2007年03月07日

『缶詰屋』その一

          缶詰屋

 あかい夕日に照りはえた丘のひとつまた向こうの尾根に、牛たちが草をはむ姿が切り絵のように数頭列をつくっている。牛たちが、どんな顔をして草を食んでいるのかはわからない。ただその影は、みごとな輪郭をたもち、ひとつひとつ骨格まで浮き彫りにしているようだ。それがなぜ、今佐伯の目のまえに提示され、ひとつの景色として見えてきたのか。
 かれは多少、今日一日の会社づとめの疲れを感じながらも、車を道のわきにとめ、土手をのぼりはじめた。牧草地であるため、森林組合の立てた看板と、針金の柵が目のまえにあらわれた。かれは用心ぶかく隙間から身をかがめてしのびこんだ。
永遠につづきそうだった記録的な猛暑の夏もおわり、あれほど肌をこげつかせるように落ちていた陽ざしもくるべきときがきたかのようにおとなしくなりかけ、やがて秋アカネが腹部にあざやかな縞模様をもつ赤トンボにすっかり場所をゆずってしまおうとしている最中でのことだ。
 かれは、夕暮れになるすこし前、たまたま盛りかえしたようにやってきたその日の猛暑の反動で、心地よい風にさそわれるように、いつもの国道をとおって会社からアパートヘかえるつもりが、つい日ごろとおらぬ山間の道をえらんでしまったのだ。
 二度、三度そのほそい道路をとおったことはあった。だが、そのときの気分ははじめてだった。
仕事がめずらしくはやめにひと段落し、帰路についた。その日まわった相手は八件だった。新車の注文から事故処理の書類づくりととどけ、保険会社との折衝もあった。きのうきょうこそかわった仕事はないが、保険きりかえどきに、別会社との二重契約を相談され自腹をきることさえあり、そんなとき佐伯は多少の出費はおしまぬことで有名だった。新車一台でかえってきてくれればやすいものだ、佐伯はそうかんがえる一人だ。
 丘をのぼりながら、今、彼の目の前にこまごました現実がおもいだされ、つよく実感される。
 かれはちかごろ、こんなことをおもっていた。
自分の中に、周囲に理解されたいという自分と、まったく理解されたくないという、つよく反する自分がうず巻き、それがまた自分というべつの、自分でない自分をつくっている。しかも矛盾した気持ちは陰ながら自分をささえ、靄のかかった意識のむこうにありどころもわからぬまま存在している。
そんなかれが、最近、目がいくのがアパートの近所の一建屋だ。
 ほそい自転車と歩行者専用にある道ぞいに、ほんとうにポツンとある一建屋だった。
 それはわすれられた廃屋をおもわせた。以前そこに住んでいた人間は、借金苦で夜逃げしたというもっぱらの噂だったが、佐伯はくわしくは知らなかった。ただかれは、その家にある奇妙な『缶詰屋』という、どこからひろってきたものかわからぬ立板にペンキでかんたんに書いた看板が気になっていた。

『缶詰屋』その二

 あれは、二週間まえのことだ。かれが、ふたりの子どもの手をとり、それをながめながらわずかばかり立ちどまっていると、いままでひとの気配などないとおもっていた開き戸から、いきなり佐伯より三つか四つ年うえらしい男が姿を見せた。細面で、見るからに華奢な体つきだ。だが、頬骨がつきだしてはいるものの、神経質さはなく、どこか無邪気ささえ感じさせる瞳をしていた。
 「よかったら、はいって見てください」
 男は、佐伯の顔を見るなりそう言ってすすめた。かれもなぜか躊躇せず、ふたりの子どもを引き連れ、敷居をまたいだ。かまちなどはなく、床ははがされ、セメントが露出している。どうやらそこが仕事場兼店頭らしい。そのうち縁側をうちはらい、でいりできるようにしたいと男は言った。いまは、その店づくりのとちゅうの段階らしい。
 店のメインである製缶機が、すみにどんとおいてあった。
 佐伯は、店はともかく、さして人通りも多くない場所で商売をしようとしていることをおもしろく思った。
 かれ自身、最近、今つとめている車の営業の仕事をやめることを、妻にしばしば口にだし何度か話し合っていた。
そもそも車のメーカーは、営業の力など信じてもいなかったし、尊重してもいなかった。売れれば、車の性能のよさにされ、売れなければ営業の怠慢にされた。それはかれも承知のことで、いまさらどうでもいいことだ。かれは、むしろ、自分のメーカーから新型の車種がでるたびにこんどはいけると確信をもつきわめてごくありふれた営業マンのひとりだ。
 たまのやすみ、家で子どもといっしょにテレビを見ていると、自分のメーカーの新型がコマーシャルでながれる。スマートなデザインとパワフルかつ繊細なエンジン、それに乗っているタレントの生き生きした笑顔と表情、それらはみな佐伯をいっしゅんだが、ある種の幻想にひきこませた。
 車を売りに出かけ、謙虚に、だがほこらしげな表情でパンフレットをひろげる自分の顔。そこにはむしろ佐伯という存在は消え、ただ性能のいい車と景気の上下に左右し気まぐれに財布の紐をかたくしたりゆるめたりする客の顔があるだけだ。そのことはわかっていて、なおかつ佐伯はコマーシャルやパンフレットを手に『これはいける、こんどこそは』と実感するのだ。いや、そうおもわないとひとに車などすすめることはできないのかもしれない。ある種のにがい思いと期待のようなものを同時に佐伯は、と言おうか営業をするものはメーカーに対してもっているのだ。

『缶詰屋』その三

 そんなかれのやめる理由はほかにあった。 
それは単純に体力と言おうか、体調のことだ。
 佐伯は、近ごろ、仕事のとちゅうで眼球がいたく、体がおもくなることがおおくなった。それは予期もせぬときに突然、しかも急激にやってくる、以前に経験したことのない疲労感だった。細胞そのものがいたむというより、弛緩し力がぬけていく感じにもうけとれた。
 かれは、どちらかというと、小学から中学、高校と年を増すごとに体力には自信がましてきたタイプだ。最初の高校を中退し、いくつか仕事をし、大学入学資格検定のことを知って合格した後も、他人いじょうに無茶をやってきた。大学に幸か不幸か合格し、卒業後、今の会社にすんなりついたわけではなく、しばらくあちこちを旅し、故郷にかえるたびに仕事を変わり、いわばフリーターのはしりのようなことをやってきた。そんな佐伯だったが、学生のころからつきあっていたいまの妻と結婚すると、ほとんど同時に、現在の職についた。はやいもので八年になる。
 よくあるき、よくうごき、よくはたらいた。売り上げのトップをしばらくつづけていた時期が入社いらい、五年つづいた。生来の負けずぎらいな性格と、いくつかの仕事をしてきたことがかえって客との話題づくりの面でさいわいした。
 そんなかれに、疲れは、二年ほどまえ最初の徴候があらわれ、今年になってさらにひどくなった。いまでは、神経にまでかんたんにはいりこんできている感さえある。いや、もしかすると神経が病んでいるのかもしれなかった。
 佐伯には、最近、こんな経験があった。
かれは、よくそんな疲れがでだしてから風呂のなかにひとりでいることが多くなった。たまに仕事がはやくおわったときなど、三才と五才になるふたりの子どもをいれるまえに、はやばやと自分だけ風呂にはいり、湯かげんを調節し、お湯をためるのだ。いつのまにかそうやって湯を落とすのといっしょに風呂にはいるようになった。
 滝のような音を耳にしながら、くぼんだ場所にいると、不思議と水音と間段なくしめきられたサッシ戸のせいで外部から遮断された気分になりおちつけた。もしここで、絶叫をあげ死んだとしてもすぐにはわからないのではないか、そんなこともかんがえた。
 最初まったく湯がないとき、蛇口からおちてくるお湯が底に跳ねあがり、かがめた腰のあたりにもどってくる。それが、すこしずつ溜まるにしたがい、音もかわり、かんだかい音から低くくぐもった音になり、膝をまるめた足の踝から脛、膝へ嵩をまし、からだをじょじょにつつんでいく。
 佐伯は、ひとり営業のとちゅうで昼食をおえ郊外へいくこともおおくなった。舗装された道のわきに車をとめ、けもの道をしばらく歩くだけで、じゅうぶん満足できた。ながい傾斜をのぼりきったところで、わき水に冷やされたすずしい風が頬をかすめる。そんなとき、山はときおり風呂場の水とおなじく、轟という音をたて、せまい空間をみたすように杉の木立ちをゆらし、じょじょに唸りをためこみながら、耳を裂く印象をあたえた。
 草を食む牛を見い見い、かれは、いまそんなことをかんがえ、おもいだしていた。

『缶詰屋』その四


 そんなかれが興味をひくものが、もうひとつあった。
営業で知りあった顧客の坂本という男のつとめる車椅子工場だ。そこに山田勇次という男もいた。
 山田は佐伯と同じように高校を途中でやめていた。ただ佐伯が、大検でもう一度レールにもどったのに対し、勇次はそのまま外れた場所にいとどまり自分なりに歩いてきていた。ほかに無口な職人肌ともいえる北沢という坂本とひとつちがいの男がいて、工場といっても、工員はわずか三人の小さなものだ。 社長はかなりワンマンで、佐伯は好きになれそうにない人間だった。だが、勇次たちの見せる仕事ぶりがかれの目をひいた。
 「坂本さん、車の調子はどうです?」
 坂本は、つい三週間まえ、佐伯のところから軽自動車を買った。それまでもっていた中古の普通車が二度目の車検となり、ちょうど新型のスポーツカータイプがでたこともあって、おもいきって買いかえたのだ。一カ月目の無料点検がまぢかだったため、佐伯はそのことをわざわざ知らせにきた。
 「調子、いいですよ。快適。おおきさも独身のオレにはちょうどいいみたい。」
 「坂本、つけたしたらどうだ? あとローンがなかったら、もっと最高だって」
社長が、めずらしく工員たちといっしょに作業をしていた。いかにも皮肉たっぷりな口調だ。  
 「社長、そこまで言うんだったら、さらにそれに、給料あがったらもっといいっていわなきゃいかんでしょう」
勇次だった。彼はそんなとき、徹底して冗談とも本音ともつかぬことを言う。佐伯から見て、たまにびっくりするほどつっけんどんにきこえるときがある。社長は閉口した感じで、思わずしぶい顔になった。あとのふたりは急にだまりこんでしまった。そこは二十歳をすこしこえたばかりの若者でしかない。
社長がかなりはげしい癇癪もちで、カッと頭に血がのぼったときどうなるか、いやというほど知らされているのだ。
 工場での業務は、八時にはじまり、六時にはおわるが、つい半年まえまで、残業はまさしく社長の気分で強いられることもしばしばだった。それを勇次が抗議したそうだ。
 「とにかく、小さな工場だし、残業が必要なことはよくわかる。でも、毎日じゃ、こっちだって身がもちませんよ。せめて、ぜったい残業を入れない日を、はっきり一日だけでも決めてもらえませんか」
 けっか、木曜日がその日になった

『缶詰屋』その五


 ある水曜日のことだ。社長がめずらしくきげんがよく、「きょうは、はやくかえっていいぞ」と言ったらしい。ちょうどその日は、自分の息子の誕生日だったらしく、勇次たち三人は、残業日にあたっていたが、社長のその言葉をそのときは誠意とうけとり、五時半に仕事をおえ、かたづけとそうじにとりかかった。
 つぎの木曜日、もちろん残業日にあたらない、その日とおなじ時刻にかえれる日だ。とうぜん勇次たちもそのことをまったくうたがわなかった。
 ところがつぎの日、「おい、昨日ははやくかえったんだから、今日はのこっといてくれよな」
表情もかえずすました顔での、社長のひと言だった
三人はきつねにつままれたように目を見合わせしばらくだまってしまったそうだ。しかし思えばそれもこの社長にとっては当然かとおもえる言葉だ。
 坂本と北沢は、『社長、それはおかしいんじゃないですか』という勇次の言葉をまった。勇次がおそらくはなにか言ってくれるという予感もあった。
 ところが勇次はだまっていた。二人は不満をもった。だが、あとでふたをあけてみるとそうではなかったことがわかった。事務を手伝っている社長の娘の佳子が坂本におしえてくれたのだ。佳子は、父親にはないしょで坂本とつきあっていた。
 勇次はひとりで社長に話をもちこみ、今後二度とこんなことがないようにという約束までさせていたのだ。人目につかぬところで、ひとりで行動する美意識がかれのなかにはあり、かたい決意のようなものが感じとれた。事実、それ以降、社長の横暴な業務の延長はなくなった。
 「うちのお父さんも言ってたわ。あいつの目を見ているとこっちにウムをいわさずこわいときがあるって」
 佳子は、シャッターもしめおわり、勇次のそのときの態度が納得できないと彼女に話し、車に乗りこもうとする坂本に、 「あなた、なんにも知らないのね」呆れながらおしえてくれたのだ。坂本は、あらためて自分たちが、勇次のほんとうの姿を理解していないことに愕然とさせられた。

『缶詰屋』その六


 社長も、例のようにいつのまにか事務所に消え、佐伯が、いつものように工場をしばらく見学し、去ろうとしていたとき、一台のベンツが、横づけしてきた。滝川という、営業だけを専門にやっている男だ。かれは、後天的なハンディのもち主だ。 学生時代、山岳部にぞくしていて、北アルプスを走破しているとき、事故にあった。谷からころげおち、ワイヤーでしばらく宙づりになったあと、ふたたび落下し、奇跡的にたすかった。脊髄損傷による下半身不随というハンディがそのときからかれについてくるようになった。さいわい、当時からつきあっていた女性もいて、相手は、車椅子に世話にならなくなったかれを見ても、それまでの関係を絶とうとせず、それどころかかれの自立にむけてひたむきに協力してくれた……、かに見えた。 ところが、ある日、とつぜん滝川の目のまえから姿を消してしまったのだ。
 「けっきょく、すぐにはなれれば、世間の目もあったし、できなかったのさ。いや、もしかすると、実際、下半身不随の俺とつきあってみて、つかれてしまったのかもしれないな」
 それ以上、滝川はあまりしゃべらない。
 その後、かれは、上半身がしっかりしていれば運転できる改造車のことを知り、両親を説得して買ってもらい、それをつかい自分にこそできる車椅子の営業の仕事を福祉事務所の便宜で紹介してもらった。もともと活動的だったかれは、車で外に出ることが可能になると、もっていた力を発揮しはじめ、その後あれよあれよというまに営業成績をあげ、いまやついさきごろまでアメリカで使用されていたベンツの改造車に乗りこみ、西へ東へうごきまわっているのだった。
 「山ちゃん」
 滝川は勇次のことを親しみをこめそう呼んだ。
 「こないだ納車したやつ、すこし右まわりするとき、板のねじが一か所だけ指の甲にすれるところがあるって」
 顧客の女の子は、重度の肢体不自由の障害者だ。母親につれてこられ、納車したとき二人は、うれしさのあまり泣いていた。親の泣く姿は、勇次はよく見かけるが、本人がポロポロと涙をながすのはめずらしく、勇次もさすがに胸があつくなるものを覚えた。
 「どっちみちあの子の場合、少しつかってもらってから修正しようってかんがえてたから、見てみるよ」
 勇次は、仕事の手をやすめ、ゆっくり滝川の方に歩みよりながら言った。
「すまん、すまん。おれがもうすこし、きいておけばよかったんだけど」
 勇次は、そうやって金にならない仕事をよくやっていく。社長がもし、今のひと言をきいたら形相をかえ怒るにちがいない。
 「ひとつガワ板やりなおすのに、どれだけかかると思ってんだ。ねじがすれるぐらい大したことじゃないだろう」
 しかし、一か所でも突起物があることは、自分でコントロールできない肉体をもつ者には重大な問題だ。いつもそろばん勘定しかしない社長を見ていると、勇次たちは、ほとほと愛想がつきてしまう。
「社長、この車椅子、こんなによろこんでくれてるんだからタダでやったらどうです?」
 そう言いかえせるものならやってみたい。勇次たちはいつも一工員にすぎぬ自分の立場を思い、にがい思いをかみつぶしている。
 滝川がきたのは、あたらしい車椅子の発注をしにだ。
 ベンツの後部座席に、年が十六前後の男の子が乗っていた。滝川は、気さくにみんなにその子の名前を紹介した。男の子は、勇次たちに車から降りるのを手伝ってもらいながら、いままでつかっていた車椅子もトランクからだしてもらいすわった。
 無口かとおもわれた少年だったが、工場の雰囲気にも慣れ、時間がたつにつれ饒舌になった。
 自分の生活や、アメリカやヨーロッパのことを熱心に語りはじめた。
 母親の知ってる友人でアメリカにいっていた人間が、むこうでは自分が障害者だということをわすれたことをを感激しながら語ったらしい。だれもが自然に手をかしてくれ、視線も気にならなかった。施設設備もすばらしい。ところが、日本にかえって空港についたとたん、ああ自分はやはり障害者だったと思いしらされたという。
 「どんなところが、ちがうんだろうね」
工員のひとりでもあるかのように、北沢のとなりに立っていた佐伯が、いじわるげにたずねた。
 「ここがっていうときりがないけど、とにかく障害者に対するかんがえ方がそもそもちがうんだよ」
 「そもそもって?」
 佐伯がさらにきくと、そんなことわかりきってるというように、まわりにいる顔をまじまじと見つめた。
 佐伯は、つぎの日、ひさしぶりに缶詰屋にいた。
 車椅子工場の工員のなかにいても、やはり、かれはなじめないものを感じていたのだ。もちろん営業の仕事をやっているだけでは得られぬなにかがいつもそこにあるのは否定できない。だが、今日、このやすみの日に、缶詰屋にわざわざ足をはこぶものがなんなのか、わかるようでわからない。
 「ああ、どうも」
 佐伯の顔を見ると、缶詰屋はほほえみながらかるく会釈した。佐伯の手にひかれたふたりの子どもの表情は、まえとおなじだ。 缶詰屋は、以前きたときよりもかなり店らしくなっていた。佐伯を少しおどろいた。
 「やっぱり、少しずつやってたんですね」
 「ええ、そりゃまあ、あれじゃあ、仕事になりませんから」
 缶詰屋は、佐伯が言ったことが店のつくりのことであるとわかると、にが笑いしながら答えた。
 「なんとかなるもんですよ」
 佐伯は、ホッとした気分になった。

『缶詰屋』その七

 

 佐伯が初めて工場をたずね三年になる。
 そのとき、坂本は、リムとハブのあいだにスポークをはめこむ仕事を、来る日も来る日もくりかえしていた。かれに車椅子づくりの工程をおしえたのが山田勇次で、その勇次に教えた男は、すでにやめていた。社長のもとでは、もうさきがないとさっさと見きりをつけたそうだ。
 スポークをはめこみながら数時間たつと坂本の指先は腫れあがった。もともと手先の器用さには自信があったが、実際に力をいれねじこんだり、ちいさな金具をひねる作業はかれをまいらせた。ひとつひとつゆるんでいたスポークは、ニップルをねじこむたびに張りがで、生きた動物の骨格のようにしなり、艶まで生まれてくる。『ふりとり』という作業台のうえでくるくるまわすと、あざやかな模様をその数十本のスポークのあいだから風のようにわきたたせてくる。
 佐伯は、来はじめのころ飽きもせず横から見ていた。
 仕事になれるにしたがい坂本は、パイプをベンダーをつかってまげたり、骨格をつくっていく作業をまかせられ、そのうち溶接も手がけるようになった。溶接は、勇次が鉄工所につとめていた関係でくわしく教えてくれた。ふつうの溶接とちがいやや部品がちいさくなったことをのぞくと、あとは要領はおなじだった。ただ、ステンレスのかんじゃく棒をつかったアルゴン溶接は、鉄が自動的にでてくる溶接機をつかうのとくらべ、デリケートなだけ神経をくばったらしい。
 佐伯自身、作業を見ては感心し、溜息をついた。ただの長いパイプと数百、数十のねじやボルトやスポンジ、バンドが、いくつかの工程をたどるうちにたとえ百キロちかい大人が乗ったとしてもびくともしない車椅子にかわってくる。しかもおどろくのは、出荷の数だ。このちいさな工場でも日に平均二台ちょっととして、年間六百ちかくだしている。以前、勇次にきいた話によると、職場の旅行らしきものをかね関西の工場見学にむりやりいかされたとき、日に何百という車椅子が、オートメーション化したシステムのなかでつくられていたそうだ。
 ひとはまちがいなく老いていく。ハンディをもつ人間も生まれている。健常なものは、そのことに無頓着だ。その証拠に、ためしに数十人の人間をつかまえ、車椅子の車輪の数をたずねてみれば、半分以上が、ふたつとこたえるだろう。まえについているキャスターやステップをイメージしていないのだ。
 社長の言った言葉だ。近くの小学校から、工場見学にきたとき、還暦を過ぎても頑強な商事会社の営業からたたきあげた男は、とくとくと自慢気な笑みをうかべ話してきかせる。
坂本は、ふりとりにつけたリムを回転させスポークをはめながら、そんな演説ぶった話を、うわのそらできくらしい。
スポークは一本一本ふりこのような揺れをとり、足さきにニップルというしめのいい靴をはかせるだけで、ますます上体は生きかえってくる。 佐伯は、そんな話をきくにつけ真あたらしい金属片のにおいが鼻さきまで立ちのぼってくる。
 だが、そんなおもいにひたれるのも、佐伯にはほんの一瞬だ。小気味よく回転する車輪も、しだいに重たく、工場全体のしめつける空気に押しつぶされていく。

『缶詰屋』その八

 
 一年ほど前、たまたま営業の一番目にこの工場へたちよったときだ。工場は、町の誘致した大手のコンピューター会社や半導体をつくる工場の隣接したとおりの一番おくで東がわを表にシャッターをかまえ、風のつよい日は換気をよくするためうらと筒抜けにしておくため、ふきさらしになる。
その日佐伯は、朝一番で、テニスコートや社員用のクラブハウスがある巨大な敷地の工場を横目に仕事場へむかった。社長は外にでて不在だった。
 半導体工場の社員は、車でくるものばかりなので、その日の朝も渋滞だった。
 出勤時の車のなかには、さまざまな表情があった。
 オートマチック車のブレーキペダルを押し押し、肘を窓わくにのせ、カーステレオからながれる曲に退屈そうにリズムをとったり、電気カミソリで髭をそるもの、神妙な顔で祈りでもするようにうつむき、また天を仰ぎだすもの。ただじっと前の車のストップランプだけを見つめるもの……、そこには朝のおそらくは数十分か一時間ほどまえまでいた家庭や生活をどこかにつなぎとめ、また無意識にふりほどこうとしている。どことなく血の気のないあさい顔だ。
 佐伯には、たまたまでかけたその道で、朝のラッシュ時によく見かける情景を目の当たりに、なぜ自分が、それらの車に乗った人間とおなじく営業には極めて率の高い大手の工場でなく、これと言って買ってくれるとも思えない車椅子工場へむかうのか、不思議に思うのだった。
 大手の工場へのやっかみとか、羨ましさではない。彼自身、そこで毎日のようにくりひろげられるであろう人間関係や、労働の単純なつまらなさはじゅうぶん想像できたし、組織にしばられることの代償に多少の安定した身分の保証や金銭がもらえることも知っている。そのことが車を買ってくれる顧客としての確実性へつながることが、とくべつ大きな魅力となるほど若くもなかった。かれにもこれまで、選択がなかったと言えばいえなくもない。選択のないやむをえぬものに抗ってきたと言えばいえるが、やはり判断の基準は、そのなかにもあった。
 たとえば、佐伯にうかんでくるのは、高校を一度やめたときだ。そこには避けるてとおることのできぬものがあり、自身、大きな選択をしてきてもいる。もともと勉強が好きではなかった佐伯にとり、学習についていくことは苦痛だったし、日々くりかえされる教科書をひらく作業は、ただの無意味な機械的動作にすぎなかった。バイクのふたりのりで停学になり、二週間ぶりに学校にいったときまっていた脅迫まがいのいじめも原因の一つだ。「殺すぞ」そんな言葉がだれかれともなく耳にとどいた。すっかり気持ちは高校から遠のき、担任が一度だけ様子を見にきたときかれの覚悟はきまっていた。
 高校をやめ、いくつかの仕事を転々とした。スナックでも働いた。酒をつくり、自分と同じくらいのわかい男が別の客の女に水割りをふるまうとき、愛想をつくり、あちらのお客様からです、と告げるとその客は、女にかるく会釈し満足げな顔をした。そんなとき、もしかすると生きるとはこんなことのくりかえしではないかと、佐伯は思った。
 自分という存在は、まったくそのふたりのあいだには感情として介在していない。なのにまちがいなくかれの運んだ一杯の水割りが、ひとりの男と女のまなざしのやりとりをつなげ、きっかけを生みだしている。その事実に苦痛はなく、時間だけが過ぎていくのだ。自分という存在のまわりにながれるものは、おそらくこれからも、大なり小なりこうしたやりとりのくりかえしではないか。ほかに仕事もなくこうして仕事についていても、そのなかにはやはりかれなりの選びとったわけは存在する。そのなかで、いま、ある行為を要求されおこなうことに選択はない。客のもとめに応じうごくしかないのだ。仕事を拒否し、やめるかやめないかという余地以外は。働くということは、じつに個人にたいし矛盾を強要するものなのだ。なのにかれは、なぜか笑顔までつくりサービスをおこなっている。これが選択でなくて何なのか。佐伯自身、空気のようにいたいがそれは不可能なのだ。
 選択といえば、生きること、それだけで選択だった。

『缶詰屋』その九


 「人は、どこかで生きていくもんですよ」
 佐伯は、別れぎわ缶詰屋が言ったその言葉が気になった。どうにか生きていくでなく、どこかで生きていく、その意味がどうしてもよくのみこめない。
 「だれでも、死にたくないんじゃないんですか」
 少し深刻な話をしたとき缶詰屋は、軽く微笑みさえ浮かべそう言った。死にあらがい生きているということだろうか。死にあらがい生きている人の力ともいうものがいったいどの程度のものかかれにはわからない。なぜならかれは、最近、死のことばかり考えている。死が少しずつ近づいているのだろうか。むしろかれには、死にあらがうというより、死に近づくその力でかろうじて生きているようにも思える。
 あの障害をもった少年も、なぜ生きたいのか。しゃべり、伝えたい何があるというのかわからない。営業の滝川そうだ。佐伯にはわからない。ただ、今のかれには、ひとりこもった風呂の中で訊く水しぶきだけが真実味をもってとどいてくる。それだけをききながら生き、これから死んでいくように思える。
 佐伯は、しばらく腰痛で寝こんでいたことがあった。仕事のむりがたたったのかもしれない。なんの気なしにしゃがんだとき、体のまさしく中心で、背中から腰の下部ににぶい痛みを感じ、前かがみもできなくなった。これくらいと動いているとしだいしだいに痛みは増し、尻部から膝にかけさらに痛みはひどくなり痺れに変わった。あちこちから軋んだ音がした。実際に体をねじると首と肩のつけ根からごりっとした不吉な音がきこえた。健康骨あたりが擦れているようなそんな感覚だ。 
整骨院にいった。筋肉剥離と言われた。疲労が蓄積している。しばらく安静が必要だということだった。それでも佐伯は風呂にはいることだけはわすれなかった。しかも長い時間、じっくりとである。水とお湯との調整をし、クリーム色の浴槽に体ごと身を隠し、お湯が埋まっていくのを待った。水音をきくためだ。
 身障者といえば、そのときのかれはわずかながらそうだったかもしれない。歩くことも、ひとりで着がえることもままならず、たえず腰の痛みといつ崩れ落ちるかもしれぬ恐怖に脅えていた。体から苦痛は去ることはなく、ただ湿疹が消えていくよに長い目での回復を待つ身だった。だが、やはりあの水音につつまれたいと、風呂に身を落としていた。
佐伯は思う。あの少年も滝川も、こうして生きているのではないか。体のどこかで、水音をききながら生きているのではないか。 
「子どもをいれる前が、だいたいあなた長すぎるのよ」
 ふたりの子どもを入れ終わり、赤く茹だったからだで部屋にもどってきたかれを、妻はその晩もあきれたように見つめた。
それから一週間後、佐伯は会社を休んだ。じつは、かれ自身、ここずっと辞表をだすかだすまいか迷っていたのだ。
 会社に未練はない。未練といえば、かれはできるだけそのようなものを残さぬよう注意ぶかくしながら生きてきたつもりだ。先輩格の社員にも必要以上にかかわらないよう、どんなささいなすきもあたえないようかわしてきたと思う。
 かれが足を運んだところは、やはり缶詰屋だった。

『缶詰屋』その十

 
 缶詰屋では、いよいよ店舗も完成し、細かな荷物の整理を男がひとりでやっていた。
 「引っ越しはだれも手伝ってはくれませんから」
 缶詰屋は、そう言って、黙々と手をうごかしていた。しばらくしてから、扉が開き、手にいっぱいの荷物のはいった紙袋を下げた女がはいってきた。髪が長く、目鼻立ちもすっきりし、動作はかろやかだった。ふりむきざま軽く会釈した佐伯と目があい、男が「ああ、ぼくの連れ合いですよ」と紹介した。
 女は、男より少し年下に見えた。彼女は、両手がふさがった状態のまま言葉をしゃべらず、表情と目でなにやら缶詰屋に合図した。紙袋の中にはいろいろ生活の必需品が見えかくれしていた。
 「店もできたし、きのうから、この奥の部屋にふたりで住んでるんですよ」
 佐伯は、少しあっけにとられていた。そして今、目のまえにいる男と女のことが気になった。自分以外への関心……。疲れきっている今のかれが他人のことに頓着するのはめずらしいことだ。だが、缶詰屋のふたりは、どこかひとをひきよせるに充分な匂いがした。とおい旅でもしてきたようなそんな感じだ。だがそれもただの佐伯の思い過ごしか、幻想ともとれた。佐伯は自分の感情のありかさえはっきりつかむことができない人間にすぎない。
 女は、手でカップをもち飲むかっこうをした。
 「ああ、ありがとう。コーヒーだね」
 缶詰屋が答えた。女はニコリとしてうなずくと奥の部屋に消えた。
 「彼女は、ぼくのよく行っていた理髪店で働いているんですよ。きょうは、午後からむりして休暇をとってきたんです」
 男は、何の気なしに佐伯に説明した。男の顔は日の当たりがよくなった部屋で見ると、思いのほか若い。もしかすると佐伯と同じくらいか、むしろ彼より年下なのかも知れなかった。
 佐伯は、退職願いを書き、それをずっと鞄の中にしまっている。最初は、簡単に出せると思っていた。しかし、家族もちの今の自分の状況では手かせ足枷があるのわかりきっているし、出せばさらにそこに拍車をかけ上積みされていくことも事実だ。円満退社する場合、一応の期日が設けてある。感情的にやめるわけではないので、最後の仕事まで、回りの者へすきを見せたくなかった。すきを見せたらおそらくそこにやめる根拠を他人は見つけたがる。それがいやだった。佐伯と比較的折り合いのうまくいっていない上司やその部下たちはなおさらのことだ。少しのマイナス面も残して去りたくはない。そのことを、感情のバランスとして保つためにも退職願いを期日前に早々と出すことは、かれにとって何のためにもならないことだ。期日がもうけられているのだったら、それを生かせばいいし、そうするしかない。そう佐伯は思った。
 あせることはない。あせる、そのことがこれまでの疲れをつくりだしている。すべては思い過ごしだとかれは思った。不安も恐怖も、わけもなく肌寒く感じる思いも、すべて根拠のない実態なのだ。それらに惑わされるほど愚かなことはない。そうかれは自分に言い訊かせていた。
 缶詰屋へ行ったその日、退職願いの期限が二日後にせまっていた。
 「ひとは、脆いものですよ」
 缶詰屋は、前に来たときぽつりとかれにそう言った。
 その脆さのまっただ中に、佐伯は自分が、今、いるようだ。
 「だれも、ひとのために泣く人間なんていませんね」
 三人でコーヒーを飲みながら、缶詰屋がぽつんと言った。
 「私が彼女といっしょになるとき、私の母親は難病にかかっていましてね。私自身、高校で数学を教えていたんですが、それも辞めて、そのことを病院に伝えにいったんです。そしたら、母は病院のベッドで人目も気にせずおいおい泣きましたよ」
 缶詰屋は、佐伯と同じように結婚し、幼い子どももふたりいたと言う。 
 「妻には、彼女を愛していることをずいぶん前に話していました。やっぱりいっしょに住んでいればなんとなくわかってくるものですね。私も隠しごとをするのはいやだったんで、思いきって告白したんです。そのときは妻と別れ、彼女ととにかく住みたい一心でした。でも、妻の涙を見ながら一度は彼女と別れようかとも思ったんです。揺れましたよ。ずいぶんとですね。ふたりの子どももいましたし。ひとに憎まれるのはいやなんですよ、私も。でも、けっきょくは彼女を思う気持ちにかわりはなかったですよ。いやそれどころかますます思いは深くなりましてね。彼女なしには、息が苦しくて、つまってくるんです。自分の存在が薄くなる感じで……。もうやっぱり生きれないってことがよくわかったんです」
 缶詰屋はそれからコーヒーをゆっくりすすり、黙りこんでしまった。

『缶詰屋』その十一

 

 次の日の晩、佐伯は家にかえってから妻に、退職願いのうすっぺらい紙を見せた。
 「これをだすつもりだ」
 何度も話しあいはしてきたはずだった。そのたびに、冷静にきいていた妻もついにはヒステリックになり、ちょっとした言葉じりでお互いをせめあうことも多くあった。悪循環であることはわかっていても、おさえることができない。理性で感情を抑えることの難しさは充分わかっている。だからこそ、あるときから、佐伯は自分のやり方に限界と強引さを感じ、わざわざ苛立たせることもないと、ひと月ほど前から退職のことは口にださなくなった。そしてついに期日の前日になってしまったのだ。
 妻は、突然一枚の紙を目の前に突きつけられたとき、さすがにショックだったのか、顔色をかえ、たちまち涙声になった。
 「どうせ、私がなんといってもだすんでしょう」
 「いや、だから、こうして見てもらって、おまえの考えを聞こうと思って……」
 「でも、やっぱりあなたはだすんでしょう」
 佐伯は黙っていた。かれの今、出すにあたっての思いをまたひとつひとつ説明することより、それを打ち砕く意見があればそちらの方がほしかった。目の前にそれを開いて見せてほしい。仕事をやめてはならぬ理由が、今、自分にほんとうにあるというなら、そっちの方が、今、知りたい。かれは願うような気持ちだった。
 次の日の朝、出勤まえに、昨日の夜から食卓のテーブルに置いていた一まいの紙切れを、佐伯は、昨晩と同じようにうちふるえる体をおさえている妻の目の前からかすめとると、玄関から出て行った。
 テーブルにすわり食事をしていたふたりの子どもは、そんな佐伯と妻のやりとりをポカンと見ていた。

『缶詰屋』その十二


 「ああ、そうですか。やめられますか」
 缶詰屋は、佐伯に一言だけそうつぶやいた。
 退職願いを出した次の日のことだ。
これから事務的手つづきが、きまった段取りですすめられ、終わっていく。無駄なくつくられた規約にそい、間段なく運ばれていくのだ。大きな天変地異でもないかぎり一か月後、佐伯は数十人の社員に見送られ退社することはまちがいない。
 その日も、佐伯は会社のかえり缶詰屋によっていた。
 缶詰屋は、すでに商売をはじめていた。店にはいくつか客がもってきたそれぞれのきまった時間までに缶詰にしておかねばならぬものがならべられている。
 「いろいろもってきますよ。やっぱり人への贈物が多いですね」
 缶詰屋は、手際よく製缶機を動かし、一個一個缶詰にしていっていく。
 「いそぐんだったら、すぐその場でしてあげるんですが、今のところお客も近所の人が多いもので、のんびりやっています」
 佐伯は、だまって缶詰づくりの仕事を見ながら、いつのまにかかれと自分とが立場がさかさまになった気になっていた。  佐伯は、書類をだしてから時間の流れがおそく感じられた。 かんたんに時間が過ぎていくものとも思ってもいなかったが、想像以上に一日一日を自分なりに整理していかなければ、またもとにもどってしまうのではないのかという不安感があった。波打ち際にうちよせられた木切れのように、波にふたたび誘われぬよう注意ぶかくしなければならない。すきはいつでもしのびより、かぶさってくる。わずかの間隙をついてこじあけようとするバールのようなものだ。退職願いの書類をだしてから、佐伯はますます神経が細かくなった。それは、かれにとって予想もしていないことだった。
 妻は、いよいよかれに愛想がついたのか、はてはなにを言っても無駄と肝をくくったのか、退職のことではなにも言わなくなった。ただ会社をやめたことは、近いうちに佐伯本人からそれぞれの両親に説明するよう求められた。
 「おれはしないよ。わざわざ理解できないことを言って、苦しめることはないんだ」
 かれは実際に、逃げて逃げぬく、あるいは避けて避けぬくつもりでいた。なぜ自分の選んで行動したことを周囲に説明し、理解をえなければならないのか。これまでかれのやってきた生き方がまさしくそれだった。くりかえしたくはない。佐伯には、自分のことを説明しなければならないその理由がわからないし、理解してほしいとも思わなかった。労力のすべてが無駄に思えた。退職願いを出してから、あわててつぎの仕事をさがすわけでもない自分にであい、もう以前のようにがむしゃらさも意欲も、またそのことに価値を見いだそうという意識もあるとは思えない。妻からすれば、じつに蟲のいい話だったにちがいない。
 佐伯には責任ということさえなにに対してもてばいいのか、考えれば考えるほど疑わしいものだった。
 妻は、ことだててそれらのことを拒否しようともしなかったが、積極的に受け入れようともしなかった。それどころかときには、退職について最初自分では理解できなかったが、少しずつ整理もできつつあることを言った。整理とはいったい何なのか。佐伯自身、もうすこしくわしく知りたかったが、あまりしつこくきいて話がこじれるのも気がひけできなかった。
 具体的なことは順繰りされ、どちらも話題としていつのまにか口にしなくなった。毎日の生活は比較的静かにくりかえされ、退職までの月日はすぎていった。

『缶詰屋』その十三


 やがて一か月後、退職辞令の交付式が、予定どおり会社の一番広い研修室で行われた。 
 十五名の退職者がいた。一枚のプリントがそこにはおいてあり、それぞれの勤続年数と最後にいた部署が書かれてあった。佐伯の年齢で辞める人間は他にいなく、かれはその中でも一番わかかった。席も、一番後ろだった。それぞれに辞令をもらいにいくとき名前が読み上げられ、そこに書かれてある一文が、きわめて機械的に述べら、労いの言葉がそえられた。佐伯の場合、願いによって退職とするとか、そんな文面だった。適当に頭を下げ、その場を去り、自分の席にもどった。花束をもらうときも、ほとんどその場のことはどうでもいい心境だった。ああ、これでようやく力がぬける、その開放感が先立っていた。すきを見せまいと緊張しつづけたのひと月の箍が一挙にゆるむ感じだった。
 気恥ずかしさはあとでやってきた。同じ営業で働いていた者たちが企画してくれた昼食会のとき、日頃、それほど口べたと思っていないかれが挨拶も、うまく神経を集中できず、大雑把なものになってしまった。会社にはほとんど気持ちがなく、すでに距離が離れてしまっていたことを今更のように実感した。つなげていたものは、ただすきを見せまいとしていた自分自身へのこだわりに過ぎなかった。佐伯は少しでも早く会社やその匂いのする人間たちから遠くへ去りたかった。かれは、ただ一刻でも早く缶詰屋のところへ行きたかった。
 送る側の者たちは、気をきかしているのがありありと見えるほど、佐伯が会社を辞める理由や、辞めた後どんな仕事をするつもりなのか申し合わせたようにたずねなかった。もちろん佐伯も、この後の仕事など決めておらず、はっきりと答えることはできない。だが、よくよくかんがえてみるとそんなことは、そもそも最初からわかっているとも思えるほど周囲の者は滞りなかった。退職の理由であれこれ悩んでいたのは、佐伯だけで、そもそも世間一般にとっては、勤めようが辞めようがそれに確たる理由など必要ないのではないか。送別会は、あれこれ打ち騒ぎながらもたんたんとすすめられた。
 佐伯の頭の中にあるのはやはり缶詰屋のことだった。缶詰屋が、今どんな顔でどんな仕事をしているのかが気になった。ホテルのラウンジばりの豪華さの目立つ社員の社交用につくられた大広間から、あの製缶機の置かれた部屋が思い浮かんだ。今ひとりいる缶詰屋が佐伯にはむしょうに気になるのだ。かれはようやく、缶詰屋に会いにいこうと思えばいつでも会いにゆける時間をとりもどした気がした。
 「退職されたら、記念になにか缶詰にしてあげますよ」
 佐伯は、数日前、かえるとき缶詰屋にそういわれ、なにを缶詰にしたいかずっと考えていたのだ。いや、今になりようやくそのことに神経をかたむけることができるようになったのかもしれない。これまでうつらうつらと仮眠の中で考えていたようなもので、ようやくはっきりと意識して思えるようになったとも言えた。だが、それがはっきりしてくればくるほど、佐伯はいったい自分がなにを缶詰にしてほしいかわからなくなってきたのも事実だった。
 缶詰にしてほしいものがあるのかないのか、それさえはっきりしない。あれこれ浮かんでくるのを、ひとつ、またひとつくわしく想像しけっきょく打ち消しながら、それでもこれだといえるものがなかった。
 佐伯は宴もたけなわで、いよいよ最後のしめに向かう中、男女入り交じった声を遠くできき、なにを缶詰にしたいのか、今自分が缶詰にしたいものがなんなのかと、必死に思い浮かべようとした。そうすればするほど、缶詰屋の言った好意が思いのほかむずかしい宿題であったことに驚いた。
 「なんとかなるもんですよ」
 缶詰屋がそんな自分を見ながら、どこかで笑ったような気がして、佐伯もいっしょに微笑んだ。(了)
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