊にいたことも告げた。看守たちもその頃には、私が最初にここへ連れて来られれたころと違って、殺気立ったところがなく、仕事に紛れて話す一言二事の会話にまで、厳しく叱責しなくなってきていた。戦況が、一段と進んできていることが、そんな挙措動作からもはっきりとわかった。
 相手の方が私よりここに来るのが遅かったため、聞きたいことがある旨を告げると、男は頷いた。外は、今どんな状態なのか、私は尋ねた。坂本は、首を横に振った。それは、わからないという意味なのか、それとも駄目だということなのか、私にはそのどちらともとれた。しかし、彼の表情の様子からすると、かなり苦しい戦況にあることだけは充分掴めた。
 その日から、私と坂本は、お互いの独房の壁を、丁寧に丁寧に削り始めた。岩は、思いの他、わりと脆くなっていることは既に、その肌触りからわかっていた。道具は、作業中、鉄の小さめの杭を難なく盗むことができたし、調達は思いのほか簡単だった。それほど、今や、看守たちの目は我々でなく別のところへ注がれていた。
 五日もすると、お互いの声が、何とか届くまでになった。
 私たちは、外にできるだけ響かぬよう声を抑えながら話をした。
 私も、実はなぜここへ連れてこられたのか、わけがわからない。まあ、夜中によく、無線器の前で居眠りしていたとき訓戒をうけることはあったんだが、…私の言葉に坂本は、本土決戦もやがては時間の問題であろうと言った。
 『本土決戦』……私は、その言葉を聞いて、それでは我々の連隊が出動した島はどうだったのか、不安になり訊ねた。思わず声が少し上ずってしまったようで、誰もいないに決まっているはずの周囲を再度見回した。おそらく、だめであろうと坂本は、言葉少なに言い、しばらく黙ってしまった。
 無為な時間がそれから過ぎた。
 私は、敢えて坂本に、日本は、負けるのか訊ねた。その言葉にも相手は答えなかった。次にこの穴は何に使われるのかという私の質問に、これは、本土決戦に備えての地下壕になるんではないのか、というのが坂本の考えだった。それに対して私は、素直に納得した。それでは、これも無駄にはならないわけだ、私は、少なからずホッとし、その気持ちを相手に伝えたが、坂本は返事をしなかった。こちらの考えと相手が少し違っているなと、私は即座にとらえた。
 それから、我々は、幾日も幾日も穴を掘りつづけた。取り調べも、最初からすれば、日に二度も三度もあっていたものが、一度になり、それがやがて二日に一度になったかと思うとついに三日に一度から、今では思いついたようにたまにあるだけで、ほとんどが作業だけになってしまっている。やがて、何かが起こる。私は、そう考えた。
 本土決戦という言葉を坂本から聞いて以来、私は、我然鶴嘴を振り下ろす手に力が入った。穴を掘っているときだけが南洋で闘っている戦友たちと同じ気持ちでいられる、そんな自分へのせめてもの哀れな慰みが先にたったのだ。
 ある日、朝、いつものように朝食を待っているといつまでも看守が現れなかった。それにも増し、なんとも言えぬ静けさに驚いた。私は、隣の坂本を呼んだ。坂本も、さっきから不思議に思い、まんじりとせず座っていたと言う。格子のところへ行き一二度叫んでみた。だれも来ない。私は、咄嗟に、本土決戦がついに始まったな、と思った。我々は、とうとうここで最後の最後まで恥をさらしながら敵の銃弾を浴びることになるのだ。だが、すぐに私のそんな思いは、見事に覆された。格子から僅かに手の届くところに、見覚えのある金属物が音を立てないよう気を配ったように、きちんと置いてあったのである。独房の鍵束だった。我々に自分で牢を開け、決戦のときを迎えよということなのだろうか。大本営の最後の、我々への通達であり、心尽くしなのか。私は有難さで胸が締め付けられる思いがした。私は坂本にすぐに言って、その鍵をとってもらった。彼の方に近かったのだ。十数人の囚人たちは、すぐに独房の外に出られた。
 これは、おかしいですよ。吉田さん。すぐ、外へ出ましょうと、坂本は、いざ出陣という私の気持ちとは裏腹に、地下壕を反対側に走り始めた。私はと言えば、最初どうすべきか迷った。へたに今外へ出て、易々と敵にやられるより、ここで待ち構えていた方が得策ではないか。私は、すぐに看守室の方へ向かった。武器らしきものは何一つ、置いてなかった。ついに最期のときがきたか。私は、決心し、一歩ずつ常夜灯だけを頼りに、何か月ぶりかに見る外の光に向かって歩いていった。かなりの距離があった。
 軍需工場や弾薬庫は、無残な姿になっていた。
 なるほど、ここは、弾薬庫の倉庫の一つが入り口になり繋がっていたのだな。私は新ためてそんなことを、今となっては驚くべきことでもなく、さもありなんといった気持ちで漠然と受け止めていた。
 囚人たちは、そんなに時間を隔て出ていったわけではなかったのだが、既にそこには誰一人いなかった。坂本の姿も消えていた。私は、一人取り残される形になった。
 とにかく情報を仕入れよう、私は、人の姿を求めて歩いていった。
 木村さーん、という聞き覚えのある声が、遠くからした。坂本だった。私は、爆撃によって飛散したことを如実に物語る鉄屑や折れ曲がり無残に形を変えた鉄線を避けながら、彼のいる方へ歩いていった。傍までいくと、彼は戦争が終わりましたよ、木村さん。日本は負けたんです。たった今、陛下のお言葉があったそうです、そう言った。
 私は、無言で立っていた。いや、少しでも動こうものなら、直ぐに膝から下が折れ曲がり、その場にへたりこんでしまいそうだった。『日本が、……負けた……』私には、信じれなかった。信じろと言うほうが無理だった。しかし、これは事実なのだ。すぐに連隊の仲間たちの顔が浮かんだ。やはり駄目だったのか。私は、地下壕の中で質問したように、また坂本に訊ねた。おそらく日本が絶望的であること、玉砕したことを坂本は答えた。
 『玉砕……、自分がここで穴を掘っているとき、連隊は玉砕したのか』
 私は、坂本の制止も聞かず、また弾薬庫の入り口から地下壕へと入っていった。『確か穴は、まだ途中だったな……』私は、そんなことをぼんやり胸に思いながら、あの薄暗い閉ざされた地下壕へ戻っていった。
 それから私は、死んだようにして掘った。ただ夢中で。波の音は、かなり前から、私がここへ連れて来られたときからしているのだ。やがて、どこかにこの穴はとどくに決まっている。だが、私の鼓膜に響いていたあの波の音は、まさしく幻聴だったかのように静まり返り、無理に聞こうとすれば、まるで、さっき久し振りに外で聴いた蝉の鳴き声がそれだったのだといわんばかりに私の頭全体に入り込み、内側から一杯に締め付け苦しめるのだった。
 寒かった。躯が、足の先から手の指の節々に至るまで、夏だと言うのに、酷い寒気をおぼえ、それなのに蝉は波の音に変わり鳴き続けた。私は、いつのまにかそこに堪え切れず、倒れ伏した。
 それから十年後、私は、その穴の上に立っていた。岬だった。そのわずか数十メートル下には、我々の掘った地下壕が眠っていた。なんでも来年には、地盤沈下の恐れがあるため、発破をかけ、崩し、入り口もセメントで埋めてしまうということらしかった。私は、その上に立っていた。
 灯台があった。見事に破壊され、強風によってもぎ取られた木の株のように根元だけを残した灯台。その灯台が、おそらく戦火から逃れ、まだ無事だったころ照らしつづけていたサーチライトの光の先に私の行くはずだった南洋の島があった。私は、その下で灯に照らされることなく穴を掘りつづけていた。
 兵士たちがいた。
 駆逐艦の常備する内火艇から下り立ち、今、島に着いたのだと最後尾を行く古参兵が振り返り説明してくれた。私は、なぜか、いつの間にかその後ろにいた。
 海岸を過ぎると、ぬかるみの激しい道に出た。やがてそのぬかるみからジャングルになり、大休止をとっている間に出した斥候群が、交戦中であることを間もなく知った。兵士の顔に緊張ともいえぬ重い何かが流れた。我々は、白兵夜襲をもって攻めることだけを念頭に置いておけばいい、今度は支隊長がそう鼓舞した。
 我々は、夜がくるのを待った。深い帳が下りたとき、一発の信号弾らしきものが上がった。敵に発見されたのだ。いよいよ攻撃のときは来た。我々は待ち伏せ態勢をとった。私も慌てて、後方で同じ姿勢になった。
 敵の猛烈な射撃によって火蓋は切られた。
 我々は、じりっじりっと匍伏前進をつづけ、または後退を余儀なくされ、応戦していった。速射砲の地に唸るような轟音が響いた。兵士が、敵陣の正面に出るたびに、折り重なるように倒れていった。それでも支隊長の進めの命令に変わりなかった。
 倒れた兵士に見覚えのある顔があった。飯盒を失くしたとき私が庇った男だ。私が抱き上げると、彼の顔半分は、吹き飛ばされてなかった。死傷者は、あとをたたない。どこからも闇の中のいたるところから呻き声が聴こえ、それが啜り泣きのようになってやがては消えた。稲光が走り、やがて、天候悪化とともに豪雨が激しく降り始めた。密林の中は、泥濘化し、雷雨の中、倒れた兵士だけでなく負傷した兵士までが、土中に没していった。砲撃は一段と激しさを加え、夜が明けるまでつづいた。明るくなると、射撃の精度は上がる。敵の迫撃砲の火力は物凄く、無尽蔵と思われるほどの弾薬の幕の前で、我々の連隊は動く者がほとんどいないほどだった。すべて腕や足がちぎれ、躯がねじれたように倒れていた。支隊長もその中にいた。
 ところが、一人だけ、動く者がいた。それが私だった。私は不思議なことに激しい射撃と降り注ぐ砲弾の中にあってさえも、傷一つ負っていないのだった。まるで、弾の一発一発が、私の躯の中を擦り抜けていくように、私の目の前を飛び散っていく肉片や、応戦もこと絶えたこちらの陣地の中にあって、茫然と立ち尽くしているのである。
 『おい、俺を撃ってくれ。俺を撃て。俺はここにいる。俺は敵だぞ』
 私は、叫びながら、敵の方へ向かっていった。それども、砲撃音だけ大きくなるばかりでついに私は、死ななかった。
 波の音がした。気づくと私は、岬に立っていた。
 戦地ではない、ここは、戦争が終わりやがて十年が過ぎようとしている岬だった。おい、木村。同じ役場に勤める、同僚が後ろに立っていた。この灯台の残骸も、取り除かなければいけないな、そんな言葉に私は、黙っていた。相手は、私の沈黙を察したらしく、言葉をその先つづけようとしなかった。私は、少しずつ失くなっていくことを、反対に、呟いた。
ここが、私にとって思い出深い場所だったことを相手は言い、私は一瞬怒気を含んだような声になった。
 幸運の丘だよ。ここは、俺にとって生き延びることのできた、幸運の丘だよと、私は、打ち寄せる波の飛沫を見ながら、吐き捨てるようにして言った。


 手記は、そこで終わっていた。
 私は、店を出てもう一度、岬へ行きたくなった。幸運の丘を見てみたくなったのだ。レジで会計を済ませた私は、足早に車に乗り込んだ。
 車窓は、締め切って行った。冬が近い。もう風を受けて走る季節ではなかった。
 少し厚手のジャンバーや、スカートを履いた人々が街中では、多く目にすることができた。目の前の情景とは別に、信号待ちしているときも、私の頭からは、あの手記に記されてあった生々しい有様が離れなかった。私は、急いだ。
 海岸が近くなるにつれ、私の気持ちは落ち着いてきた。もいじきなのだ。もうすぐあの幸運の丘へいける、そう思った。例の坂を一挙に登ったときも、私は少し見覚えだしたその景色をほとんど脳裏に置こうとはしていなかった。
 幸運の丘に着いた。
 私は、車から降り、季節が移ろいでいくことを如実に示すように、今度は少し色が褪せ葉がこれまでと比べると幾分小さくなったような雑草や、それを上から蔽うように生い茂った檪の中を、階段を一段一段踏みしめ歩いていった。
 岬の全貌が見え始めたとき、私は、思わず目を瞠った。
 人がいたのだ。
 何人も、横たわり、こちらを見ていた。倒れ込み、躯を前へ投げ出している。その目はどれも昏い。ただ、不思議なことに、塔は、そこにはなかった。
 私は誘い込まれるように人の倒れているその塊の中へ入っていった。夢の中で見たように、私は少年ではなかった。
 彼らは、ううっ、とも、ああっ、とも人の声かそれとも波と波とがぶつかり、深い断崖の下でその音が揺れ、木霊し合っているのかわからぬ、そんな地の底から湧き出ているような叫びを上げていた。傷ついた人たちの中を歩きながら、自分の今いる場所から少し離れた向こう側に、悄然と一人立ってこちらに近づいてくる男がいた。
 「お前は、敵か?」すかさず訊いて来たその男の声に、私は、いいえと答えようとしたが、すぐに止めた。
 「俺を殺してくれ」男は、叫んだ。「俺を殺せ、殺してくれ……」
 しかし、私が尚も黙っていると、ついにその男は、人々の中を止むに止まれぬ声を絞り出しながら、両手を上げ断崖へ走りだした。万歳のまま、底知れぬ闇の中へ消えていったのだった。
 『木村さん!』私は、名を呼ぼうとしたが、それも途中で思い止どまった。それほど男の決意は堅そうに見えたのだ。それに、その男が果たして、本当に木村だったのか何とはなく疑わしくもあった。
 岬の上にも闇が迫ろうとしていた。
 冬が、確かに来ているな、私は思った。
 男の叫び声とともに、人々の顔は、既にそこから消えていた。
posted by あそびと at 07:28| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ノベルでのべる・第八編『塔』(1991年作) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『塔』・その6

              冬

 とうとう、この特集の最後の取材のときがきた。私たちは、天候の良い日を見計らってセスナ機を飛ばした。と言うのも、最初計画していた日に限って、まるでそれを予め知っていたかのように、珍しく雪が降ったからだ。
 「早いとこ、きちっとやってくれよ」催促する鹿島は、中肉中背の躯をこちらに向け、眉間に皺を寄せた。
 「焦ることはないさ」久具は、微笑を口元に貼り付け、私たちを励ました。
 そんな中で、久し振りに雪が上がった直後の、満を持しての出発だった。特集の締切きり期限が、間近に迫っていたのだ。
 上空を飛行しながら、私は操縦士に、
 「悪いが、今日は岬の方から行ってくれないか」普段になく、明るく努めて言った。 「了解しました」パイロットも、張りのある声で答えた。
 「吉田さん、果実の方は、いいんですか?」柄本が心配そうに、それでも躯は外に向けカメラを手にしたまま、扉越しにではあるが乗り出すようにして答えた。
 「そうやっていれば外がよく見えるから、今日がどういう状態かってことはわかるだろう」
 私は、真っ白な銀世界の下界を、止どめを刺すように顎で指した。
 「でも、チーフは、雪に埋まっててもいいから撮って来いって言ってましたよ」
 「誰も、取材をしないとは言ってない。先に、ちょっと岬を回ってくるだけさ」
 私は、まるで訊き分けのない子どもを宥め透かす親のようだった。相手は、ただ早くゆっくりと写真を撮影したいのだ。こんな、一面真っ白な世界を上空から、しかも自分の日頃住み慣れた町を見る機会が、そうめったにある筈がない。相手の気持ちも考え、私はそれ以上何も言わず、静かにしていた。
 柄本がそう言った理由で、もう一つ考えられるのには、あまり岬に近づきたくない心理が働いているかもしれないということだった。
 あの、幻を再び見るのが怖いのは、誰だって当然だ。私だって、そうだ。今となっては、明らかに現実には存在しないとわかっている灯台や、夢の中の塔を何食わぬ平常心で見れるわけがない。しかし、私の心のどこかに、やはりあの塔に魅きつけられる何かがあるのは、今更否定べくもない事実だった。
 夢の中で、私がその塔に近づくと、いつも決まって母の声がした。
 「そこに行っちゃ、いけないよ。近づいたらいけない……」
 母は、五年前に他界しており、ましてそんな見も知らぬ塔に遊びにいくなど、私には経験がなかった。
 それでは、あの声の主は誰なのか。母ではない、母に似た、別の人間の声なのだろうか。
 その声は、いつもそこに行ってはいけないと、心配そうには言うのだが、力づくで止めようとはしなかった。兵士の中を歩く私や、向かいの山に登って塔を見詰める私を引き戻すかのように声は訊こえてはくる。だが、そこにいてはいけないと繰り返すばかりで、腕を掴み、強引に家へ引っぱっていこうとはしないのだ。
 私は、ずるっずるっと、少しずつ塔へ引き込まれていっている自分に気づいた。
 セスナ機が旋回し始めていた。飛行機は、いつの間にか岬の上空に着いていたようだった。
 「吉田さん、あのとき見えた灯台は、もしかするとあの岬のこんもりした形が、錯覚でそういうふうに見えたのかも知れませんね」柄本が、私に話すというよりも、自分自身に言い聞かせるようにして言った。……『彼には、どうやら何も見えないらしい』
 しかし、私には、見えていた。
 塔が、あった。
 紛れもなく、あの塔が深い眠りから覚め、一つ一つの外壁の溝に埋められた硬い土を剥がされ、ゴシック調を映し出しながら、私の目の前にあったのだ。
 但し、私は、今、自分の視界に見えること一切を口には出さなかった。
 人々もいた。
 塔の周りに、夥しいほどの量だった。凄まじい数の人々が、微かに蟲のように身を捩らせていた。白い雪にまぶされ、顔だけを上空に向け叫んでいた。一つ一つ躯の動きまで見えたが、何か一言ずつ言い終わるとそのたびに一体の人間は、油が飛び散ったように動かなくなった。
 屍だった。雪の上に焦げたような跡だけをいくつも残していた。
 私は、思わず身震いがした。
 「いっちゃ、いけないよ」
 母の声がした。
 「わかってるよ。ちゃんと」私は、心の中でそう、少し撥ね返すように返事した。相手は黙っていた。やはり、母ではないらしかった。
 「もっと近づきますか、どうします?」
 操縦士の方も、柄本と同じく何も見えないらしかった。
 「引き返してくれ。もう充分だ」
 パイロットにも、柄本にもなぜかこのとき安堵の光が差したのを、私は知った。
 私は、もう一度、塔を見た。
 人間たちが、やはり、そこにはいた。                                  (了)
 
posted by あそびと at 07:15| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ノベルでのべる・第八編『塔』(1991年作) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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児童文学作家、丘修三さんご夫妻と御親戚が宿泊されました。 by 喜多朋子 (05/27)
2010・5/2 ヨシダ先生のお仲間の皆さんが、野菜ty(ノナティー)に宿泊されました。その2 by 喜多朋子(吉田祐一の姉) (05/05)
「野菜ty」が宿泊所としてお迎えする初めてのお客様のために、ミユさん、チーさんもいっしょうけんめい準備をしました。 by 喜多朋子(吉田祐一の姉) (05/05)
2010・5/2 ヨシダ先生のお仲間の皆さんが、野菜ty(ノナティー)に宿泊されました。 by 吉田 祐一 (05/05)
今日は、ミサキさんの入所式です。 by 吉田 祐一 (04/12)
2009・12/8〜12/28 メンバーの日記 by しんいちろう (03/21)
2010・メンバーの日記 1月5日〜2月24日 by しんいちろう (03/05)
ご心配、ありがとうがいます。おっしゃるとおり、体調と相談しながらむりをせず、やっていきます。 by 腰痛アドバイザー (02/24)
名前、間違えててすいません。PWさん、これからもよろしくお願いします。 by PW (01/28)
お客様やメンバーのみなさんにごあいさつにいってきました。 by PW (01/27)
ミヤモっちゃんの、2010年、最初に読んだ一冊。〜『働く幸せ・仕事でいちばん大切なこと』大山泰弘著(WAVE出版)〜 by 『働く幸せ』公式ブログ (01/07)
ミヤモっちゃんの、2010年、最初に読んだ一冊。〜『働く幸せ・仕事でいちばん大切なこと』大山泰弘著(WAVE出版)〜 by 吉田祐一 (01/05)
2009・12/16 マイちゃんがやってきました。 by 本田 (12/17)
今日、みんなを迎えに行くと、山々は雪化粧をしていました。 by 阿蘇子 (12/16)
昼食の材料とミユさんの足を比べてみると……。 by 吉田祐一 (11/13)
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