2007年01月20日

『エデュケイショナル・スノウ』その一

          エデュケイショナル スノウ
        Educaitional  snow
           〜ある十二の報告集から〜
           *           *
              プロローグ

 総司令官閣下殿、私たち一行が、この辺境の地へひそかに参りましてから既に数年が過ぎ、観察調査しましたことについてのご報告をいたづらに引き延ばしながら日一日と恐縮していたおり、このたび届きました閣下からの御催促の御言葉に私自身、覚醒の感がありまして、これまでの己の俊巡を今さらながら遺憾と思い直す次第、ようやくここにペンを執ることになった旨をまずもって、お伝えせねばなりません。と言いますのは、閣下が最もお知りになりたかったこの地域に於ける、今現在とられている教育の現状を考えましたとき、私たち外部の者から見た場合、どうしても推察しようにも出来ない、ある線上を越えた地点があり、それらがあたかも、この地域独特の干満の激しい潮の満ち引きとともに姿を現す幻の防波堤の如く我々の思考を悩ましつづけ、冷静な判断を極力しづらくしていたということがあったからです。我々は、我々に課せられたその職務と責任をけっして忘れたわけではなく、これら具現する視差をできるだけ最少限に押さえ、あるがままにそこから過剰なものを多く取り除き、客観的な根拠に近づけようと日夜努力を重ねて参ったのですが、なかなか各々の考えをうまくまとめることができず、遅らばせながら、今ここにこうしてお詫びを兼ねた微力な報告書の紙片をお渡しするに及んだ次第なのです。結果はどうであれ、既に開始された以上、この遅鈍なる文面が双方にとって、幸なる糧の第一報となればと願っております。
 さて、最も重要なことからお話いたしますに、開口こんなところから始めるのは不躾でありましょうか。閣下には……

『エデュケイショナル・スノウ』そのニ

              第一の報告

 総司令官閣下、先頃、この地域の教育を司る機関の独自の調査によって、小学、中学就学者数の発表に合わせ、地方公共団体の設置した公立並び監督庁の認可する学校法人等の管轄内にある教育施設以外に通う子どもの総数が発表されました。そこには、学校をなんらかの理由で不登校になり、もしくは免除された者を含め、中途退学者などもいるほか、この地域の最大の目玉であるJUKU産業の隆盛による併学パターンが顕著に見られたそうです。たとえば第六学年を例にとれば、全体数に対し、なんらかの形で他の施設へ通っている生徒数はほぼ、その三分の二に達し、時間数にすると一人当たり年間のべ、約半分の割合をしめるほどになっていたといいいます。これは、最近、この地域でようやく現実となった週休二日制にもっともその原因の多くがあることは確かで、その年は、『新たなるJUKU年間』とか『公キョウイクの終末』とかが叫ばれ、教師の志望者は、相かわらず根強かったものの、後退してきた景気の波も計算には入れるべきであったでしょうが、以前とおなじく一般企業への希望者は多く、中でも学生たちの就職の目玉として企業の上位に初めて実験的に有名なその民間教育施設の一つが上がったのもスクープとして各マスコミに取り上げられたほどです。
 総司令官閣下、参考までに、ここでこのJUKUのご紹介を一ついたしたいと思います。名前は、CAN進学センターです。センターは、本部をこの辺境の海岸沿いの都市に持ち、……

『エデュケイショナル・スノウ』その三

              第二の報告

 総司令官閣下、たとえばこの地で、ある生徒が虹を見たとします。虹は、いつも存在しませんが出現するときがあります。それは、決まって雨の降っているときか、雨上がりのときで、子どもの示す反応もどうしてそんなときに現れるのか不思議に思う子がいたり、虹の美しさに見とれたり、まったく無関心であったりまちまちでしょう。しかしこれを統一し、学習行動を喚起させ、持続させ、完成に向かわせる動機づけとして充分なものにしようとしているのがCAN教育センターの狙いであると言ったらご理解いただけますでしょうか。知識の注入よりむしろその奥にある感覚反応そのものを錬磨し、子どもたちの意欲を呼び起こすに最適な効果を発揮できるようしていくことが、今現在、センターでは試みられているのです。
 それでは、学習内容に興味や関心を持たせるために最も必要な心理的作用とは何か。それは、稀にそんな子どもたちの中に、なぜ虹がこんなにも美しいのかを疑問に思う子がいることです。その子は、それを知るために、色の組み合わせに興味を持ち、七色に自分の肉眼で識別できることに気づくことでしょう。虹を組成している雨滴がプリズムの役目を果たし、光を分光することもわかってきます。そうすれば、太陽からふりそそぐ自然光は混合色であることにも理解がつながり、紫外線や赤外線の認識へも役立ちます。しかし、それだけわかっていても最後にどうしても解けない疑問にぶつかります。それは、なぜ自分がそんな虹を美しいと感じるかです。その子は、この重い問題に三日三晩悩みつづけます。とても小学生や中学生には耐えられないことかもしれません。ところが、ここにある一つの貴重なデーターがあるのです。このCAN進学センターの側からある操作、極めて限定的な設定をしてやると、その子はどんな形であるにせよその疑問に対するその子なりの答を用意して来るというものです。その設定とは、一人一人の子どもに応じて様々であり、多種多様です。ある場合には、単に答の期日を決めてやるときもありますし、また別の場合、考えさせる時間や曜日を指定してやることもあります。すると、驚くことにその子は見違えるほどに思考を深め、見事な答を導き出してくるのです。
 閣下、例を紹介いたします。中学校一年生の女の子の場合です。その子には、夜寝る前の三十分間を 考える時間 として、センター独特の『シレン』という形式で与えさせたとのことです。もちろん、家庭の方には本部のセンター側で決められた時間を必ずチェックするよう忠告してあり、万全の体制が整えられています。そして、この作文は、センターの会員を募集するにすべてを決すると言われていたさきほど御報告しました第一回目の説明会でこれまでとはまったくちがったパターンのもと、保護者へ配られる資料として使われたといいます。なぜ、書く側に夜寝る前という設定をしたのかは、後々閣下には念いりに説明させていただきたいと思います。

 『シレン』・その1
 わたしは、虹は、星に似ていると思う。星は夜、お日様がしずんでから空が晴れているときでてくるけど、虹は、雨がふっているときや止んですぐ、お日様がときどき顔をのぞかせるときにしかでてこない。だから、見るのもたいへんだ。………

『エデュケイショナル・スノウ』その四

               第三の報告

 さて、総司令官閣下殿、またこの地の学校の現場に報告の中心をもどしたいと思います。まず、この辺境における諸々の教科、授業には様々な見方、受取り方ができるかと思われます。それは、小学部から中学部までの間に最も顕著にその特徴が見られると思うのです。そこで、授業内容に入る少し前の段階からわずかではありますが、こちらがまとめた点をここに御報告しておきたいと思います。
 この地域においては子どもたちは初めに、縦横に整列させられ与えられた自分たちの席に座り、黒板の前に一人の教師が立ち授業を行う形式が取られます。子どもたちの人数の標準は大体三十名から四十名程度です。当然、彼らは常に一望の下に監視せられその一挙手一投足が教師の眼によって晒されます。教師は、『キョウダン』と言って子どもたちのいる場所から一段高くなったところに立ちそれを実行するのです。最近では、この『キョウダン』がどういうわけか取除かれ出しているのですが、一人の視察員の報告によりますと教師たちの何人かが集まり、この『キョウダン』に対し反対の意志を表明し、教師と子どもとを同じ位置関係に立たせようとする運動を起こしたそうで、それでもまだ周囲から絶対の賛同を受けたわけではなく、それに最近ではかえってそうすると子どもたちの授業態度がますます悪くなり躾の面にも悪影響を及ぼすとか、ただ単に教師や黒板が見えにくくなって授業に差し支えるいった意見を述べる親や教員、それに一部の生徒たちまであらわれたため、現場はわずかこれだけのことに混乱の極みに達しているということです。
 総司令官閣下殿、しかし、私どもがここで最もお耳にとどけておきたいことは、そういった現象面のことではなく、そこに常に大きく欠落している、そのために最終的にはこの地域の様々な出来事がいつも同じ結論なり方法としてしか導かざるを得なくなってしまう事象のことなのです。私が先に見えない防波堤と称したものも、実はこの一つといえるのかも知れません。
 総司令官閣下、この地では、様々な問題が学校内で起こったとき、必ずと言っていいほど無視されるか軽視され、または排除される者が出てきます。それは問題そのものにも因りますが概ねどのケ−スにもあてはまりそうです。ある時は担任を受け持つ教師であったり、またある時は、それ以外の教師であったり、そしてこれがほとんど多くの場合を占めるのですが、学校教育においては恐らくその主たる存在であるべき子どもたち自身がその対象となることも決して少なくないのです。閣下はこのことをどうお考えになられるでしょうか。そんなことはわかりきっている、我が国のどこの場所でも多かれ少なかれ同じことだ、とお考えでしょうか……

『エデュケイショナル・スノウ』その五

               
              第四の報告
             
 閣下、ここである小学校の、しかも臨時採用の男のことについてお話します。その男の名前をここでは木村としておきます。なぜ、このような話をするかと申しますと、全大的な御報告も必要ですが、時として一つの例を微細に見ていくことの方がこれから閣下がご判断される上で多くの示唆をふくむ結果になるのではと思われるからです。
 木村が最初に赴任した小学校は、全校生徒五百六十、クラス数十八、各学年三クラスづつのこの地では中規模学校に属し、門から入ったすぐ右手に今は誰も使わなくなった古ぼけたモルタル塗りの用務員室がひっそりと立ち、かつての宿直室の面影を残していたそうです。木村が受け持つことになったクラスは、四年生でした。そのクラスはそれまでやや年配の女性教師が担任していたのですが、今度、以前から医者に診断されていた内臓の筋腫を本格的に治療することになり、そのための摘出手術を行うのに必要な入院と自宅でのしばしの療養期間が委員会との間の手続きのもとに承諾されたそうです。期間は約二カ月という短いものでした。つまり、木村は二か月間、その四年生のクラスを担任することになったわけです。それは、三学期が始まってすぐの時期に当たっていて、手術するのを引き延しわざわざその時を選んだのは、ベテランなりに色々考えてのことなのか、それともこれ以上延ばすに延ばせぬやむをえない事情があったのか、その辺りの内実は詳しくはだれにもわかっておりません。
 木村には子どもがおり、そんな臨採の彼を、周囲の教師たちは物珍しがりました。二か月という短期間の臨時教員に二十六才の子もちの男がのこのこやって来るのですから、どこか風変わりに映っても仕方のないことだったでしょう。……                        

『エデュケイショナル・スノウ』その六

              第五の報告
           
 総司令官閣下、ふたたび報告をCAN進学センターへともどします。いそがずにじっくり『ガッコウ』と『センター』を交互に見ていただくことが閣下にとりましても私どもにとってもよりわかりやすい方法であると考えるからです。今回は、センターの朝の様子から始めたいと思います。
 センターでは、子どもたちは、参考書やノートのつまった重いバックを手に口もとを緩ませたり、引締めたり様々な表情をしながらやってきます。動作も機敏とまではいかないまでもはっきりとした意志を示している子がいたり、そうでなかったりといろいろで、細くくびれた手足の速やかな伸び縮みがそれを物語るように、朝日を受け白金色に照らし出される長形の建物に向かい、一歩一歩進んでくるのです。その後ろには車窓から見送る保護者たちの影がくっきりと揺らめいていて、その先端はときには陽炎のように子どもたちの足もとにまでとどき、先の尖った透きとおった炎が冷えたアスファルトの地面や最近レンガづくりに模様がえされた遊舗道の上を嘗めるように蔽っているそうです。
 ビルの入口で待っている職員から挨拶された小学生の児童などは、突然だったためか声があまり出ず、元気がないことを理由にもう一度やりなおしをさせられたりもします。センターの職員は出迎えのため玄関前に立ち、時には重い荷物にバランスを奪われ躓きそうなぐらいふらふらしてやって来る子どもたちにそうやって訓練を行っているのです。…… 

『エデュケイショナル・スノウ』その七

            第六の報告

 閣下、第二の報告にありました作文について、あとでくわしくお話しする約束になっておりました。そこでこの報告文では、そのことについてできるだけご理解いただけるようご説明いたしたいと思います。
 最初の作文を書いた子、名前を綾としておきます。綾は、今年中学に入学したばかりの女の子で、顔立ちは非常に端正なつくりをしていて美しく、肌の色は白く一見したところその白さばかりが際立ち、周囲に感嘆と溜息の入り交じった距離感を自然に与えてしまう、そんな子です。わたくしも実際に内密に手に入れたフィルムを見ましたが、額から自然な形で下りてきて、なだらかに繋ぐことでより控え目ではありますが着実に存在を増す二つの瞳が実に印象的でした。ときには潤んだように見開かれるその瞳は、何かを訴えかけるようでもあり、そうでなくただなんとなくゆったりと先を見ているしかできない、そんな思わず息のつまってしまう、重苦しさとはまた違った意味での雰囲気が醸し出されているようにも思われます。閣下、生命が起伏を徐々に変えながらもついに盛り上がることができず、そのまま弱まっていく姿を見る側に写しとらせ、それでいて輝きを全く失うことなくほのかにその閃光を引きのばすことで濃密さを増していっている、そう申せばおわかりいただけるでしょうか。私は、視察団の一員として、その少女を見るたびにそんなふうに感じます。
 綾が初めてセンターによって実験的につくられようとしている『ガッコウ』というべきか『JUKU』というべきか、報告する私たちも、その差異がわからなくなってきているのですが、そこに母親と一緒に姿をあらわしたのは、CAN教育センターの常務瀬上がBブロックに赴任したころのことです。わたしたちはその当時から既に視察とは別に調査官を忍び込ませ、実態を把握させておりました。調査官は瀬上のすぐ近くにいるポストをつかみ、社員になりすまし微々にわたり記録してまいったわけです。よってこれからのご報告文は、より裏側を克明に記録しきったほどの信憑性の高いものです。潜入したその男はあらゆるところに神経を配り、様々な精密機器を設置しわたしたちの模範となるべく勤勉に情報の収集に励んでくれました。
 母親は、本来なら綾の弟の健一のことについて話をしなければならないはずだったのですが、姉の綾についてとにかく早急に瀬上に相談したかったらしく、センターの懇談会が終わってからもしばしば彼に会っていたようです。綾は、不登校がかさみ、出席率が低く学校の授業についていけなくなっていました。現在でもそうですが、当時、この地域の学校では、JUKU教育に負けないように小学校のうちから補習制度が取り入れられ必ず週に数時間は、放課後担任の教師によってそれを実行するよう義務づけられていました。既に教員たちは、この地では前回の紛争の後に生まれた者が大半を占めるようになり、教員の『クミアイ』組織率も落ち込み、また個々の教師の意識もあやふやなものになりつつあったのです。それどころか、むしろ受験競争の中で育った若い教師たちが大半をしめるようになると無給の補習であろうが別に疑問も抱かず、自分らのクラスから『ユウメイシリツ』の合格者を増やすことを誇りとしながら、当然のように競い合う図式が増えてまいりました。また、この地の教育にとっては信じられぬくらいの統制力を発揮する『シドウヨウリョウ』もまた、当初はその謳い文句として子どもひとりひとりの「興味」「関心」 「意欲」の三本の柱が上げられておりましたが、それがやがて「能力」「課題」「評価」というそれまでそれらの陰に引きこもっていた脇役が主役の座に取って変わるなど、徐々に正体を現し出してきたことが、初め両手を挙げ嬉々としていた教師たちもそれに気づき、対処しようとしたときは取り返しのつかない現実となってしまっていたのです。当然、補習授業の方もふれこみが子どもたちによる自由参加だったため、学習になかなかついていけない子たちより、むしろ充分すぎる学力を持つ子どもの方が進んで受講していくことになってしまったことは、なんとも皮肉なことです。その救済策として学校側は補習を受ける必要のある子だけを残していき、必要のない子は帰ってもらうことになったのですが、たちまち不公平だという保護者からの抗議が殺到し、初めのとおり希望者であれば誰もが参加できるようになっていったとのことです。しかし、閣下、それに参加する子は相変わらずJUKUにも依然同じように通っていたことは明らであります。……

『エデュケイショナル・スノウ』その八

             第七の報告
 
 総司令官閣下、この記録が、綾と健一が好きな海岸の砂浜へ遊びにいっているときのものであることを前もってお伝えしておかねばなりません。そうです、あの作文を書いたセンターの二人の生徒は、その母親の子どもであり、姉弟だったのです。そして、この作文に関する訓練は、瀬上と母親のふたりで始められたものであることもお知らせしておかなければならないでしょう。
 まず、瀬上が、彼にとって生徒である姉弟にあのような作文を書かせたのは、自分一人の考えでやったわけではないことをそのとき母親に伝えたらしいことが調査によってわかってきました。そのとき、R地方進出へのより強い基盤をつくるために、センターでのテーマは『虹』と『滝』 のイメージに絞られていたのは事実です。そこで、それに見合った内容の作文が必要とされ、会員数を増やすためには、説明会でその成果を出すことが求められていたようです。その場でどれだけ両親たちを説得し、入会したときの価値を信じ込ませるか、そこに事業のすべてはかかっています。そのために彼らは、最初から両親たちをも自分たちの術中に治めるために綿密な計画を練らなければなりませんでした。つまり、集団催眠の要領です。そこでそのときの説明会では、とくに常務のねらいとして新しい試みをやりたかったのです。それは、いつものそれなりに出来る子の受験パターンだけではなく、かつて学校を不登校になり、排除されたかもしくは自ら拒否した子どもらがセンターの指導によって立ち直り、それだけではなく立派に中学にも行けるようになった、あるいは有名中学や高校への合格も果たしたとなれば世間はどう思うか。そういったところを狙い、これまでJUKUに批判的だった者たちやマスコミに対し今まで以上に新しい評価をセンター自身に下させることは可能ではなかろうかと、そう彼らは考えていたのでした。 この母親は、そのようなセンターの思惑をまったく知りませんでした。もしかすると、そのとき母親は、娘や息子が通い、彼らに与えられていたセンターの学習内容の真否をはっきりさせたくて、わざわざ瀬上と話をしていたのかも知れません。たしかに姉も弟も、少しずつですが、センターの設定した規則の中で生活するにつれ、徐々にリズムを取り戻してきていたことは、何をかくそうこの母親自身が最も明確に気づいていたことだったのですから。しかし、そこにはむしろそれまで持っていたふたりの子どもの生き生きとした表情が消え、暗い夜更けの海のように沈み込んだ印象がどことなく生まれてきていることも感じられないでもなかったようです。閣下、報告によるとふたりの子どもに母親が望んでいたものは、そんな表面的なものではもちろんありませんでした。……      

『エデュケイショナル・スノウ』その九

             第八の報告

 総司令官閣下、この地域の学校では人権集会というものがときどきあります。臨時採用教員である木村が二番目に赴任した学校でのことです。そこは担任の教師が眼の角膜に穴が開くという重い病気にかかり入院し、約半年間彼がその教員にかわって勤務することになりました。木村は、五年生を担当しました。
 人権集会は毎年一回行われています。児童たちの『イジメ』をなくし、『サベツ』をなくすために行われています。各学年、各クラス、それぞれに工夫した教材を使い準備のときから時間をかけ子どもたちと進めていくわけですが、それでも足並みはなかなかそろいません。それに反対する一部の教師たちもいるからです。閣下、子どもたちに協力したり、まとまることを表面では言いながら、それを実践する教師たちが支え合えないとはなんと皮肉なことでしょうか。ほとんどは教材をもとに作文を書かせたり、劇をつくったりし、いじめたり、いじめられたりした経験やそれへの取組みを全校児童の前で発表させたりするのですが、そのとき教師は少しでも強引な手を打ってはならないことは閣下にもおわかりいただけるかと思います。子どもたちが自分から発表すると言うまで、ただ語らいをやりながら待つしかないのです。
 正直なところ、木村自身、今思い出してみてその短い赴任期間にどこからどこまでが人権教育で、その実践であったのかたずねられたとした場合、はっきり答えることはできないはずです。その頃の毎日の彼の行動は、全て教員になって初めての試みでもありましたし、考えようによってはそのほとんどが彼を含めた子どもたち自身にとっての人権とは何かを否応なく突きつけられ考えさせられる日々であったとも言えなくもないからです。また、そうでなく、まったくそこから遠くかけ離れた健全で新鮮な毎日を過ごしていたと言えば、まさにそのとおりだも言えるでしょう。それは、はっきり申し上げて今は彼自身どちらとも言えませんし、そのときどきある一方へ傾いていたにせよ、自己満足の度合は相当なものであったろうことだけは推察されます。
 閣下、どの職場についてもそうでしょうが、彼にも、いくつかの忘れられない出来事があるようです。
 彼はそれを、ことあるごとに校内での研究会でレポートをしてきていました。一つは家庭訪問に行った時の事です。訪問のきっかけは向こうからやって来たそうです。かつてよく、いじめられていた女の児童の母親が、娘が最近またいじめられているようだと、他の親から聞きつけ心配でやって来たのです。実際に木村が見たところ、最近とくにいじめられているといった様子は、その子にはありませんでした。その児童には、人権作文を書いてもらって以来、木村も彼女と少しづつ会話を持つようになり、これからはお互いに弱いところを変えていこうと約束し合っていたところでもあったので、母親の訪問は、寝耳に水といった突拍子のない感覚を持ちました。そこで彼は、その時は彼女の最近の様子と、母親の会話の中に出てくる他の女の子二人の様子などを話し、仲良く問題なくやっていることを伝え、向こうも、それならば思っていたほどのことではないと幾分安心して帰って行ったとのことです。……
 

『エデュケイショナル・スノウ』その十

               第九の報告

 総司令官閣下、この地域の地理的象徴でもある内陸の湾岸に沿った、私鉄R駅の正面から道路に面した西側に、CAN進学センター・R局はあります。証券会社と化粧品会社、最上階には保険会社が雑居する建物の三階に大小四つの部屋が移動式壁板で敷きいられ、そこへ小学、中学合わせ八十六名の生徒が、土曜日と日曜日とを中心にそれぞれ決められた時間帯にやって来るのです。これから申し上げるのは、あの説明会からちょうど一年たった現在の報告になります。
 さて、八十六という数字は、今のところセンターの中では最低のようです。現在勤める四人の講師のうち、唯一正式な男性CAN職員である柏木という男が、いつかそうこぼしていたと私どもは聞いております。職員は、その他に、主に小学校低学年の国語と事務の担当の杉野という女性だけで、あとは雇われ講師三人を含め、女性の事務アルバイトの全部で六人という、センターの中にあっては実に小じんまりとしたものです。
 R局を見ておりますと、なんとかいまのうちに策を練らないと営業上困難になっていく様子が、……。

『エデュケーショナル・スノウ』その十一

              第十の報告

 閣下、ひきつづきあのふたりの子どもについて、しばらく報告します。
 『レモラ・ハウス』にいるときの綾や健一にとっての疑問。それは瀬上が、ほんとうに自分たちの味方なのかどうかということでした。弟の健一は、自分の父親がいなくなったことを当時まだ二つだったためよくおぼえてはいませんでした。ところが、このごろ少しずつ、記憶にさえ曖昧なその像が実物か幻かわかりませんが、次第に深く大きくなっているような気がしていたそうです。
 姉の綾も、健一のその悩みを聞いたことはありましたが、別にはっきりとは答えず、そのときも『レモラ・ハウス』の一室でベッドの隣に据えられた机に向かい座っていました。 その日、海岸からもどってきたとき母親と瀬上は何を話していたのか。ずいぶんふたりとも怖い顔をしていたのが印象的だったことを綾は記憶していたそうです。姉弟にとってこの場所が、海も近く、とてもお気に入りのところだったのですが、もう二度と来たくないところに変わりつつあったこともまた事実のようです。
 健一がそれから話しかけても、綾は、なかなか喋ろうとはせず、ただ、「うん」とか 「そうね」とかを合間合間に繰り返すだけです。
 やがて、健一が話し飽きたのか、自分のベッドの上で軽い寝息を立て始めると綾は、作文を書き始めました。書くと言っても八畳ほどの広さのリビングふうのその部屋には、さほど大型ではないにしろ、性能の良いコンピューターが机の正面の壁に埋め込まれ、どこと結ばれているのか定かでない複雑なネットワークで繋がれた端末装置のワークステーションが一台あるきりです。それにテレビ電話らしきものも置いてはあるのですが、綾はまだそれを一度も自分から使ったことはありませんでした。ただ決まった時間に合図が来ると母親や常務の瀬上がそそくさとやってきては向うから送られてくる資料や画像を機械から取り出し、何やら幾枚もの問題のついた紙やその回答用紙となってプリンターから変換されたものを、彼女が解いたり、あるいはそのままリプレイに写った問題を目の前に提示されやらされたりしてきたのが最近の彼女の日課だったのです。とくに瀬上は、綾についてのスタッフとの学習の打ち合わせはそこに備えつけてある電子メールでもやっていました。それら全てには、いよいよ間近に迫った『レモラ・ハウス』開寮に向けての最終的な予行テストとチェックも兼ねられていたふうなのです。
 とにかく、そこに来るたびに頻繁に作文をつくることをやらされていた思いが綾にはありました。そしてこの時間になると自然に書く習慣がついてしまっているのか、コンピューターの画面を目の前にした綾は、別にあれこれ考えもせずキーボードに向かうのでした。それまで心なしどんよりと曇っていた眼は、気のせいかその黒い表示画面に白抜きの文字を刻みつけようとキーを打ちすすめ、それに従い埋もれていた宝石を磨くときに浮かぶ光沢にも似た輝きを一段と瞳は増しながら、さっきまでの無口でおとなしいだけの彼女ではなくなっていることがすぐに誰の目からも見て取れるほどでした。
 閣下、その作文は次のような書き出しからはじまりました。

  姉、綾の作文の書き出し
 『わたしは、遠い将来ずっと生きていたとしても、今日も明日もあさっても、その次の日も、その翌日も翌々日も、もう二度と虹は見ないだろう。そのことはわかっているのだ。はっきりとした理由は今の私には言えないが、そんな気がする。
 わたしがどうして学校へ行きたくなくなったのか、瀬上先生もお母さんもほんとうのことは知らない。私が黙っていたからだ。話したくなかった。これからも当分の間は誰にも話さないつもりでいる。でも今は、不思議に正直に言えそうな気分になっている。どうしてだろうか。自分でもよくはわからない。私が自分で自分の命を終わらせてしまおうと、今考えていることも、その理由の一つなのかもしれない。
 私は、お母さんの時々使う睡眠薬を家からこっそり持ってきている。お母さんは私を誰よりも信頼しているから、あまりそれを隠しておこうとはしなかった。もちろん人目につくところに置いていたわけでもなかったが。私はお母さんの持ち物なら大体どこにどのようにしまってあるのかほとんど知っている。
 学校に行かなくなったわけをちゃんとここに書く前に、どうしてもこのことだけは言っておきたいことがある。それは、わたしはけっして、人からいじめられたりして学校へ行かなくなったわけではないということだ。誰に悪口を言われたのでも、いたずらをされたのでもなく、わたしはわたしの意志で行かなくなった。そのことをこれから書こうと思う』
 綾は、そのとき藍色の箱に詰まった薬を持ってきていたポシェットから取り出しました。彼女のつぶらな瞳がその表面をなぞるようにしばらく見てから、またディスプレイへと移されました。

  作文のつづき
 『健一が隣ですやすや眠っている。その眠りをじゃましないためにも、わたしもこの薬を一粒ずつ飲みながら作文を書いていこう。
 わたしが、あの変な感覚をおぼえ始めたのは、小学校四年生のころからだった。おじいちゃんが死んでからだから、おとうさんがいなくなって五年ぐらいが過ぎていることになる。わたしだって小さかったのだし、健一と同じようによくはおぼえていない。ただ、今計算するとそういうことになってしまうのだ。……

『エデュケーショナル・スノウ』その十ニ

            第十一の報告

 閣下、報告もいよいよ大詰めになってきましたが、ここに、ある密室でのCAN進学センター代表の片桐と、この地ではかなりの実力の持ち主との会合の資料がとどきましたので御覧いただきたいと思います。これにより、この辺境の地の教育の根幹がおよそどのように動き、またどのような方向に進もうとしているかがうかがい知れると思われるからです。
 初め、片桐に対して、老人は何度も念を押すようにほんとうに今度のセンターの計画がうまくいくのかどうかたずねたそうです。
 その老人は、年齢のわりにはまだ皮膚の艶もあり、短めに刈った髪に白髪がまばらに混ざる程度で、片桐と向かい合って座っていると確かに親子ほどの関係には感じられましたが、その話の節々でみせる挙措動作は、その関係をひと回り越える威厳と若々しさを保っていました。ふたりの間に置かれた南米産のマホガニーの分厚いテーブルの表面がいっそう際だったように上部からの照明を受け、光り輝いていたそうです。
 片桐は相手に、既に、R地区のほか二箇所ほどの値段も手頃な人里離れた場所に土地を買い求めていることと、さっそく西の島では、その一番隊として来週から八十六名の子どもたちが実践に移っていくことになっていることを報告しました。自分たちの開発したシステムと総合力で、センターもついに第二段階目へと突入していくことが片桐自身の中に興奮となって輪のように広がってきていることがその話しぶりからも充分うかがえます。そのためにも、これまでなにかと協力してもらったていたのが、今、彼の目の前にいる老人であるらしいのです。この調査書を見ながら、そのことが少しずつ私どもにもわかってくるのにそう時間はかかりませんでした。
 老人は嗄れた声で、自分としても今の教育に不満があって片桐に協力してきたこと。学校では教師たちが我がもの顔でふるまっていて、問題のなんのそのと言いながら、その解決の糸口さえ見つけきらずにいること。そのために、そろそろ教育にも自分の方から積極的に手を出そうと考え、片桐が示したことに興味をもちながら自らも実践しようとしてきたことなどを一気に話しました。老人自身、自分の配下の何名かの部下が情報を知らせにきたときは半信半疑でしたが、それでも片桐と会って三年もせぬうちにセンターが現在のようになったのは彼の期待していた以上のことで、その成長はかなりの度合いで認められると、最後に片桐に対し強く賛辞を送ったことも、閣下、ここでつけ加えておかねばなりません。 老人は、それからしばらくして少し強くしわぶきしましたが、それは喉の調子を整える単なる咳払いとも取れました。……
 

『エデュケーショナル・スノウ』その十三

             第十二の報告  

 総司令官閣下、このたび係りの者から受け取りました閣下からの御手紙ならび御通達を、私はどのように判断すればよいのか、いささか困惑し心労しきっております。承服しかねぬ気持ちもさることながら、反省すべき点も重々承知した上、閣下には御無礼のないよう、今後とも誠心誠意を尽くしていく所存です。なにとぞ今はいささか気が動転していることと御寛容の上でお聞き願いたいと思います。まず、わたくしどものこれまでの報告が遅々として進まなかったことを先にお詫び申し上げておかねばなりません。私が閣下の意にそぐわなかったことは、おそらくそれが最も大きな理由かと思われるからです。ただお分かりいただきたいのは、私がここで自らの失態の申し開きをしているのではけっしてないということです。私は、結局は潔く閣下からの御罷免を承ることになるでしょう。ただ、これまで同様この視察団の代表として、いかばかりかの意地と態度でこのおそらく最後になるであろう私どもからの報告文をなおざりに片づけることだけは避けておきたい気持ちで臨んでいるだけなのです。そうすることが、私をこの視察団の代表として初めに御指名下さった閣下への最後の意に添う忠誠であると確信しています。なにとぞ老僕の意気と感じ取って、わずかばかりの文面の猶予を今少しお許し願いたいと思います。
 さて、何でもそうでしょうが少しずつ対象に接近するにつれ輪郭がつかめ、わずかずつはっきりしてきたことがあります。それはこの辺境の地において最も基盤となるものは、やはり血縁関係といって良いことです。これは、教育の世界と言わず、どの世界にも同じだけの重さで被さっています。
 人々は「血」というものを大事にし、そこに自らの拠り所を見つけようとします。頂度一人一人の顔を見ていますと一つの幹から枝分かれした梢に成った赤い実のいくつもの果実のように思えるのです。どの実も細かく伝わる管からまんべんに栄養を吸い取り、光沢を浮かべ豊に実ることだけを目標にしています。少しでも自分と同じ幹か、もしくは枝から奇形の実がなることは極度に嫌います。それは、他人でも「血」の繋がりを感じているこの地域の者たちの特徴とも言えましょう。
 閣下、ここで教室を一つの木とし子どもたちを実に例えてみます。子どもたちは自分たちがスクスク育つことだけを目指して一生懸命に学習します。教師は自分の担任するクラスという木が立派に成長していくことのみを願い教育に励みます。『キョウトウ』や『コウチョウ』は、それぞれの学校という木が無事にその日その日を日照りや害虫など病気を寄せつけず安泰であるかを考慮しながら監視に一段と力を注ぎます。それらを受け入れる地域という大木は、一個一個の学校という木が思うように育成されているかを見るため、常に連絡を取るのに便利な接ぎ木を行いその繋がりを濃くします。それは縦の経路を通じて生徒一人一人にまで行き届きます。かくして木を通しての「血」の関係は教育に於いて完成します。……
 

『エデュケーショナル・スノウ』その十四

              エピローグ

 非常用扉の大きな窓には、暮れかった薄い浅黄色の膜に覆われた景色が映っていました。その横には襞を幾本も折重ねながら内臓のように落し込んだ通気孔があります。そのすぐ真下に見えなくなる孔の中には、何か深い叫びのようなものが、いくら手につかもうとしても馴染めない樹液のようなものに塗固められ、押し込められているようです。
 綾と健一も、もしかするとこの『レモラ・ハウス』にいる短い時間の間、こんな空洞へ何やら口では言い尽くせぬものを投げ込んでいたのかも知れません。コンクリートの白壁に、ラウンジから漏れてくる螢光灯の明りを手がかりにやっと像を結んだ一人の男の影が距離を置いて縦に伸びています。等身大よりやや大きめなはずなのに、なぜかそれは同じくらいの大きさに思え、それでいて他人の影のようによそよそしく、時折りほぐれたように白みます。総司令官閣下、それは瀬上の姿です。
 瀬上は、片桐からの電話のあと受話器を置くと窓から視線をずらし、それからしばらく影と向い合い立っていました。
 綾と健一は、たった今母親に連れられて帰っていったばかりです。瀬上は、今日は送りに出ず、一人この『レモラ・ハウス』に残っていたのです。ときどき肩口を膝の上へ落とし込むように相手の影は踞み、またすぐに立ち上がったかと思うと横へ退き、今度は上下に揺らぐと静かに近づき、独言をするように、さっきから耳をそばだてている瀬上の方へとつぶやいて来るようなのです。
 閣下、報告文は、確かに終わりました。しかし、私はこれを最後の私からあなたへのお手紙としてやはりお渡ししておきたいと思います。もう一度、我々視察団の見てきたことを確認するためにも、その根もとのところからある予想とある確信を込めて出発した手前、これを最後の、閣下へのほんとうの私の気持ちといたしたいと思うのです。
 閣下、原初の宇宙にあって水素とヘリウムの質量比がそもそもの運動の出発点だと仮定をします。そうしますと、センターやこの地の『ガッコウ』にとって生徒は一対の二項対立そのもので、これまでひたすら水素の役目を果たしてきてくれたと思われます。
 それから判断してもヘリウムというのは、我々大人や、あるいは教師たちの側を意味します。二つのうちそのどちらかに自己を固着化させ早々と腰を落着けてしまったため頭の中身が信じられないぐらい急速に固くなってしまった実体的な対象と言ってもいいのではないでしょうか。ところが、その二つの変成の後、実体としての質量に耐え切れなくなった我々大人の歪みを持つ空間はじっとして生きられないことは知っておりますから、渦をつくり凝縮することでときどき爆発を起こし周りに乱暴を振るったり、そうかと思えば果てしなく歪みを収斂させ、同時に厄介なことに別の場所では他人とさらに入り組んだ関係をつくるなどして拡張を遂げ、これまで様々な末期の足掻きを繰返し生延びてきたと考えられます。
 瀬上は、そのとき、向かい合う影との距離をはかり、何か私たちにもはかりしれない思いで声を上げようとしているようでした。しかし影はそれを重々承知したように彼には何も話す隙を与えず、揺らいでいるだけです。
 閣下、この地の教育体制が、たしかに閣下が申されたようにいつまでつづくかどうか、私どもも正直危惧しております。しかし、今は、ただ進化するものの鉄則を踏んでいるだけにすぎぬと申し上げておかねばなりません。
 『まるで君の言い方は、子どもたちには今生まれてきたことをあきらめてもらうより仕方がないって言ってるみたいだ』
 そのとき瀬上の声がしました。影と向かい合ってから彼は、この時初めて言葉を発したようです。久しぶりに話したせいか興奮を隠し切れず、咽喉の奥で息が唾液と混ざり少し掠れているように我々からは思えました。
 総司令官閣下、子どもたちは子どもたちなりに進化しようとしています。案外悲観的になっているのは我々大人の方であって、子どもたちはそこのところはうまく乗り越えていけるようにしっかりとできていると思うのです。大人たちが生きた以上に十分に生きていけているはずなのです。閣下、我々大人も老化といっしょに一応の進化はたどってはいます。その辺は組み合わさった二つの歯車と同じでわりとうまくいってると言っていいわけです。総司令官閣下、肝心なのはそのバランスそのものなのです。
 『しかし、その肝心のバランスが壊れ出したらどうなる。いや現にもう大方壊れかっているか、潰れてしまっているように僕は思うんだが』
 瀬上の声がまた、してきました。彼自身、一人言のようでしたが、そんな質問を影にしているともとれました。彼にしてみれば、今ある胸の塞ぎが幾らかでも取り除けるならばと思っていたのかもしれません。しかしただの影にすぎない相手が、そんな瀬上を対峙するものとして取り合わないことはわかりきっています。
 総司令官閣下、旧いバランスの後には、また新しいバランスが生まれてくることがくりかえされます。
 二つの歯車が組み合わさっていれば、一つの歯車の歯数と一定時間に回る回転数が決定していることで、もう一つの歯車の、それと同じ時間に回る数はその歯の数に従って少しの狂いもなく決まってしまう、そんなこれまでただ機械にだけとおっていた定義を閣下は信じられることがおできになりますか。それと同じことなのです。その尺度でとらえていたら教育など必要でなくなってしまいます。バランスは意志とは関係なく不完全なものなのです。その意味でも、だれかがそのバランスが壊れたように思うとしたら、それはそれで事実です。ただ、まだその人物が新しい枠組みの中の自分の新しいポジションに不賛成か、不慣れなためそこから全体が見渡せないでいるだけともとれます。問題はバランスであり課題は個々の内部にあると言っていいのです。閣下、おわかりになられますでしょうか。そうとらえようができまいと歯車は大抵のことはやり過ごさせてしまうのが、この地といわず我々の世界の現状なのです。バランスは、全体で一つであるように見えながら、実は各人の中にそれぞれ存在しているようなもので、とくにこの辺境の地に少しずつ潜みながらも暮らしているとわかってきます。だからといって人の数あるためそれで済むというものでもなく、人の数だけありながら、それがまた大きなバランスをつくりだしてもいるのです。子どもたちは、基本的には与えられた事をやっていく生き物と思われます。大方は主導権を握っている大人たちが、ときにはそうではない子どもたちも一緒にさせてそのことを知っていようがいまいがお構いなしに今ある自分たちのバランスを保つことに専念させてしまうことになってしまうのです。たとえそれが不完全で不十分なものだと最初からわかっていてもです……。
 『どうしてそんなことを繰返してしまうんだ?』 
 瀬上は、影に鸚鵡返しにたずねているようでした。
 閣下、誰でもそうですが、孤独が怖いのです。大人も子どももそれは関係ないのです。 瀬上の影は、洩れてくる光だけでは少し心細いらしく壁を伝って広がり切るには少し弱すぎて、さっきから困惑しているようでした。それでも風に揺れる蝋燭の光のようないつ消えるかもしれないそんな不安定さはなく、やがてまた輪郭を徐々に取りもどすともとの自分を思い出したようでした。
 閣下、CAN進学センターも同じことです。それ自身一つの巨大で不完全なバランスなのです。色々な歯車が幾つも組み合わさって回っているに過ぎません。子どもと保護者と職員と受験と学校教育と地域と町と数え切れない歯車がそれぞれに噛み合わさり見えないシフトに連結され動いているのです。でも問題は、その一つ一つの歯車ではなくて全体の不統一なバランスの方にあるのです。
 瀬上の影に変わったところはありませんでした。ただ、幾分前と比べると疲れたような、そんな力の抜けた感じがどこからか汲み取れました。影は本当は自分の本体と向かい合うことが苦手か、あまり好きではないらしい様子でした。
 閣下、片桐と老人の会合の後、一週間してから『レモラ・ハウス』での第一回目の子どもたちの入寮が行われたとき、既に瀬上の姿はセンターから消えていました。
 代表の片桐は、それに対し堅く口を閉ざし職員たちには何も言わず、平然とした態度を保ちながらセレモニーに参加しましたが、誰の眼からもそこに漂う裏切りと動揺の色は隠し切れないふうでした。私どもが調べようにも、やはりその理由、つまり瀬上がいなくなったその原因までははっきりとはしないというのが現実です。
 しかも、職員たちを驚かせたのは、それだけではありませんでした。『レモラ・ハウス』がその開寮からわずか数日たって早くも名称の変更が行われたのです。それには、合宿日に当たっていない期間が選ばれ、子どもたちには知らされることなく一部の職員たちの間でパンフレットから建物に刻み込まれた文字まですべての変更の手続きが速やかに行われていったのです。銀色の屋根の建物には、『クラーケン・ハウス』と光沢を浮かべた鉄の文字がプレートに埋め込まれることになりました。
 海岸から吹き寄せる潮風を受け、特別加工されたその文字は錆びることもなく、海の巨大な海龍クラーケンにふさわしく、辺りの島々をのみこむように輝きを放ち、その後子どもたちを一人、また一人と受け入れていったことは、閣下、今さら申すまでもありません。 閣下、この地にも夕闇が迫っています。日は、広大な内海を越え聳える丘陵の向う側に沈み切ってしまっています。しかし、その光の残照は鮮やかに今も残っているのです。
 それから数日たってからなのですが、一人の男が、ある駅の向かいのビルの食堂に窓に身を擦り寄せるようにして座り、食事をとっていたという情報が入ってきていました。彼は食器から目を離すと、そことは遠近を逆にする眼前の駅舎をただじっと見ていたそうです。幾つものレールが地面を匍うようにホームへ集まりその列車の車両は、この駅が都市からかなり離れた近郊の終点でもあるため客数も少なくそのときは疎らでした。その中が、角度をつけてはいますが、調査をする者にも何か目の前にあるようにはっきりと見渡せたと言います。網棚に置き忘れられた週刊誌の類いまで、はっきりと見透せるそうなのです。それぞれの客は立ち上がり、どの車両にも等しいぐらいの人数が重たげな動作で張りつくように、仕事を終えた安堵感か躰の隅々に残る疲労のためか、どこか隠し切れぬ投げやりさを込め扉の前に立ちじっとしている情景は、まさしくこの土地独特のものです。そのまま電車は静かに滑り込み、一つの市電の向うにはまた別の会社の市電の駅があり、その両方の駅にたまたま一緒に二つの車両が入ってくるとその距離は縮まり、二つの車両が調度重なったようにそれぞれを上下に位置させていきます。人々は下り立ちます。上空では山際に赤い炎がゆらめきその上は黄色がかり、そしてまたその上はそこから少しずつ青味がかっていきます。やがて透きとおった青になり、霞んだ雲に溶け菫色に染まるとそれもわずかで、もう闇が日の沈んだ中心から引き摺り下ろされ、その弧自体を絞り込み丸みを細らせるようにそちらへ連れ込まれ、持って来られているのがわかります。日が沈んでからずいぶんと長く感じられる一瞬です。燃えるような赤の次は、今度は淡い茜がむしろ同じように長く散ったように線を描きだしていました。
 電車の中では清掃も終わり、また出発の準備が始められている様子です。車掌が忙しく立ち働いていたことでしょう。線路は闇の中に見えなくなっています。山際から山裾へ赤い残照は降り、それでも照らします。一瞬白みがかったようにそこが霞んで見えた、と記録には明記されています。例の食事をとっていた男は瞼を凝らしたでしょうか。照明の中、電車のホームを行き来する人々の影とその白い影が交錯したでしょうか。山際に全ての色が出揃った感がしていたかもしれません。沼のような内海は陸と山と空とを一つにしたようにそこにうっすらと伸び広がっていたことでしょう。アパートのように立ち並んだ列車は行き急ぐ乗客たちの住家のようにそこにあるだけなのですから。工場は地面に横たわり腰高にその全体を寝かせています。
 情報によると、彼は食事もそのままにそこを立ち、別のところへ行こうとしましたが、ふとまたさっきの山裾が気にかかり窓枠へ歩み寄ったそうです。山が一瞬紺青に色づき浮かび上がったように思え、男は怯んだように躰を竦ませ、またすぐにそれも消え、視線をもとに戻すとようやく闇は底に下り立ったと詳しく書いてあります。
 閣下、この男が瀬上だったのか、または二人の子ども綾や健一と母親の前から姿をくらました男の姿だったのか、果ては臨時採用の男木村だったのか、私たちにも想像がつきません。ただこのとき、やはりうっすらと白い粉雪が人々の上へ下り立つように舞いおりていたことだけは付記しておかねばなりません。
 
                                     (了)
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