2013年10月19日

2013.『夢屋だより』秋号の文章から

「夢屋」から秋のご挨拶を申し上げます。 
「夢屋」代表 宮本 誠一
猛暑の夏も終わり、9月になると立て続けの台風の影響で朝夕の急な冷え込みなどがあり、体調管理の難しい今年ですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。幸い夢屋のメンバーは大きな事故や病気もなく皆元気に過ごせました。これもまた日頃より支えていただいているお客様、行政、地域の皆様のお蔭と感謝しているところです。そんな中、夢屋へきて五年目になる小嶋康揮さんが10月13日に、無事20歳の誕生日を迎えることができました。お母さんからの有難い提案とお申し入れで夢屋隣の「オルモ・コッピア」さんでお祝いの会が開かれ、康揮さんのご家族はもちろんのことメンバーやスタッフ、長老の竹原幸範さん、阿蘇きずな歯科医院長の我那覇生純さんらが参加され、賑やかで温かな祝賀会が催せたことは喜びに堪えません。

さて康揮さんのお母さんとは送迎の度に、身支度を一緒にやりながらちょっとしたことを話すのが日課となっていますが、本人の様子はもちろんのことお母さんの表情から昨夜の状態を忖度することも多いです。ぐっすり眠れたかどうか、排泄は、自傷行為は増えていないか……。それはまさしく母子一体と言っても過言ではなく、康揮さんの調子がよければ当然お母さんの表情も明るく、反対に下り坂だと、またしばらくこの時期が過ぎるまでお互いがんばりましょう、と励まし合うことになります。しかしいずれにせよ過度に落ち込むことも、浮き立つこともなく淡々と毎日を送られるお母さんの姿に、日々感情が揺れ動き、悩んでばかりいる私は頭が下がりますし、障がい者のいる家族の今もって厳しい現実の日々の生活を垣間見させて頂くことで、支援する側の一人として学ぶことばかりです。改めまして、心よりこれまで康揮さんと歩まれて来られた20年の歳月に敬意を込めおめでとうのお言葉を贈らせていただきたいと思います。それでは9、10、11月の行事日程と予定をご報告させていただきます。

9/1.2 北海道からの自転車での一人旅の青年が「野菜ty」にご宿泊。
9/13〜15 長崎から「野菜ty」にご宿泊(3名) 9/22〜23 熊本市内からご宿泊(4名)
9/19 熊本学園講師、吉村千恵さんが学習会の事前打ち合わせのため来訪。
9/29 熊本学園から学生35名が災害要援護者の減災型地域社会リーダー学習のため訪問。
10/2 小嶋康揮さんの20歳の誕生会を盛大に開く(オルモ・コッピア)。
10/16 阿蘇市読書感想文コンクール審査会に出席(宮本)
11/2 阿蘇市図書館祭り(審査委員として宮本出席)
11/13、14、15一の宮中学校からの職場体験(1名)
11/14 益城町教育委員会一行(20名)が見学と講話のため訪問。
11/15 お薬師様の枯葉掃きを始める。

さて、いよいよ来年は「夢屋」が設立20年を迎えます。当時、阿蘇郡市で初めての小規模作業所として「地域の障がい者がごく普通に地域で」の願いのもとやってきましたが、月日の経つ早さに驚きを隠せません。そんな中、最近、かつての教え子がよく訪ねてきてくれ、「私も先生が教師を辞められた33歳になりました」と言葉を贈ってくれた子がいます。ああ、ありがたいなあ、どこかで気にして覚えてくれていたんだなあと何か重いものを感じました。これからもそんな教え子たちの眼差しに恥じぬようやっていけたらと思っているところです。

「減災ソーシャルワーク」の授業で夢屋におじゃましました。
熊本学園大学社会福祉学部             講師 吉村 千恵

9月28日・29日に、学生たちと阿蘇へ減災研修に行きました。その話の前に少しだけ、「減災ソーシャルワーク」の授業についてご説明したいと思います。
「ゲンサイ」って何?とよく聞かれます。新しい言葉だと思います。
ゲンサイとは、「災害を減らす」ということですが、防災とは少し違います。災害そのものは誰の身にも降りかかるものだと思いますが、少しでもその影響を減らしたり、逆に豊かな生活や社会のきっかけに切り替えられるための取り組みだと考えています。
また、災害とは何か、というのも大事な視点です。今それらを授業を通じて学生たちと一緒に考えています。私は、災害とは決して地震や洪水などの自然災害だけだとは捉えていません。私たちの人生や生活そして命に関わる災いや困難を「災害」と捉え直すと、災害を防いだり減らすために今できることはどんどん増えていくのではないかと思います。それらが、いざ大きな自然災害が来た時にその人の命への災害を防げたり災害後によりよい取り組みができたりということにつながるのではないかと思っています。
そのことを考えるために夢屋におじゃましました。
障がい者にとっては、もしかしたら社会生活そのものが津波や洪水よりもリスクが高い災害になっているのではないかと思ったからです。そしてどうやったら改善していけるのかも聞きたいと思いました。
夢屋の成り立ちや活動目的、そしてメンバーの下村さんのお話をお聞きして、学生たちは本当にいろいろなことを学んだようです。
「『予算を始め、日頃から意識や関心をどの程度持っているかなど福祉の不充分さが故の災害』がおこりうるのだということを知った。」「日常生活のなかで障がい者が生きやすい社会を創る必要性を強く感じた」「本人がやりたくても社会から規制されることの災害もある」「自然災害など物理的なものだけが災害ではないと知った。社会の中での生きづらさも一種の災害だと思った。それらの災害は、人づくり、まちづくりなどで防ぐことができると聞いた。」「障がい者も安心して避難出来る場所や制度が必要ではないか。」「障がい者や高齢者にとっては、「知っている人がいる」「安心して行くことができる」避難所が大事だと実感した。そのためには日頃からの「人と人のつながり」がいかに重要かと知った。」などです。もっとたくさんあります。

私も本当に勉強になりました。
例えどんな条件を持っていても、毎日安心して楽しく暮らせる社会を創ることは簡単なことではないと思います。だから、災害が起こったときではなく、今のうちから街作りをやっていくことが大事かなと思います。学生の頃、ある障がい者の方が「障がい者は社会の水先案内人」だと言っていました。障がい者が安心して暮らせる街は、高齢者や子ども、その他様々な条件を持った人たちにとっても暮らしやすい街だということです。
今回、夢屋を訪問してそのことを思い出しました。夢屋の日々の確実な活動が阿蘇地域の街作りの水先案内をしているのだと思います。またちょくちょく遊びに行かせてもらえたらと思いますので、これからもよろしくお願いします。

大学生の皆さんに話してみて。     下村津代
これだけたくさんの大学生の方々にお話しするのは初めてのことで、最初私も緊張していましたが、皆さんとても親しみやすい雰囲気でホッとしました。きっとこれもウルマ(盲導犬)を連れていたこともあったのかなあと思っているところです。「災害」について、とくに今回は日頃の生活の中から「減災」に通じることを自分なりに選んでお話させていただきましたが、終わった後改めて、実際に災害が起こったとき、私にとってのより安全な場所はどこなのか考えさせられました。これまではへたに外に出るより家にいた方が一番いいだろうと決めていましたが、少しずつでも盲導犬の理解を広めながら、『補助犬法』にのっとったきちんとした形で、より安全な避難が保障されるよう関係者の方たちと一緒に努力していきたいし、より多くの市民の方たちにも関心をもっていただけたらありがたいです。とにかく若い方々と一緒に考えることで、とても勉強になると同時に刺激になりました。ありがとうございました。

『ひと夏のプチ介護日記!?』         ☆中島 地利世☆  

早いもので今年もあと3カ月という時期をきり、私にとっては「食欲の秋」真っ最中。(笑)季節の中で夏(特に今年のように特別暑い夏)が一番嫌いな私は、ホッと一息ついています。
秋は、対馬出身の私が阿蘇に出て来た季節でもあり今年で12年目に入ります。
つまりよく考えると「阿蘇人」デビュー?当初からたった半年で「夢屋」と出会えて、「ほとんどの日々を一緒に過ごしてきたのだな〜」としみじみ思います。
その話を家族や周囲の知人に話すと、よく「あんたも年とったね〜」と言われます。(笑)
今年は上半期をざっと振り返ってすぐに思い出す事といえば、病院特有?の匂い、白衣、そう…母の付き添いで阿蘇市の病院あちこち^^;に通い詰めだった事です。

そんなに多いのは、以前からかかりつけの2ヶ所の内科に加わり[一の宮整形外科]さんで6月に「手根管(しゅこんかん)症候群」の手術を受けたからということもあります。数年前から右手が痺れて力が入らないみたいで上手く箸を握る事すらできなくなり、夜中が特に症状がひどくなるらしくて、動悸や不安で眠れない日々が続く事もありました。
以前から「20分位の簡単なものでスッキリするから…」と手術を勧められていたのですが、メスを入れる恐怖からとても嫌がり、なかなか実行できませんでした。そのうち痛みまで出てくる程になり「どっちにしても痛いなら…」と、やっと決心がついたようです。本人は大手術でもするかのような気持ちで挑んだ術後、3〜4日はもちろん、絶対に水に濡らせません。
でも季節的には汗をかきやすい毎日なので、私が髪を洗ってあげたり少し熱めのタオルで背中を拭いたりとしていましたが、お風呂が大好きな母はきちんと湯船に浸かりたいし、髪すら自分で洗えない事にストレスがたまっていき可哀想でたまりませんでした。そこで私が考えたのが母の手をタオルでグルグル巻きにして、その上から更にビニール袋でグルグル巻きにするという簡単な方法ですが、手は全く濡れず入浴する事が出来ました。
時々、気になり風呂のドアに近づくと、「あ〜極楽〜♡ 炊事も洗濯ぜ〜んぶしてもらえるけん、らく〜♪ ず〜っとこうやったら…」と喜びの声が聞こえてきました。(+o+)
2週間目の抜糸後にやっと包帯を取って貰えた時には、だいぶ気持ちも軽くなったようで、術後4カ月が過ぎた今ではしびれも痛みも少なくなってきて、愚痴も減って;母がいうには「ま〜だしばらくは、あんたに頭があがらん↷」だそうです。(笑)
完全に握力などが戻り、完治までには3カ月〜半年(長い人で1年)はかかるそうなので、この機会に?自分の「健康管理」に専念して、少しは素直に言うことを聞いてくれる母になって欲しいと思います。(*_*;7月3日・水曜日(雨)

コウキ&マイ日記        by チー

7月24日水曜日(雨)
外は大雨…と残念な天気ですが、今日も朝から元気いっぱいのマイペースコンビ♪
マイちゃんは、お気に入りのセーラームーンの漫画本を持参で、大事そうに胸に抱えていました。いつもは【夢屋】に来たらすぐ、自分のハンカチをコウキ君に貸してあげていましたが、今日は読書に夢中で…面白いのは、どこで覚えたのか?ページをめくる時、指を口元に持っていき唾つける真似をしていました。あと、ちゃんと読めているのか?よく見ると本も逆さまでした。(笑)しばらくすると、同じくセーラームーンのお気に入りのバックがどこにいったかわからなくなったようで「お母さんもね〜わからんって!」とかなりご立腹の様子でした。^^;
そんなマイちゃんの様子を見て、なかなか構って貰えなくて待ちくたびれた?コウキ君が自分から立ち上がり、マイちゃんの方に近寄りハンカチをひったくるように取ってポイッと放り投げてしまいました。「こ〜らっ、何しょっと!」と言いながらも笑顔のマイちゃんと「フフッ」満足の声を出すコウキ君、いつ見ても面白くて飽きないコンビです。

6月26日・水曜日(雨)
今日は、朝から台風のように雨風がとても強い一日でした。サンルームに音が響く度にビクつくコウキ君が少し可哀想でした。マイちゃんは、いつもより早く9時前に到着して、しばらくすると用事を終えたチーさんが帰ってきた時、満面の笑顔で立ち上がってまで元気に出迎えてくれました。チーさんがイスに座ると、コウキ君まで肩をポンポンと叩いて労ってくれていました。

6月19日・水曜日(雨)
今日から、小国支援学校の山内さんと甲斐君が職場体験の実習生として【夢屋】来てくれました。残念ながら、マイちゃんは風邪でお休みでしたが、代わりに?相棒のコウキ君がマイちゃんの分まで大ハッスル♪「一の宮中学校」での後輩でもある山内さんには、ちょっかい出しやすいのか?、前を通る度に腕を掴んだり、足をポンポンと叩いて遊んでいました。あまりしつこいと、最後は「止めて下さい!」と言われて凹ヘコんでいました。(笑)

6月12日・水曜日(晴)
今朝コウキ君に「今日も、マイちゃん元気に来てくれるかね〜?」と聞いたら、「フフッ」と笑い「ん〜っ!」元気よく動き始めたので、マイちゃんパワーかな?と噂していたら、車の音が♪ 今日は大好きなお父さんも一緒に、お母さんと3人でやって来ました。最初の頃は、大人しく疲れているのかな?とコウキ君も立ち上がり覗き込む位でした。そんなコウキ君に「良いよ!」とハンカチを差し出すと、それをパッと取って満面の笑顔で、「ん〜ん〜」と胸に抱くように握りしめて喜んでいました。おかげで、久々にマイちゃんの笑いながら「何しょっとかね〜」が聞けました。(笑)笑ったあとは、マイちゃんもどんどん元気が出て来て、今日だけで3枚もぬり絵の仕事をしてくれるという大ハリキリでした。(コウキ&マイ)
posted by あそびと at 17:29| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月10日

2013・夢屋だより梅雨号から。 /

2013年度も出発しました。これからもどうか夢屋をよろしくお願い致します。作業所「夢屋」代表 宮本 誠一
新年度が始まり早くも2か月になりますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。毎年、今の時期阿蘇は、日中だいぶ暖かさが戻ってきても、朝夕としばらく肌寒い日が続きます。梅雨時ですと梅雨寒(つゆざむ)でしょうが、晩春から梅雨入り前後にかけて戻る寒さを苗代寒(なわしろがん)と言うことを地域の方から教わりました。地方によっては、「なしろがん」「のしろがん」とも言うようです。文字通り苗代を作る頃の肌寒さですが、今では田んぼの近くに住んでない限り、苗代を見ることもありませんし、なかなか実感の湧かない言葉かもしれません。
実はこないだ、ある会合で「代掻き」を「この『だいかき』って何のことですか」と平然と聞く人がいて驚いて知人に話したところ、町中に住んでいる人は田植えなど見たこともないだろうし、そんなものかもしれないねと言われ、なるほど言葉は人々の生活の中から生まれ、結びつき生きてきてるんだなあと改めて考えさせられ、納得した次第です。だからこそ昔の生活に根ざした季節感に溢れ、語感の素晴らしい言葉は残っていって欲しいものだと思う今日この頃です。では4月から5月までの行事をご紹介します。

4/2新年度がスタートしました。清子さんの18年目、地利世さん、深雪さんの11年目などメンバーの勤続もいよいよ大台に入ってきました。
4/3毎日新聞熊本支局から山田次長が取材に来られました。
4/8農園のジャガイモ植えをしました。
4/14毎日新聞朝刊の『マイ・ストーリー』欄に代表宮本が紹介される。(本誌7P掲載)
4/15農園のサトイモ植えをしました。
5/11野菜tyへ長崎から4人のご宿泊。
5/15阿蘇保健所の実習生(熊大)が訪問してきて、作業所について学習されていきました。
5/17 阿蘇市人権・同和教育推進協議会開催(いこいの村)に出席。
5/26 仙酔峡へつつじ見学に行きました。

昨年の6月末、腰痛で痺れが起こって以来、筋力をつけようとサイクリングを始めました。仕事が終わってから30分ほど漕いでいます。その途中、パンを長く買って頂いている方が田んぼの代掻きの最中にトラクターをわざわざ止め、パン代を下さいました。夢屋へ帰り再び田んぼへ行くと、ちょうどトラクターがゆっくりとこちらへやってきているところで、折り返すところで止まって頂きお礼ともども封筒に入れたお釣りをお渡ししました。なんと素晴らしい情景か。地域の方とこんな形でつながらせて頂いていることに喜びを感じたひと時でした。
さて、いよいよ今年は夢屋設立19年目となります。地域におられる障がい者の方たちに、ごく普通にそのまま地域で生活を送ってもらえる一助になればと阿蘇市の宮地に小さな産声を上げたのがまるで昨日のことのようです。その後、相次ぐメンバーの死、蔵原への移転など様々なことがありましたが、毎週パンを買って下さるお客様を始め地域、行政の皆様、さらには市外、県外から見学に来られる方、またいつもホームページをご覧下さっている方など、たくさんのご支援の中で続けさせて頂いてきました。改めましてお礼を申し上げる次第です。


さて、今回の『ちょっと耳よりコーナー』は、前回で26回を迎えたこともあり、これまで登場して下さった皆様をご紹介させていただきます。本当にお忙しい中、ご協力して頂きありがとうございました。

2007年 5月 第1回 石橋淑子さん〜お菓子店チェリーファームについて〜
7月 第2回 時田道子さん〜手作り雑貨店「とき舎」への思い〜
9月 第3回 居酒屋『山頭火』さん〜仕事でよく行く韓国のこと〜
11月 第4回 松本似智子さん〜「とうきび人形づくり」との出会いなどについて〜

2008年 2月 第5回 竹原幸範さん〜毎日工夫されている『長寿の秘訣』について〜
5月 第6回 有馬安弘さん〜自給自足の生活と詩の創作への思い〜
8月 第7回 波佐間法男さん〜解体材に賭けた思い〜
12月 第8回 オルモ・コッピアさん〜オープンしたてのレストランについて〜

2009年 1月 第9回 愛徳弁当さん〜お店の名前の由来などについて〜
4月 第10回 阿蘇カラーの岩下さん〜交通指導の御苦労や喜び〜
7月 第11回 ギャラリーGENさん〜写真家として気をつけておられること〜
9月 第12回 松谷文華堂の亮さん〜創業明治32年(1899)からの歴史について〜
12月 第13回 「きぼうの家」の湯浅聡子さん〜作業所運営への思い〜

2010年 3月 第14回 井手酒屋さん〜酒屋と新聞販売の両立や仲町通りへの思い〜
6月 第15回 伊藤商事さん〜お店の歴史やこれからの阿蘇市への思い〜
7月 第16回 甲斐米屋さん〜お米屋を営んできての御苦労や喜びとメッセージ〜
12月 第17回 地域活動支援センター「時計台」さん〜福祉への思い〜

2011年 2月 第18回 阿蘇動物病院の小嶋先生〜病院の成り立ちと動物への愛情〜
5月 第19回 竹原真理子さん〜有機農業への取り組みについて〜
7月 第20回『阿蘇きぼうの家』(二回目)〜内牧から竹原へ引っ越してきて〜
10月 第21回 佐藤菓子さん〜長い歴史で大事にしてきたもの〜
12月 第22回『オルモ・コッピア』さん〜料理でこだわっているところについて〜

2012年 3月 第23回 きずな歯科医院長我那覇生純さん〜訪問歯科検診のやりがい〜
5月 第24回 坂梨の『滝室窯』の陶芸家 石田裕哉さん〜焼き物への思い〜
10月 第25回 上村米屋さん〜体に良い商品を揃える思い〜

2013年 3月 第26回 熊本日日新聞社阿蘇総局長 今村浩さん〜新聞記者への思い〜
これからも地域で活躍されている方々をご紹介できればと思っています。どうかよろしくお願いいたします。

メンバーの日記から

5月1日・水曜日(晴)
今日から5月♪早速「五月晴れ」か?とても気持ちの良い青空でした。
おかげで暖かく、コウキ君も久し振りに朝からとても絶好調♪周囲が驚くほどの雄叫びや奇声を出し、色々な動きを見せてくれました。一番のお楽しみは、もちろんお昼ご飯ハート(笑)今日は、卵丼で、大好きな卵がたっぷり入っていたので、さすがのコウキ君も驚き?目をキラキラ輝かせて、ジッと見つめていました。食べ始めると、大満足であっという間に平らげて、食後はゲップまでだして、気持ち良さそうな「どや顔」でソファーに戻っていきました。

4月17日・水曜日(雨)
今日は、先週の強風に続き、雨で天気の悪い水曜でした。
それでも、風の時よりは少し生暖かいから、コウキ君もまぁまぁ元気に運動していました。
最近、覚えた指揮者のような腕の振り方遊びや、いつものように前後に屈伸運動するだけじゃなく、左右に大きく体を揺らす動きをして、人にぶつかると「ヘヘッ」と笑いながら頭をかいたりして、とても可愛かったです。お昼ご飯にマーボー豆腐を食べて、ますます上機嫌になったコウキ君♪食べながらテーブルをパンパンと叩き、美味しさを表現?していました。

4月10日・水曜日(晴)
今日の阿蘇は、晴れているけど風も強くとても寒い日でした。寒さが苦手なコウキ君も、いつもは【夢屋】に来てすぐ脱ぐ上着を手放そうとはしませんでした。寒さにブルッとなったり、時々ベランダの屋根がガタガタっとひびく程の風がふいてビクッとなったり、いつもの元気な運動がなかったので、ストーブを点けてあげると、だいぶ暖かくなって、やっといつも通り「フフフフッ」と笑ったり、「あ〜ああ」など、叫びながら屈伸運動を始めてくれました。お昼ご飯に、大好きなシチューを食べてますます暖まり、午後からは少し眠そうでした。みんなに甘えて、抱っこちゃんになっていました。

4月3日・水曜日(晴)
今日も少し元気がなく、あまり屈伸運動は見られませんでしたが、ただ単純にお腹が空いていただけ?お昼ご飯を食べると、いつもの屈伸運動だけじゃなく、とても元気に笑ったり、腕を振ったりして遊んでいました。午後からは毎日新聞の記者の方(Yさん)が取材に来て下さいました。お優しい雰囲気の方で、コウキ君も気になってYさんの方に近づこうとしたり、使われているペンを取ろうとしたりして、笑われていました。最後に、みんなで写真を取ってもらってお別れした後、少し寂しそうにうつむいていました。

『‡10年間を振り返って‡』

                               ☆中島 地利世☆
無事、4月24日の【夢屋】入所記念日も過ぎ勤続10年♪ヽ(^。^)ノ

(前号からこのネタばかりしつこくスミマセン!;)
10年間で体験できた事を振り返ってみると、良い記憶も苦い記憶も…本当に、どれも貴重な体験だと思っています。そこで今回、自分の中で特に大きく印象に残っている出来事を簡単にまとめてみました。

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【夢屋】入所日:平成15年(2003年)4月24日
1年目.【夢屋】入所=総合学習など地元の学校と交流の機会が増える。
2年目.『遊人の日』遊人バンドのダンサー?初体験で失敗!?しばらくトラウマ(笑)
3年目.初レクリエーション(映画館にみんなで行き、私は『ターミナル』を観ました。)
4年目.スペシャルオリンピック トーチランに【夢屋】のみんなで出場!
(私と深雪さんはトップバッターで、なんと!佐藤市長と3人で、決まったコースを完走)
5年目.山田小学校6年生から『感謝の会』で、楽しいゲームや昼食会に招かれる。
6年目.「心の輪を広げる体験作文」一般の部 優秀賞 受賞。
7年目.↑昨年の受賞作文の内容を、内牧小学校の人権授業で使って下さいました。
8年目.夢屋の近所にお住まいの方に、昼食会にお招き頂き、楽しい時間を過ごしました。
9年目.中通小学校の人権学習の授業に私の【夢屋】に出会うまでの体験話を使って頂き、

その内容を中通フェスティバルでも、人権劇として披露して下さいました。
10年目【夢屋】から、10年目入りの祝マーク食事会と記念品贈呈。
『バラ苑理事長』青木淑子様から、お祝いにとても美味しい和菓子を戴きました。
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忘れられない出来事も、忘れない為にも「これは書いておかないと!」と思う経験も、あった様子は覚えていても正確な年月を忘れていたり、たったこれだけの事を思い出すのにも一苦労でした。
「そういえばこんな事もあったな〜」と、とても懐かしく、一人でニヤニヤ思い出し笑いしながら書いていたので、周りのメンバーは「何だこいつ!?」と不気味だったかもしれません。(笑)他にも書ききれていない分でも色々とあっていますが、これだけの活動を続けてこられたのも、いつも【夢屋】を温かく支援して下さっている方からの癒しがあってこそだと、本当にありがたく思っています。その感謝の気持ちを忘れる事なく、次はとりあえず勤続15年を目指し、また楽しく、無理のないマイペースで、頑張らせて頂きます。
これからも、これまで同様、私の成長?を温かい目で見守って頂けたら幸いです。
posted by あそびと at 19:42| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月23日

昨年度〜平成24年度(2012)の最後の『夢屋だより』からです。

いよいよ3月になりました。今年度もほんとうにありがとうございました。
  作業所「夢屋」 宮本 誠一

早いもので、今年度も残すところあと一月たらずとなりました。ご覧になった方も多いかと思いますが、1/20にNHKの『くまもと歌物語』という番組の公開収録に介護支援も兼ね参加する機会があり2/4日の放送も見させていただきました。何百年と受け継がれてきた歌を誇りにする阿蘇神社の氏子さん、「阿蘇の恋唄」が大好きな元バスガイドさん、壮大な自然を歌い上げる合唱団の子どもたちなど阿蘇の地域や人々がこれまでの積み上げてきた歴史の一齣を学ばせていただく中、やはり胸を打ったのは7.12豪雨災害で大きな被害をうけられた畜産業のご家族の姿でした。被災後お孫さんが誕生され、緑豊かな阿蘇の復活を願い「大地」と名付けられたことには本当に胸が熱くなりました。夢屋を開所し19年、こんな素晴らしい方々に囲まれながら営ませていただいていることに改めて感謝と勇気を頂戴した次第です。それでは、1月から3月までの行事(予定を含む)をご紹介いたします。


1/7 初顔合わせ。近所の方々へメンバーが年始の挨拶に行きました。
1/8 仕事始め。さっそく発酵器の調子が悪く、ヒューズを取り替え見事に復活しました。
1/20阿蘇市体育館で、NHKくまもとの風スペシャル「くまもと歌物語 阿蘇のすそ野に響く歌」の収録があり、副代表竹原ナホ子の葉書が採用され、竹原幸範さんとともに参加しました。
1/31 代表宮本の小説『有明』が熊日文学賞最終候補作に選ばれました(2回目)。
2/4 NHK収録番組『くまもと歌物語・阿蘇の裾野に響く歌』が放送されました。
2/6竹原幸範氏、95歳の誕生日を迎えメンバー、スタッフがお祝いのプレゼントや祝福の言葉を贈りました。また、代表宮本『お月さまとゆず』の出版記事が熊日新聞に掲載されました。
2/7熊本大学大学院教育学研究科修士課程の学生9名と教授1名が学習を兼ねた交流後、各自の研究テーマや夢屋のメンバーへの日頃の活動の様子などについての質疑応答などもあり、豊かな時間を過ごすことができました。
2/17 第8回熊本パイロットクラブ・チャリティーダンスパーティーからの寄付を戴きました。
2/23連合熊本の阿蘇大会でパン180個の注文があり、皆で作り、無事届けました。
2/25 山田小学校から児童14名、職員2名が体験学習でパンづくりなどを通し交流しました。
3/5「夢屋だより」春号を発行し、今年度は5、9、12、3月の計4回となりました。
3/3 大ベテラン佐藤清子さんのお誕生日を勤続18年と合わせお祝いさせて頂きました。
3/21 山田小から卒業式の祝いお菓子57個の注文をお受けしました。
3/31 中島地利世さん、高倉深雪さんが10年目を無事終了し、来年度より11年目へ入ります。
さて、4月から夢屋は19年目、いよいよ大台の20年目(鬼が笑うかもしれませんが)も見えて来ました。33歳で教師を辞め開所し来年は53歳ですから、月日の早さに驚きを隠せません。先日、2/7に来られた熊本大学の学生さんから自分も将来、「夢屋」のような作業所を作りたいから色々ご教授願いたいとのメールを頂戴しました。開所当時は想像だにしなかった形で確実に「夢屋」の実践の裾野は広がり次の世代が誕生しつつあることを実感した次第です。これも、これまで支えて頂いた地域の皆様と行政各位のお力と心より感謝申し上げる次第です。

○『〜大切な出会い〜』                ☆中島 地利世☆

新年が明けて、いつの間にか2月が過ぎていきますが、そんな中「いよいよ今年の4月で勤続祝マーク10年へ向けてのカウントが始まった」と、一人で勝手にワクワクしています。月に竹原幸範さんのお誕生日をお祝いした時に、「人の縁とは不思議なもんで…【夢屋】があったおかげで、ようあんたと出会うたな〜」と言って下さいました。
これは、いつも竹原お爺ちゃんがよく言ってくれる事なのですが、その度に私も、まず【夢屋】と出会えた事が、本当に貴重な事だなとしみじみ考えさせられます。
おかげでこれまでの間にたくさんの関係者と出会い、中には、特別に親しく話して頂いて、いつも体の事や顔色まで気にかけて下さる方、お菓子や誕生日プレゼントまで下さる方、本当に、たくさんの方の癒しで支えて頂いていたから、今まで頑張ってこれたのだなと、改めて、感謝と幸せの気持ちをいっぱい感じています。

あとこれは、つい最近の出来事なのですが、すぐ下の妹から再び繋がった出会いです。まだ、私が【夢屋】に入所して間もない頃、みんなで古城小学校に総合学習に行きました。そこで、グループごとに分かれ生徒さんと一緒にパンづくりをしたのですが、その時の私の班だった女の子が、今、妹と同じ職場で働いているという事がわかりました。

色々な話をしていると、ふとした事から【夢屋】の話になったらしくて、正直、私はその子に関する記憶が曖昧だったのですが、10年近く経つのに私の事を覚えてくれていました。それどころか「また会ってみたい」と言ってくれて、妹と3人で会って、小学生の時の話から最近の事までたくさんお喋りしている間に、だんだん思い出してきました。その子は少し内気な子で、当時イジメにあっていたらしくて、その時の苦しかった話などした後、「でも、学校で顔を真っ赤にして、一生懸命、自分の事を話してくれた地利世さんを見て、私もその後、少し勇気をもつことができるようになりました」と言ってくれて、「私が今まで、自分なりに必死に(失敗も多々…)頑張ってきた事が、ちゃんと根付いて、少しでも、その子の「キッカケ」になれていた事が、本当に嬉しかったです。

最後に、一つ面白い?お話を…↑先に書いた知り合った方から、今年の誕生日に貰ったお手紙の内容で「自分が相手の事を好きと思えばその相手も、きらいだ〜という人は、いません」「出会った人、みんな友達にしちゃいなさいよ」と書いて下さった励ましの言葉に感動して、勝手ながら私も、これまで知り合って来た方、これから出会うかもしれない方、全ての人をお友達だと思わせて頂きます。どうか、みなさん嫌がらないで下さい。(笑)
そうして、第二の地元で少〜しずつ「阿蘇人」になっていければ良いと思っています。

○2月25日(月)、山田小6年生となかよし学級のみんなが来てくれました!

【夢屋での活動の感想のいくつかを抜粋してご紹介します】
・ぼくは夢屋さんの見学に行って、障がい者と自分とのちがいはないと思いました。なぜかというと、障がい者は、ぼくたちと同じように笑ったり、怒ったりするけど、それをうまく表せないだけで、ぼくたちと同じように心の中では思っているからです。たとえば、口や耳、目も少し使いにくいだけで、手助けがあればちゃんとできることもあると思いました。障がい者は、苦手なだけで、ぼくたちと同じだと思いました。だから、障がい者だからといって相手にしないのは、差別だと思います。その人の障がいを知って、その人がうれしくなるような接し方をしていきたいです。

・ちとせさんの話の中で、「夢屋に入って一番うれしかったことは、何でもやらせてもらえたこと」とおっしゃっていました。それほど夢屋に入るまでは、つらかったんだなぁと思いました。今までぼくは、障がい者と聞いただけで他の人とちがうと決めつけていたけど、今回の学習を通して、障がい者は他の人と思っていることは同じで、楽しい時は笑っているということがわかりました。ぼくはある意味、障がい者を差別していたと思います。

・ぼくは夢屋さんに行って、最初はこわかったです。なぜかというと、障がい者はストレスがたまったりしたら、たたいたりけったりするという話を聞いたことがあったからです。ぼくたちは授業で個性について学習しました。一人ひとりのちがいや、苦手なこと、得意なこと、いいところなどを考えました。そしてぼくのそばにも障がいのある子がいます。よく考えてみると、なぜぼくはその子はこわくなくて自分から寄りそっていくのかなと思いました。ぼくの考えでは、その子に慣れているからじゃないか、同じ登校班だからじゃないかと思いました。その子のことを知っているから自分から話せるんだと思います。だから、ぼくもいろいろな障がいを持っている人を知れば、こわくなくなって接することができるようになると思いました。

・私の知らない障がいを持った方に会えて、とても勉強になりました。今までの苦労やつらさが伝わってきました。この世の中に障がい者をいじめる人がいるのはすごく残念です。私は、おじいちゃんが障がいを持っています。体の半分が動きません。車いすで生活しています。まわりの人は、いやな目で見たり、悪口を言ったりしないで、とても親切に接してくれます。なので、おじいちゃんも笑顔でくらしています。親切な人がまわりにいることで、障がい者は安心してくらせると思います。だから、そういう安心できる場所、夢屋のようなところがたくさんできるといいと思い   (皆さんの感想、どれも素晴らしかったです。ありがとうございました)

○ちょっと耳より、ご紹介コーナー(25回)

今年度最後にご登場願ったのは、熊本日日新聞社阿蘇総局長 今村浩さんです。

A:新聞記者になられた動機と、熊本日日新聞社を選ばれた理由は何ですか。
Q:子どものころから作文が苦手で新聞記者になろうとはこれっぽっちも思っていませんでした。ただ、人とかかわることは好きで、東京の大学生だったとき実家から送ってきた新聞で、たまたま求人広告を見て郷里で取材を通じ不特定多数の人とかかわれる仕事に興味がわき、応募してみました。

A:お仕事で苦労されている点、またやりがいのある点はどんなことですか。
Q:事実関係の確認には一番神経を使います。間違えると新聞の信頼性を失いかねますので取材先に問い合わせたり、取材メモや資料を再度見たりして何度も行います。やりがいは、これほど素晴らしい資源に恵まれた世界に通用する阿蘇を舞台に多くの方たちに情報発信できることです。

A:阿蘇総局長3年目を迎えられ、阿蘇市に対する感想、またこれからこんな市になってほしいという思いがありましたらお聞かせください。
Q:自然や食材など他地域にない恵まれた素材にあふれていることに地元の人たちは意外に慣れっこになっているのかもしれませんね。一人一人がもっと地域に誇りをもって、自然が与えてくれる癒しの力を生かしながら、さらに人にやさしい市になってほしいです。

A:最後に「夢屋」に一言、お願いします。
Q:阿蘇五岳に連なる往生岳を望む人々の拠り所だと思います。これからも「陽だまり」のような存在であっていただきたいです。

○春を待つ       佐藤清子

今まで経験したこともない大雨

千年に一度の大雨

屋根の雨音は大変な音だと思った。

朝、起きて窓を開けたら、阿蘇の外輪山は、

あっちもこっちもてっぺんからはげ落ちている

車の走る音がはげしく聞こえる

のみこまれて亡くなった人たち

家を直撃された人々

おにぎりつくり、トン汁つくりに何回走ったことか。

災害を受けた人々の「癒し」はいつくるのか。

春が

春は、必ずやってくる



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2012年12月18日

2012・10/16発行。『夢屋だより』秋号から

蘇を始め豪雨災害被災地の一日も早い復興を心より祈願しております。
夢屋代表 宮本 誠一

あの悪夢のような7月12日から早くも三か月が過ぎようとしていますが、皆様その後いかがお過ごしでしょうか。私は6月末より持病の腰痛が悪化し横たわった状態となり、その間、、メンバー、スタッフがほぼ変わりなく運営を行ってくれ、代表としてこれほど有難く心強いことはありませんでした。また、多くの方々からお見舞いや励ましの言葉をいただき力を得、この場を借り深くお礼申し上げたいと思います。さらにそのような事情で今回の豪雨災害へのお見舞いも申し上げることができませんでした。改めまして遅くなりましたが心からのお見舞いと犠牲になられた尊い御霊へ哀悼の意を表すとともに、一日も早い復興を祈願したいと思います。
それでは6月から9月までの夢屋の行事をご報告したいと思います。
6/18、19北九州から就労継続支援事業所『夢屋』一行(9名)が訪問し、野菜tyに宿泊。
6/23 阿蘇市内から夢屋の見学と相談(2名)
7/20 益城町人権教育課題別研究会の協力者として、打ち合わせに出席(竹原)
7/31 益城町人権教育課題別研究会(本大会)に出席(竹原)
8/11 福岡とタイから夢屋見学と野菜tyに宿泊(3名)
8/17 阿蘇市内から夢屋の見学と相談(2名)
8/31 熊本北高等学校の吉田先生が訪問。
9/5 阿蘇市読書感想文コンクール審査委員の委嘱状頂く。(宮本)
9/6 中通小学校でメンバーの下村津代さんが講話。(竹原がサポート)
9/19 YMCAキャンプ場でメンバーの下村津代さんが講話。(竹原がサポート)
9/23 なかよし運動会をメンバーが見学。
9/24 小国養護学校から職場実習の打ち合わせのため職員来訪。
全国で、あるいは世界で様々な自然災害があるたびに「自然の驚異」と「生かされている」ことの有難さをこの欄でも述べさせていただいてきましたが、実際に身近に起こってみるとその現実は凄まじく、ただただ慄くばかりです。まずは「命を守ること」これが一番ではないか、そう思わずにはいられません。尊い犠牲を無駄にしないためにも、今後は住居の立地や森林河川のあり方も含めた安心して暮らせる生活基盤づくりが急務ではないかと思った次第です。
さて、夢屋の方は、メンバー、スタッフとも幸いにも大きな被害がなかったことは喜びにたえません。ただ私が腰痛と坐骨神経の痺れに苦しんでいたわけですが、そのとき感じたのは、人体に気温、湿度、そして気圧が大きく影響しているということでした。気圧のわずかな違いで痺れは増したり穏やかにもなりますし、曇りか晴れかで気分もかわり、それが腰の疼きへと影響します。考えてみれば筋肉は常に収縮や膨張を繰り返しており、神経への圧迫も変化するのは当然です。そのような中、「自然に生かされている」と言うのもおこがましく、人体は自然そのものでもっと日頃から自分の体と向き合い会話する必要があるのでは、そう強く思った次第です。50歳にしてこの当たり前なことに気付く未熟な代表ですが、しっかりしたメンバーやスタッフに支えられやってきております。どうかこれからも夢屋をよろしくお願いいたします。

ちょっと耳より・ご紹介コーナー
今回は、宮地駅前で「武双庵」という素敵な名前の不思議な(笑)お店を出しておられる上村さんです。上村米屋さんでお馴染みの方も……

Q:現在のお店を開くきっかけは、いつどんなことだったのでしょう。
A:先代の茂父(しげるちち)が昭和31年から始めまして、私達二人が後を継いでいる状態です。3年前から武双庵(「共にいっしょに歩く」の意)をプラスいたしました。体に良い物で、材料、作り手、すべて顔の見える商品を取り扱いたく、特に子どもさんに本物の味を知って食べていただきたいので、私が美味しく安心と思った物のみ販売いたしております。

Q:お仕事で苦労されている点、またやりがいのある点はどんなことですか。
A:上村さんちは“何屋さん”ですか? と良く聞かれます。店内を見ると、バイク、自転車、雑貨があり、お米、納豆、豆腐、黒豆、ドーナツ、サイダーetc 不思議なお店です(笑)
ゆっくりお話ができるように、テーブルや椅子をご用意しておりますので、趣味や育児のことなどいろいろなことに花が咲くところが楽しいです。

Q:これからの阿蘇市にどんなことを期待されますか。
A:女性が安心して出産、育児のできる社会であってほしいと思います。心豊かな子どもを育むためには、父母の精神状態が一番だと思います。一緒にご飯を食べ、ゆっくりお風呂に入り、読み聞かせをして床に着ける、そんな生活が無理なくできるような環境を阿蘇に要望します。

Q:最後に「夢屋」に一言、お願いいたします。
A:最初に買い始めたころよりパンがふっくらしてとても美味しくなっています。いろんな味を楽しませていただいています。ありがとうございます。もう少し、ゆっくりお話しができると嬉しいです。これからも力を合わせて美味しいパンを届けてください。金曜日を楽しみに待っています。

故郷の癒しを求めて               ☆中島 地利世☆
今年の夏は、九州の皆さまにとっても、【夢屋】(特に代表の腰痛)にとっても、災難な出来事があり…、色々と心労の絶えない毎日が続きました。
その後も「季節から夏が消えたんじゃ!?」と思う位、夏らしくない肌寒い日々や、雨の日ばかりが続き「また地盤がゆるむ…」と不安を隠せない人もいました。
そんな悪天候の影響?で、宮本さんの腰痛はよくなるどころかますますひどくなり…、【夢屋】に遊びに来られたお客さんと、よく「もう、宮本さんはいなくても大丈夫ですね〜」と冗談を言っていた天罰かと心配になってきたので、罪滅ぼしもかねて(苦笑)、ついでがあればすぐ、阿蘇神社の「願掛けの石」へ足を運んでみたりしていました。
パン作りのお仕事も少し多くなって、ナコさんが「お昼ご飯作りまで大変だろう…」と、今まで毎週(火)の一品だけだったのが…毎日のようにご馳走アイディアを練ってくれて、本当に有難い反面、「ずーっとこのままなら…」とまた図々しく罰あたりな考えも。(笑) 私は、地域の集まりにもときどき参加する事があるので、疲れがたまってくると体調が悪くなったり、パン作りでも上の空になってしまう時がふえて気持ちがついていかないので
「ストレスをためないためにも…」とネット検索していると、たまたま、8月にBSのTV番組で私の地元「対馬」が紹介されるという情報をみつけて、母と昔話で盛り上がりながら楽しく観ることができました。
当たり前ですが、どの場面も覚えのある場所ばかりで…とても懐かしく潮の香りが恋しくなり、【夢屋】の夏休みには、家族で遠出して八代の海まで行って来ました。
到着するなり潮の香りが強くて、目を閉じると対馬にいるような気持ちになれました。
残念ながら体調が悪かったので、海に入れない私に見せつけるように隣で「キャーキャー」
騒ぎながら泳ぐ嬉しそうな母を見て、羨ましくなり足だけつかってきました。
子供の頃のように何も考えず、日が暮れ始めるまで遊び、手足も潮でベタベタになる頃には心も体も少しは“リフレッシュ”出来て帰って来ました。
【夢屋】の2学期が始まると、ちょっと疲れ気味の人や今まで通りの人…逆に必要以上に元気になっている人…(笑)、変わらずマイペースなメンバーでした。
それでも、みんなで「色々、大変だけど…亡くなられた方や、今もまだ大変な思いをされている方のことを考えると、今…生きて普通に生活ができているだけで感謝の気持ちを忘れてはいけないね」とよく話しながら、宮本さんの負担を減らそうとメンバーがそれぞれ出来る事で協力し合い、今まで以上に団結力(絆)が深まった?ように感じられる数カ月でした。

盲導犬のストレスと平均寿命について
前号で、盲導犬と一般の飼い犬とのストレスと平均寿命の違いについての記事を書かせていただきましたが、盲導犬協会の方からご指摘があり、ネットのウィキペディアにもほぼ同じ主旨の内容が掲載されていましたので抜粋し、お詫びと訂正にかえさせて頂きたいと思います。
「『盲導犬は忠実に働かされるストレスために短命である』という俗説が存在するが、これは誤りである。全国盲導犬施設連合会が2006年7月24日付の毎日新聞にて発表したところによると、盲導犬の平均寿命について初の全国調査をした結果、約13歳という結果が出た。これは平均的なペット犬の寿命よりも1歳ほど長い。調査は全国にある独立した9盲導犬施設のうち、8施設を対象に、盲導犬413頭の平均寿命を算出したもの。一方、飼い犬は東京農工大大学院の林谷秀樹助教授らが3,239頭を調べたもので、平均寿命は11.9歳であった。盲導犬は仕事の性質上、ペット犬よりも健康管理に気を配られていることが理由と推測されている。また、『仕事をそもそもストレスと感じない性格の犬を選んで育成している』と回答する団体がある」
とのことです。皆様のご理解のほどをよろしくお願いいたします。

すばらしい青年との出会い     佐藤清子
昨年まで一時間、なんなく歩けたのに、今年の夏ごろからはたと歩けなくなった。
先日は、ちょうどちとせさんと会った時、今にも倒れそうになって、パッとちとせさんの方に倒れこみ、あわや倒れる寸前で助けてもらった。しかも彼女はその後も、私が心配で家まで後ろをついてきてくれてたそうで、後からその話を宮本さんから聞いて、ほんとうにありがたいなあと感激もひとしおだった。
とにかく阿蘇市になってから車が多くなったように思う。スピードも出している車も多く、歩きにくくなった。
そんな中、こんなことがあった。
私が疲れて、田んぼのあぜに腰かけて足を放りだして休んでいると、ちょうどそこにオートバイが止まった。二十代後半くらいの青年がおりてきて、私に「起き上がれますか?」といきなり尋ねてきた。「いいえだめです」私が答えると、背中から手でかかえあげ、「大丈夫ですよ。イチ、ニ、のサン」の掛け声で持ち上げてくれた。
「立てたじゃないですか。じゃあ今度は、一歩歩いてみましょう……、ほら歩けるじゃないですか」私も「ホントだ。がんばります」と返事し、歩き出した。
青年はバイクのハンドルを握って、そんな私をじっと見ていてくれていた。
実を言うと私は、その青年が近づいてきた時、もしかするとバックの財布を取られるんじゃないかと疑っていた。それで緊張して体を固くしていたのだ。歩きながらもとても悪いことをしたなあとに帰ってから悔やんでいた。



posted by あそびと at 17:33| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月07日

2012・春号の「夢屋だより」です。

2011年度もいよいよ終わりです。本当にありがとうございました。 
                             作業所「夢屋」代表  宮本 誠一

今年度の最初の号の日付を見ますと3/1になっています。当然その時点では大震災も予想していませんでしたが、水道管の破裂や新燃岳の噴火の話などを織り交ぜ自然の驚異について書かせていただいていました。阿蘇で生活し18年、やはり身を持って感じるのは冬の容赦ない厳しさと、一度ニ度とこの時期から少しずつ気温が上昇していくときの春の到来のありがたさです。3/11を前に、被災地の皆様のご健康と復興を心からお祈りするとともに、改めてこの大地に生かさせていただいていることへの感謝の気持ちを表したいと思います。それでは1月から3月までの行事を、予定を含めご紹介いたします。

1/5 夢屋の仕事始め。

1/6 パンづくりが終わってからオルモでの茶話会。パン配達をしながら、市役所への挨拶回りと 阿蘇神社への初詣へ行きました。

1/11 エルパティオ牧場に勤めている善野さん、関口さんが訪問され、牛肉のプレゼント。

1/14 バレンタインデーに感謝の気持をこめ、お客様へチョコレートをプレゼントしました。

1/25 日産サニーの店長下津さんから文具をいただきました。

2/6 夢屋を支えてくださっている竹原幸範さんが94歳のお誕生日を迎えられ、メンバーみんなでお祝いしました。

2/20 阿蘇市障がい者福祉計画策定委員会へ宮本出席。

2/22 東京から長崎、佐賀、天草と回った大学生が野菜ty(のなてぃー)宿泊1名

2/27 山田小学校6年生(児童10名と職員2名)とのパンづくりをとおした交流学習。ミユキさんが『みんなダーリン』などを熱唱し、大いに盛り上がりました。

3/3 夢屋の大ベテラン佐藤清子さんのお誕生日を、勤続17年と合わせお祝いさせていただきます。

3/7 新潟から野菜ty(のなてぃー)に宿泊2名

3/22 山田小学校の卒業記念ケーキ(55個)注文をお受けしました。

 人の記憶は一年を通して、季節折々の風景や匂いとも結びつき刻印されているようで、やはりあの日が近づくにつれなんともいえぬ無力感と閉塞感にとらわれがちになるのは、多くの皆さんも一緒だと思いますし致し方ないことだと思います。そんな中、私自身、この一年自分に言い聞かせてきたのは、こんなときだからこそ、しっかりと足元の夢屋の活動を地道にやっていこうということでした。日々の夢屋での生活、パンづくり、仲間との語らいが大好きで、なくてはならないものだから笑顔でやってくるメンバーたち、それを温かな眼差しで見守って下さる地域や行政関係の皆様、そしてパンを買っていただくたびに労いの言葉をかけ励まして下さるお客様。これらいろんな方たち誰一人欠けても夢屋はやっていけませんし、その願いや思いが結実したところにすばらしい活動の道も開けているのだと、勝手ながら思い、深い畏敬の念とともに自分への原動力にもさせていただいています。

2月初め、旧くからの友人である労働センターの倉田哲也さんが、グループ・ホームから通っているメンバーを連れ遊びに来られました。何でも土日はホームの管理人不在(休養)のため、入所者も家へ帰らねばならないらしく、日頃いない自宅への帰宅のため時間を持て余し気味になる彼女を気にかけてのドライブとのことでした。足で操作できる車に車椅子の彼女を連れての外出です。くらっちゃんやるな、と思いながらも、ああ、もし彼がいなくなったらこんな動きを休暇日にわざわざやってくれる人はいるんだろうかと、ちょっと微妙な気持ちになりました。また、ホームでの生活の問題点を切々と訴える彼女の言葉に耳を傾けつつ、それぞれの生きる場所に当然ながら取り組まねばならない課題が山積していることも実感しました。

 わたしたちにとっての“あの日”は、いつも今ここにある、そう思い、これからも精いっぱい、皆様とご一緒にやって行けたらと思っているところです。



☆彡「祝マーク♪成人式♪」☆彡 \(^o^)/                                                ☆中島 地利世☆

今年初のお便りは、一番下の妹のお話を書かせて頂きたいと思います。

私には妹が2人いますが、一番下は13も年齢が離れていて、とても可愛いのが自慢の(姉バカ?)元気な働き者で、家族の中では一番のしっかり者です。(笑)

そんな元気な妹でも、生まれてきた時はとても危険な状態でした。

最初、担当医のお話では「双子」との事でしたが、もう一人の方は胎内で死産になってしまいました。そのあと母の容態が急変し、予定よりも早い出産で一人残された妹も、へその緒が首に巻きついて窒息気味で、仮死に近い状態で生まれて来ました。顔色も見られた状態ではない位に赤黒く腫れあがり、誰もが諦めた雰囲気の中、すぐに保育器の中に入れられました。

それでもなんとか元気にすくすく育ってくれて、退院後、お風呂に入れるのを手伝ったり、オムツをかえたり、近所の公園に遊びに行く時や、お店に行く時も必ず一緒にすごして、伯母さんからは「どっちが母親かわからない」と笑われるほどで、嬉しい事に初めてちゃんと覚えた言葉が「ちぃ」(私の名前)でした。布団に寝かせると夜泣きが激しくて、眠ってくれないので母と交代で一晩中、帯で背負い眠らせたりしていました。

歩けるようになってからはいつも活発すぎて、ちょっと目を放すと風呂で溺れてヒヤヒヤさせられたり、私の職場先の店に母と来て遠くから私の姿を見つけては、母から手をパッと放し「ちぃ〜っ!!」と大声で叫びながら走って来ては転ぶという危なっかしい一面もありました。 「泣くかな?」と思ったけど手をかさず、ジッと見つめているとスッと自分で立ち上がり、「イヒヒッ」と変な声で笑い、ピースしながらおどけてみたりしていました。

小さい頃から肌が弱くて、よく持病のアトピーや「手足口病」という初めて聞く炎症に悩まされてもいましたが、それ以上に大きなケガや病気をする事もなく無事に成長し、今年成人式を迎え、母の知人のご厚意により念願の振袖を着る事ができたことはとてもうれしいことでした。口には直接出しませんでしたが、親に負担をかけたくないらしく式に出るつもりのなかった妹もこのときばかりはとても嬉しそうでした。小学校の担任の衛藤先生に私がこっそりメールで写真を送ると、感動して泣きそうになったという返事がきました。私もキレイな晴れ着姿を見る事が出来て、生まれて来たばかりの頃の事、これまでの事を思い出して胸がいっぱいになりました。 

20年もの月日の中では色々な出会いや別れがあったと思いますが、その中でも妹と衛藤るみ先生と出会ってくれたその繫がりで、私自身にもかけがえのない【夢屋】との大切な出会いをもたらしてくれました。衛藤先生にはもちろん、妹にも心から感謝しています。

妹のお話をしだすと止まらなくなり、まだ…たくさんありますがきりがないので(苦笑)

これ位にして、私の今年の“目標”といえるものは、いよいよ4月で【夢屋】10年目に入りますので、これまでのように健康管理や仕事面での注意は当たり前ですが、また何か一つでも「変わったね」と言われる新しい成長が出来ればと身の引き締まる思いでいます



 
父の亡くなった後の我が家(前半)        佐藤清子

父は、私が小学3年のとき亡くなった。養子(私たちの父)を失った祖父は、いかに私たちを育てるか、どんな決心をしたのだろうか。まずは最初に、男の子3人にはお縁をふくことを言った。小学4年を頭にまだ幼かった兄弟には大変かと思ったがさっさと終わって雑巾を洗って水もすて、こっそりコマをもって遊びに行った。

私はじいちゃんと庭の草取りをした。竹べらみたいなものをつくってくれていて、よくとれた。「じいちゃん、きつか。やめようか」「そうかそうか」庭石に腰かけて話した。母は少しでもお金になるならと編み物のけいこを午後と夜の2部に無理を言ってお願いして励んだ。一番下の弟が母の帰りが遅いので「まだか、まだか」と何度も聞くのでつい雨戸を開け、「もう帰りよらすよ」と言って、夜闇の向こうを指差してなだめたりもした。

そんな中、うれしいこともあった。小学校では年に一度、産業祭がある。どこの家からも野菜をたくさんもってくる。私の家はどうなるかと心配していたら、じいちゃんが、大根、カブ、にんじん、白菜など準備してくれていた。いつの間に畑仕事をしていたのか。私たちは、驚きとともに、ありがとうありがとうと言って、登校した。
posted by あそびと at 09:35| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月28日

2011.『夢屋だより』年末号より

2011年も支えていただき、大変ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。                        作業所「夢屋」代表 宮本誠一

今年もいよいよ最後の「夢屋だより」となりました。ニュージーランドに引き続き3.11という未曽有の大震災から始まり、今も被災地の方々は厳しい環境にありますが、まずはこの冬を無事に過ごされますことを心よりお祈りする次第です。夢屋は、小嶋康揮さんの扁桃腺手術の入院もありましたが術後の調子も良く、一安心。また中通フェスティバルでの中島地利世さんと夢屋の出会いを題材にした演劇発表など、より密度の濃い交流が出来たと、製作に当たって頂いた児童と職員の皆さんへの感謝と共に喜んでいるところです。それでは10月半ばから12月までの行事をご報告いたします。

10/30 宮本が応募作『蓬莱』で九州芸術祭文学賞熊本地区優秀賞に選ばれる。

11/1〜8 小嶋康揮さん、扁桃腺切除のため入院。9日から元気に夢屋へ。

11/6 中通フェスティバルで、『阿蘇に来てよかった〜一歩ふみ出す勇気』観劇。

11/14〜16 一の宮中学校から職場体験(2名)

11/17.18読売新聞記者が障がい者の就労に関する記事執筆のため取材。

11/20 オーガニックの祭典〜熊本ゆうきフェスタ(農業公園)にメンバーと共に出かける。

11/29 康揮さんの元中学校担任が訪問。懐かしい話に花が咲く。

12/2 阿蘇市人権フェスタにパン販売のため出店。皆の力で完売。

12/22 パンづくりの仕事納め。

12/23 ご注文を受けたクリスマスケーキづくり。

12/26 夢屋と野菜ty(のなてぃー)の大掃除と忘年会。

多くの犠牲者を前に喪に服する年となりましたが、それだけに一日一日の有りがたさを実感し初心に帰り活動できたような気がします。改めてこの阿蘇の地で素晴らしい活動の場を与えて頂いていることに深く感謝する次第です。

さて、いよいよ来年は夢屋の設立18年目であり、最も長い佐藤清子さんが17年、中島地利世さん、高倉深雪さんは10年目を迎えることになります。コツコツと積み上げてきた共に活動してきた日々がこのような長い年月になることは、同じ地域に生活してきた証ですし、これまでパンを購入することで支えて頂いたお客様、そして地域の方たち、行政関係者の皆様のご理解とお力の賜物と心よりお礼申し上げます。

世の中は、エネルギー問題や経済面で大きな転換点に差し掛かっていますが、どんなときも基本は「人」でしょうし、それぞれが自分自身の生活を見つめつつ、これからも原点を大事にし、日々の活動を通しての肌と肌の触れ合い、言葉の掛け合いの中からメンバーやスタッフ、そして地域の皆様との「信頼」や「絆」をつくり出していければと願っているところです。皆様の新年のご多幸を心より祈念し、今年最後のご挨拶に変えさせて頂きたいと思います。

≪今年一番の大きな出来事≫*中島地利世*

今年の秋、10月3日に中通小学校の「人権学習」で私へ講話の依頼があり、小学校時代から【夢屋】に入所するまでの事をお話してきました。私のこれまでの生い立ちを真剣に聞いて頂き、終了後に質問も沢山して下さいました。     

今まで、宮地小学校と内牧小学校でも講話の授業はありましたが、どちらも質問内容が聞こえずらくて困った時などは、いつも宮本さんに頼りっぱなしでした。今回も、宮本さんは一緒に来てくれるけど「一切、口は出さずにどこまで一人でやれるか…」という事で、やっぱり最初はちょっと不安もありました。

当日、中通小学校に到着するといきなり校長室にお招き頂いて、緊張でガチガチになっている私に、校長先生がとても優しく話しかけて下さって、すこしずつ気持ちを落ち着けていく事ができました。授業が始まると最後までずっと、担当の衛藤先生がすぐ隣に座って、通訳士のような役割で話しやすい雰囲気にして下さったので、本当に有難かったです。結局、今回も自分一人の力では進行できず衛藤先生に助けられっぱなしでしたが、いつかは、担当の人にも頼らず、一人で流れを作っていける力をつけていきたいと思いました。

その授業の内容を、11月6日に中通小学校で行われた《中通フェスティバル》の人権劇で使って頂き【夢屋】の皆で見に行って来ました。ほとんど私が話した通りに演じて下さって、特にお祖母ちゃんと一緒に過ごした時の事がとても上手で、その頃の様子を懐かしく思い出しながら見ていたら泣きそうになったので、ときどき周囲のお客さんの顔も見てみると、たくさんの方が真剣に見て下さっていたので、本当に嬉しくて幸せな気持ちになりました。

劇が終わったあとも、児童の皆さんが疲れた顔一つされずに集まって下さって、わざわざ私達が見に来た事へのお礼を言ってくださいました。私こそ感謝の気持ちでいっぱいなのに上手に気持ちを表現できませんでしたので、この場を借りて書いてみました。ちょうど「阿蘇人」になって十周年!の秋に、これまでの私の生い立ちを素晴らしい形で沢山の方に発表して下さった「中通小学校」のみなさん、本当に有難うございました。そして「このご縁もやっぱり【夢屋】があってこそのものなのだな」と、改めてみんなの大切さを確認できる経験でした。


高岳につぶやく           佐藤 清子

機械がうといということもあり、私たちは車の中では、あんまり話さないようにしている。話にのって夫の運転があやしくなったこともあり、何かにびっくりしたときなど、たとえばイタチが道路を横切って、私が「あっ」と言うと、もうおしまいである。だから車の中ではほとんど話さないように努力している。この無言のパンの配達の時間に、高岳の稜線を眺めることにしている。母の顔にとても似ているところがあるからだ。まゆ毛、まつげ、鼻と口のところ。老いた母の顔にそっくりなのだ。そこに向かって話しかける。ときには訴えるように話しかけ、つい涙ぐんでいることもある。このち無言の時間が大好きである。


〜ちょっと耳よりコーナー 〜 今回は、夢屋のお隣、オルモ・コッピアさんです。

Q1 オルモ・コッピアさんは、オーガニック・レストランと聞いていますが、どんなところにこだわっておられるのでしょうか?

A オーガニックやマクロビオティック、無添加や手作りという事をキーワードにしています。ただこれには、どれにも「完全」をつける事はできず、お客様に聞かれた時などは、「出来るだけ」という言葉をよく使います。できるだけオーガニック、できるだけ無添加。完全オーガニック、完全マクロビオティックというと、どうしても提供できるものに制限されてしまうので、色んな方が来られる食事の「場」としての楽しさを出来る限り損なわず、かつ作る側としては体に害のあるものは提供しない、この両方の思いでお客様との信頼関係の中でバランスをとり、日々運営しています。

Q2 オープンして4年目になられますが、これまで目指してこられたこと、またこれから目指していきたいことは何ですか?

A 震災から9か月になりますが、阿蘇に移住してこられる方の多さに驚きました。阿蘇に求められているもの、阿蘇でしか出来ない事など色々あると思っています。なかなかお店一軒では出来ることも限られますが、大変嬉しいことに移住してこられた方や新規就農された方々がお店を尋ねて来られる事も増えてきています。そんな方と小さなつながりを沢山作り、小さな仕事上の関係(オルモと夢屋さんのような)を築いていけば、阿蘇にとって何かちょっとした新しい流れになるのではと思っています。

Q3 観光地であり農産地でもある阿蘇で営業されながら、「食」を通じてこれからどんな夢を描いておられますか?                                

A 全国から阿蘇を目指して引っ越してこられ就農されている方が多いということは、やはり、阿蘇という土地の持つ魅力であり求心力だと思うので、元からここに生まれ育った者としても何かしないと情けない話で(笑)、僕らには幸いにもこれまでやってきたお店や料理がありますので、この場を最大限にいかし、阿蘇・農業・食、辺りを繋げる何かを是非やりたいと思っています。鋭意模索中です。

Q4 最後に、「夢屋」に一言、お願いたします。

A 隣りにあって、勝手口から真正面でいつも見ています。最近オルモもメンバーが3人に増えさらにドタバタしていますが、夢屋さんはその倍ですよね。色々ありながらも、なんだかんだで凄く安定感のある夢屋さんに感服です。楽しそうな様子も、聞こえてくる歌もすっかり日常にとけ込んでしまって気にもとめなくなっていますが、無くてはならないものにもなっていると改めて感じます。これからも末永く宜しくお願い致します。皆さんくれぐれもお体に気をつけて、元気で頑張って下さい。
posted by あそびと at 10:36| 熊本 | Comment(3) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月31日

2011.『夢屋だより』秋号より

夢屋より秋のご挨拶をさせていただきます。

作業所「夢屋」代表  宮本 誠一

朝夕めっきり冷え込むようになりましたが、皆様お変わりありませんでしょうか。夢屋のメンバーもおかげさまで無事、夏を乗り切ることができました。さて、夢屋の最近の大きな出来事としては、やはり今月13日で小嶋康揮さんが18歳の誕生日を迎えたことではないでしょうか。パンの配達の先々で、またかつて担任された先生方が、背が伸びたことや体ががっしりしたことだけでなく表情も豊かに、凛々しくなったことに目を細められています。そのような日常での出会いが可能なのは、何より地域に作業所があるからですし、近くに生きる者どうしの一番の良さではないかと思っています。これからも阿蘇市の皆様とともに、日々の運営をさせて頂ければこれ以上の幸せはありません。夢屋を代表いたしまして改めて感謝申し上げます。それでは9月から10月までの行事を御報告、御紹介いたします。

9/8.9 一の宮中学校3年生の2名が福祉体験にやってきました。

9/10 阿蘇観月お茶会へメンバー5人で行ってきました。

9/13〜15 阿蘇中学校2年生の3名が福祉体験にやってきました。

9/22. 益城中央小から人権学習担当の倉岡先生が訪ねてこられました。

9/23. 野菜ty(のなてぃー)に岡山から7名の宿泊がありました。

9/24.  野菜ty(のなてぃー)に熊本市内から7名の宿泊がありました。

9/24. 宮本の高校の後輩で臨床心理士の竹下さんが訪ねてこられました。

10/1 ネットの『You tube』で、夢屋の様子を動画配信し始めました。

10/3 中島地利世さんが中通小学校の人権学習の授業に招かれ、児童、職員の皆さんにお話ししてきました。児童からはたくさんの質問もあり、大変有意義な時間となりました。

10/5 阿蘇市障がい児・者親の会の例会に宮本、竹原が招かれ、講話してきました。

10/13 小嶋康揮さんが18歳の誕生日を迎えました。

10/15 阿蘇市読書感想文コンクールの第2回審査会に宮本が出席。

中通小の人権発表会に向けての取り組みの一環として劇制作があるそうですが、その関連としてメンバーの中島地利世さんに聞き取りの取材があり、また学校で話す機会を頂いたことは本人にとって大きな自信になったようです。細かな打ち合わせや準備に奔走された人権教育担当の衛藤先生を始め、温かな言葉で励まして下さった校長先生、そして全児童、職員の皆様方に深くお礼申し上げます。このように、この二カ月も皆様に支えられ運営できた日々でした。これから阿蘇は本格的な冬を迎える季節となりますが、人と人のつながりがあれば心温かく過ごせるのではと願っているところです。どうか皆様方もお体、くれぐれも気をつけられ、更なる日々のご健勝をお祈り致しております。


≪第二の故郷 阿蘇≫    *中島地利世*

23年の月日を過ごした故郷(対馬)から阿蘇へ出て来て、この秋で10年が経ちました。生まれ育った島を出て、最初は「対馬」より遥かに広い熊本県に住むという事に少し不安もあり、それ以上に「今度は、どんな町かな〜☆彡」という期待の方が大きかったです。

阿蘇に来てまず、最初に大変だったのは、やっぱり「道」や「方言」を覚える事でした。私は方向音痴なので地図を片手に、時には混乱しながらひたすら歩き続け「内牧」を目指すつもりがなかなか到着せず、近くの人に聞いたら、何故か「乙姫」に着いていたり…。地名を覚えるのも一苦労でした。例えば、「内牧」の読み方は(うちまき)と思っていたり、最初は「蔵原」「竹原」の(原)を普通に(はら)と読むのかと思っていたら、皆さん(くらばる)や(たかわら)と読んでいて、「ん!? 何て言ったの?」とわかりづらかったです。後は方言ですが、たたでさえ会話が聞き取りにくいのに「なんばしょっと?」・「そぎゃん」・「こぎゃん」・「せからしい」と次々に聞きなれない言葉が出てきて、「いいよらした」「おらっさん」とか言われると、もうすでに何を言われているのかさっぱり分からず、全く未知の世界にいるようでした。

【夢屋】にお客さんが来られて、初めて聞く方言がでて困っていた時に【夢屋】のメンバーの中に細かい方言まで詳しい人がいてくれたおかげで、たくさん意味を教えてもらい、何とか少しずつ会話が理解できるようになりました。10年の間に、本当に楽しい事つらい事たくさんありましたが、その中で、家族同様に思えるほどの大切な人達との出会いもあり、後はなんといってもこの大自然…「対馬」では必ずどこかに海が見える場所に住んでいましたが、今度は山に囲まれている所で暮らせて、どちらもわざわざ観光客がお金を出してまで旅行に来るほど景色も空気も素晴らしい場所なので、よくよく考えればこんなにも恵まれた大自然の中で暮らせて「本当にありがたいな〜」と改めて、日々…忘れがちな感謝の気持ちを思い出させてくれます。

最後になりましたが、一つだけ最近のちょっとした出来事を書いて終りたいと思います。ある知人に、近くで「不審者」が生活していると噂を耳にして、「今、本当に大変な世の中になってきているね…」など話していた時、夜に冬物の着替えを入れたリュックを背負い、兄の家から自宅に帰っている途中、男性に「ちょっと…」とわざわざ手招きで呼びとめられて、「あんた、ゴミを散らかしっぱなしはいかんばい!ちゃんと片付けてくれな!」といきなり言われたので、「はっ!?」とビックリして「何の事ですか!?」と聞き返すと、「あんたどこから来たつね?…最近、夜になったらこのあたりをウロウロしとるやろう!」と聞かれて、私も焦っていて「はい、だって宮地に住んでいますから、昼も夜もウロウロしていますよ!?」とよく考えたらおかしな返事をしてしまい、話していくうちに「あ〜、あんたこの辺の人やったつね?」と誤解がとけてホッとして、「まぁ…確かにこのタイミングでこの大荷物じゃ誤解されるかもな…」と一人で笑いながら帰りました。阿蘇に来て10年目にして「不審者」に間違えられるとは思いもよりませんでした。大震災後の余波がいろんな形で、この遠く離れた阿蘇にもきているのかもしれないと、ちょっと心配になりました。


弟の逝去          佐藤 清子

弟が亡くなった。その数日前、兄弟とその連れ合い、私の娘たちも見舞いにいったばかり、これほど揃うのは珍しく、弟も喜び、ベッドから起き上がり、喉がやられているので声を失い、筆談で皆の質問に答えていた。弟の家へ向かう車の中で、弟嫁に、ごめんね! こんなに早くに逝ってしまってごめんねと、何回も言っていた。66歳だった。退職して、まだまだたくさんやりたいこともあったろうに。息子も無事就職し喜んでいたし、娘夫婦には孫二人に恵まれていた。でも、まさかこんなにも別れが突然やってくるとは。弟が高校三年と浪人一年のとき、私は大学に行っていてそのとき熊本市内の安アパートで二人暮らしをした。弟は受験勉強に、私も卒論や教員採用試験に励んだ。その甲斐あって弟は無事に熊大に、私も教員に採用された。その後、弟は建設会社に就職し、情熱的に働いた。愛する伴侶も見つけ、精一杯、生き切った人生だった、そう今は思っている。

〜簡易宿泊所『野菜ty(のなてぃー)』からのお願いです。〜

一昨年のオープン以来、たくさんの方にご利用頂き、ありがとうございます。さて、いよいよ今年も冬の季節を迎えますが、営業と致しましては12月〜3月までは冬眠させていただきます。それでもどうしてもとおっしゃる方、素晴らしい雪景色とマキストーブの炎、降るような星座を見ないと落ちつかないお客様には、ぜひ次の点をご注意願います。まず、下の道路から野菜ty(のなてぃー)までは積雪のため、何か所かツルツルになります。昨年も、だいぶ溶けたから大丈夫かなと寄られた方が、一箇所を突破するのに四苦八苦、たいへん御苦労をされました。そこで車を含め寒さ対策(スタットレスまたはチェーンの準備、厚着、火の燃やし方など)をよろしくお願いいたします。お湯も、省エネ対策も兼ね、マキを使っておりますので、室内設備は完備してはおりますが、気持ちとしてはアウトドア感覚でよろしくお願いいたします。

<ちょっと耳よりコーナー・ご紹介コーナー>〜第14 回目〜

今回は、一の宮町のしにせ『菓舗佐藤』さんで〜す。

Q:菓子屋さんはを開くきっかけは、いつどんなことだったのでしょうか。

A:明治38年に、初代庄太郎がつくったお店です。現在は3代目と4代目で製造しています。

Q:お仕事で苦労されている点、またやりがいのある点はどんなことですか。

A:食べ物なので、衛生面と鮮度には、すごく気をつかっています。やりがいは、皆様に「おいしかった」とか、喜んでいただけたときにやっていてよかったなあと思います。

Q:最後に、「夢屋」に一言、お願いいたします。

A:心のこもったおいしいパンを、いつもありがとうございます。
posted by あそびと at 10:50| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月29日

2011・夏号『夢屋だより』

 
暑中お見舞い申し上げます。

                                                                         作業所「夢屋」代表 宮本 誠一

早いもので大震災から4カ月が過ぎました。この暑さの中、避難所生活をされている多くの方々、特にご高齢や障がい者の方々は大変な日々ではないかと思います。まずは遠く阿蘇の地からではありますが、お体のご健康とご無事をお祈りいたします。こちら夢屋は幸せなことに、私の畑仕事中のぎっくり腰以外は、メンバー、スタッフともほぼ平常通り日々の活動ができました。しかも私が満足に動けなかったとき、「食パンだけの運営にしようか」という私の提案に、「全部つくります」という地利世さんの頼もしい一言もあり、心強さを感じている次第です。出会った頃は口数も少なく受け身だったメンバーたちが、いつの間にか作業所運営に主体的に参画していく成長を遂げている姿に、私の引退もそう遠くないかも?(笑)と思った次第です。

それでは、夢屋の5、6、7、8月の活動内容(予定も含む)を御紹介します。

5/23〜25 阿蘇北中学校から職場体験の3名が、パンづくりや販売などに汗を流しました。

6/1〜10 千葉県から被災者ご家族に野菜ty(のなてぃー)で宿泊して頂き、精気を養って頂きました。

6/15 夢屋のメンバーたちでお薬師様の草取りをし、地域の清掃活動をしました。

6/26 喜界島からかつて難病の方の外出支援を共にやっていた米田信也さんが訪ねてこられました。

6/29 今年度の阿蘇市読書感想文審査会の第一回会合へ宮本が参加してきました。

7/4 阿蘇市障がい者福祉計画策定委員会の第一回会合へ宮本が参加してきました。

7/11 メンバーたちと高森町の湧水トンネルに七夕祭りの見学へ行ってきました。

7/30 「きぼうの家」の夏祭りの出し物で、ミユさんがレディー・ガガを熱唱してきました。

8/3 阿蘇市人権・同和教育課題別研究会「共生の教育」にメンバー、スタッフ6名で講演者として参加し、日頃の夢屋での活動を話してきます。

8/22 熊本県立聾学校で、「発達障がい者を取り巻く現状と作業所での取り組み」をテーマにメンバーとスタッフで話してきます。

昨年亡くなった多田富雄さんという有名な免疫学者が、脳卒中から立ち直られていく際、「リハビリとは、単なる機能回復訓練ではない。生命力の回復、生きる実感の回復だ」とおっしゃっています。比べるのもおこがましいですが、腰痛での寝たきりから数日して立ち上がったとき、足腰の踏ん張りや背骨の支え以上に、内から湧き出る新しい命の胎動のようなものを実感し、生きていることの神秘と感謝を抱かずにはいられませんでした。日頃、当たり前過ぎて忘れがちな「生きる実感」を「病」や「怪我」を通して思い出させてくれるとしたら、まだまだ私は何と贅沢者かと思わずにはいられません。皆様の今夏のご健勝を祈念し、暑中のご挨拶とさせていただきたく思います。

 

     
ちょっと耳より・ご紹介コーナー(13回)

           今回は、一昨年12月に続き2回目の登場の『阿蘇きぼうの家』さんです。

Q1:竹原に正式に引越されてきて、早くも半年が過ぎましたが、利用者の方や職員の方など、どんな様子ですか?(職員体制の変化などでもいいです)

A1:今までの作業所が狭かったので移転して利用者の皆さん、職員も皆が戸惑いの毎日を1ヶ月ほど過ごしました。しかし、慣れというものはすごいもので今では昔からいる場所のようになっている事にびっくりです。皆の適応能力の高さを新発見しました。(^v^)職員も大幅に増員し、これからの阿蘇きぼうの家の発展を期待している所です。



Q2:施設や環境も変わり、新しい試みとして、どんなことをされていますか。これからの抱負(予定)でもいいです。

A2:『障害者への理解の促進と偏見・差別の是正』を永遠のテーマとしておりますので、先ず地域交流の一環として竹原地区老人会の方との除草作業や畑をお借りしての野菜作りですね。また、7月23日には初めての大イベント『夏祭り』を開催いたします。今後も地域の皆様とのグランドゴルフ大会等を予定しております。



Q3:就労継続支援継続B型『スマイルファミリー』について、どんな内容の事業なのか、教えてください。

A3:一般企業での就労が困難な方に働く場を提供するとともに必要な訓練を行います。開所日は、月曜日〜金曜日の週5日です。時間は、9:00〜16:00でやっています。作業内容としましては、「化粧品のサンプル詰め」「菓子箱折」「ハム箱折(外勤)」「手芸品作り」「木工製品作り」「除草(外勤)」などです。  



Q4:最後に、夢屋へ一言、お願いします。

A4:開所式では宮本さん・地利世さんからの心温まるお言葉を頂き感動で涙が出ました。またまた今度も夏祭り大変お世話になります。出し物期待しております。\(^o^)/。それと何といっても、近くに心強い味方がいてくださるのは、とても心強く感謝しております。今後もまた・また・また……永遠に続きますが……私の心の支え(重たい?)の皆様、今後ともよろしくお願い致します(笑)。

                      〜あねご 湯浅でした。(^O^)〜     




    
≪体に何らかの変化が…(;一_一) ≫    *中島地利世*

23歳を過ぎてからある日、突然、目立ち始めたこの症状…ちょうど梅雨の季節になると手の甲にたくさんの吹き出物がでてきます。ひどい時は、赤紫のような色に腫れあがり、とても痒い状態が続きます。最近わかってきた事は、梅雨の季節だけじゃなく、3〜4月・9〜10月…つまり、寒すぎず=暑すぎずという中途半端な時期によく現れます。隠れたり出てきたりの繰り返しで治りも早く、「これ一体…何だろう!?」と不思議に思い、何度か皮膚科に行ってもハッキリした原因がわからず、「睡眠不足やストレス、食生活改善に努力されて下さい。」と在り来たりなアドバイスだけで、ある程度の努力を試みますが一向に良くならず、この異変とも十年の付き合いになります。そんな中、聴覚の方も年齢と共に変化が表れている様に思います。私の聴力が衰えた原因の元を辿ると、子供の時に風邪がこじれて百日咳という病状から髄膜炎まで経験した事がキッカケなので、それが関係するのかはわかりませんが…日頃、ちょっと風邪をひいてしまったりすると、普段の半分も聴力が弱まります。その時はまるで耳に蓋をかぶせた様な感じで、咳をしたり鼻をかんだり唾液を飲み込む時に、耳の中が「バチン!」とものすごい音がして、急に聞こえるようになったかと思えば、数秒もしないうちにまた聞こえなくなってしまいます。普段からただでさえ聞こえないのに、さらに聞こえなくなると日常生活の支障も増えて困る事がたくさんあります。たとえば、家にお客さんが来られた時のノック音や、「これ位なら聞こえます」と慣れて話してくれている人に、「今は、風邪気味でさらに聞こえません」とまた一から説明し直さないといけない事。それでも聞こえず、書いてもらう事が増えた気まずさ。かすかに聞こえていた車の音は、全く聞こえなくなるので、事故寸前の時も増えます。今までは、風邪ひいて1日〜2日もすればすぐに元通りの耳になっていたのに、最近は1週間2週間…と聞こえないままの日が続く事が多くなり、ただ…困ってばかりより「こんなに、バチン…バチン音が続いていると、いつかは…完全に聞こえなくなるのではないか」という恐怖心も消えなくなってしまいました。そんなふうに精神的に参っていた時、もしもの時の為にと完璧に手話を覚えたくて、出会ったのが通信講座の「手話入門」。これには結構、精神面で救われました。最初は「続くのだろうか…」と不安から始まり、少しずつ意味が分かっていくと楽しくもなり、完全にマスターするには「一年間を目標に」とされているコースで、3カ月に一度位の期間でテストが3回あるのですが、返ってくる答案用紙に、あの手話では有名な「砂田アトム」さんに、一言コメントを直筆で書いて頂けるという貴重なテストでした。私は3回ともオール満点で最後にとてもお褒めの言葉を戴き、ものすごく嬉しくて大満足の達成感に酔いしれていると、ある事に気づいて少しだけガッカリしました。それは、何とせっかく覚えた手話が、半分位…関東の方でしか通じない方法だった事です。阿蘇にお住まいの、知り合いの聴覚障害者の方に聞くと「こっちは違う」と言われ、正しく教えて頂きました。でもそれはそれで貴重な体験で、諦めずに今度は関西でも通じる手話の勉強に励みたいと思います。



     
アルベール逝く。      佐藤清子

二才くらいでもらってきたときは、よく人を噛んでいました。狂犬病予防注射のときはそれはそれは大変でした。娘は革手袋で抱き目隠しして行ったものです。注射をしたとたん、娘の手を噛むからです。娘は毎晩、アルベールを抱っこし、ゆうらゆうら歌や話をして落ちつかせていました。去年は冬が寒く、アルベールは娘が勤める動物病院に預けました。病院では他の犬と仲良くしていたようです。老いるのは早く、後足をひょろひょろして歩き、いよいよ寝たまんまの状態になり、点滴したりいろいろ手を尽くしましたが、ついに駄目だったとある夜、娘が冷たくなったアルベールを連れ帰り、家につくなりワンワン泣きました。私も同じです。夫に御経をあげてもらいました。短いお経でしたが、心を静めてくれました。アルベールをダビに伏す時、田んぼにクレマチスの鼻がたくさん咲いていたので遺体に飾ってあげました。アルべールのおかげでどれだけ元気をもらったかわかりません。本当に、ありがとう。
posted by あそびと at 08:50| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月09日

2011・『夢屋だより』春号〜<ちょっと耳よりコーナー・ご紹介コーナー>〜第18回目〜

今回は、内牧で『阿蘇動物病院』を営んでおられる「ツネさん」こと、小嶋維男さんです。

Q:現在の病院を開くきっかけは、いつどんなことだったのでしょうか。
A:昭和53年(1978)、私が28歳のとき、両親が住んでいる自分の育った阿蘇に、医療を介して少しでも役に立てたらという思いで、今の場所につくり、今年33年目になります。


Q:お仕事で苦労されている点、またやりがいのある点はどんなことですか。
A:飼い主さんの言うことも、僕の言うこともなかなか聞いてくれずに治療に協力してくれない動物には苦労します。病気や怪我がなおり、「先生ありがとう」と自分が必要とされたことを感じた時、やりがいを感じます。


Q:これからの阿蘇市にどんなことを期待されますか。
A:いつ「障がい」を持ったり、寝たきりになっても安心して暮らせる、人にやさしい自然豊かな音楽の似合う市であってほしいです。



Q:最後に、僭越ですが、「夢屋」に一言、お願いいたします。
A:動物病院のそばに「元気パン」というおいしいパン屋さんがありますが、まさに皆さんに毎週届けていただくパンが「元気パン」で、身体には食料を、心には「元気」をいただいています。これからも米粉パンとかいろんなパン作りにチャレンジして、地域に根差した「夢屋」であってほしいです。


編集長の竹原とは同級生の「ツネちゃん」、小学校のときはあまり目立たないやさしい子どもだったように記憶しているそうですが、今は、すごく活動的。自然を守る活動、文化の香りのするところ、そして人権を考える人たちの場所などには神出鬼没。にこやかに現れ、あたたかな輪をつくって帰られます。とくに音楽をこよなく愛し、すばらしいアーティストを引っ張って来て、私たちを楽しませてくれます。「そう言えば、最近、楼門コンサートないなあ……、さみしいなあ、ツネちゃん、たのむよ」とは竹原のつぶやき………。
posted by あそびと at 03:38| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011・『夢屋だより』春号から/[ ちょっと耳よりコーナー」も今回で18回目なので、これまでの記事を振り返ってみました。

今回で18回を迎える『ちょっと耳よりコーナー』ですが、これまで掲載させていただいた皆様を、改めてご紹介したいと思います。本当に、お忙しい中、ご協力ありがとうございました。

2007年

5月 第1回 石橋淑子さん〜オープンしたてのお菓子店チェリーファームについて〜

7月 第2回 時田道子さん〜手作り雑貨店「とき舎」への思い〜

9月 第3回 山中ユメさん〜仕事でよく行く韓国のこと〜

11月 第4回 松本似智子さん〜「とうきび人形づくり」との出会いなどについて〜

2008年

2月 第5回 竹原幸範さん〜毎日ちょっと工夫されている『長寿の秘訣』について〜

5月 第6回 有馬安弘さん〜自給自足の生活と詩の創作への思い〜

8月 第7回 波佐間法男さん〜解体材に賭けた思い〜

12月 第8回 オルモ・コッピアさん〜オープンしたてのレストランについて〜

2009年

1月 第9回 愛徳弁当さん〜お店の名前の由来などについて〜

4月 第10回 阿蘇カラーの岩下さん〜長年なさってきた交通指導の御苦労や喜び〜

7月 第11回 ギャラリーGENさん〜写真家として気をつけておられることなど〜

9月 第12回 松谷文華堂の亮さん〜創業明治32年(1899)からの歴史について〜

12月 第13回 「きぼうの家」の湯浅聡子さん〜作業所運営への思いとメッセージ〜

2010年

3月 第14回 井手酒屋さん〜酒屋と新聞販売の両立や仲町通りへの思い〜

6月 第15回 伊藤商事さん〜お店の歴史やこれからの阿蘇市への思い〜

7月 第16回 甲斐米屋さん〜お米屋を営んできての御苦労や喜びとメッセージ〜

12月 第17回 地域活動支援センター「時計台」の坂崎優征さん〜福祉への思い〜

2011年

2月 第18回 阿蘇動物病院の小嶋先生〜病院の成り立ちと動物への愛情〜

これからも、地域の皆様とつながりながら、ささやかな記事の欄ですがつづけていけたらと思っています。どうか皆様、よろしくお願いいたします。
posted by あそびと at 03:34| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011・『夢屋だより』春から・メンバーの見た風景より/その2

 *≪2010年から2011年にかけて、バタバタな年末年始≫*  (@_@;)                                              *中島地利世*

私の家は《市営住宅》なんですが、市役所から「年末までに火災報知機を取り付けるからお宅にもお邪魔させて頂きます。」という知らせがあり、今年の大掃除はいつも以上に張り切ってキレイに掃除しました。終わって、担当の人を待っている間、見落としがないか少し緊張してしまいしたが、でも掃除したおかげで、今まで物置だった部屋が一つ空いて、自分専用の部屋が出来ました。誰にも邪魔されない落ち着く空間ができて、とてもリラックス出来ています。

そんな中…去年、兄と一番下の妹が引っ越して行き、今、家では母とすぐ下の妹と3人だけで生活していて「寂しい正月を迎えない為に」と母の提案で、その人数で初めて家族の(女ばっかりで気楽な)忘年会をしました。滅多に食べれない鍋料理(笑)を準備する作業中も、出来上がった鍋料理を囲み仲良く箸を突き合う時もワイワイ賑やかで…あまりお酒を飲まない妹も珍しく飲んで、久々に母と3人で、お互いの仕事内容やTVの話題まで話の尽きない楽しい一時でした。

お正月が明けて今度は、いつも意見がバラバラだった家族が皆で揃って初詣に行きました。長年、同じ家に一緒に住んでいながらこれも初めての事で、「なかなか珍しい家族だな…他の家もそんなもんかな?」と一人、苦笑いしていました。(笑)せっかく近くにあるので、場所は「阿蘇神社」にしたまでは良かったのですが…普段から観光の方や地元の方で大人気な場所は、正月が明けて一週間が過ぎてもまだお参りの方が多く、人混みが苦手な母は、小さな悲鳴をあげていました。

お参りの後、『幸運おみくじ』というのがあって「それを引いてみよう」という話になって、皆でを買うと何と…私だけ《大凶》が当たってしまいました。動揺を隠しきれない私を見て、皆が「いや〜、逆に珍しい!!」とか「ある意味、貴重ね!」と慰め?の言葉をかけてくれていました。気を取り直して木に結びつけようと、おみくじの紙を折りたたんでキュッと引っ張った時、紙の端で指をザックリ切ってしまい「早速、やらかした…」と凹へこんでしまいました。

それを見ていた神社の人が「今、大凶の運は消えましたから…今年はもう大丈夫」と言って下さって「神社の人が言うんだから間違いない!?」と単純な私は、次のお参りはもちろん《縁結びの松》を周る事。(笑)意気込んで歩くと、観光の人に笑われてしまいました。「せのび石」という場所があって、そこで身長を測ると少し伸びている気がして「オオッ」とリアクションとると「いやっ…気のせいだから!」とツッコミが飛んできました。(笑)最後はやっぱりここ、阿蘇神社で一番人気の「願かけの石」でお参りしました。

家族の健康はもちろんの事、【夢屋】の皆の幸せもしっかり祈って来たので大丈夫なはず!?  正月の話だけでざっと…最後になってしまいましたが、私は今年も変わらずに、亀の様に首を出したり引っ込めたりしながらゆっくりゆっくり頑張って進んで行けたらと思います。
posted by あそびと at 03:30| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011・『夢屋だより』春号より〜メンバーの見た風景から/その1 1

散歩の出会い  佐藤清子

仲町通りを歩いていると、小学生の女の子とよく会います。一回目はお互いすまして、二回目は少し気持ちをはずませ、三回目は女の子が走ってきて、私も走って膝まづいてタッチ。だんだん仲良しになりました。

そんな日曜日、私は相変わらず歩いていました。

私の後ろから父親と娘の親子連れが歩いてきます。

娘「ああ、やっぱり!!」父「この人が、あのおばちゃんね?」それから私たち三人は一緒に手をハイタッチ。何回もスランプになりながら、もう歩くのはやめようかと思うことも多いですが、こんな楽しい出会いが元気づけてくれる毎日です。
posted by あそびと at 03:26| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011・『夢屋だより』春号より〜代表の挨拶です〜

さあ、いよいよ夢屋も春に向かって、皆様とともに歩いていきます。

地域活動支援センター 代表 宮本誠一

今年の冬は記録的な寒波でしたが、皆様、お変わりありませんでしたでしょうか。夢屋も簡易宿泊所「野菜ty」や管理棟の水道管が数か所破裂しました。しかし、さっそく3月には数名のお客様から宿泊のご依頼があり、落ち込んでばかりはいられぬと張り切っているところです。またメンバーも風邪で休むこともありましたが、大きな事故や怪我もなく、元気に日々の活動をつづけられたことは喜びにたえません。隣接県では、新燃岳の噴火などで避難所生活を余儀なくされる事態も起こっており、改めて自然の驚異を思い知らされるとともに、さりげない一日が、一つ一つの環境の繋がりの中で「生かされている」ということを実感しています。それでは今年、1月から3月までの行事を、予定も含めご紹介したいと思います。

1/5 阿蘇神社へ初詣でに行き、今年一年の無病息災をお祈りしてきました。

1/7 地域の方から巻きずし,稲荷ずし、のっぺ汁をいただきました。

1/18〜20 ベランダにサンルーム(夢屋スタジオ)が完成し、お茶会をしました。 

1/24 山田小学校6年生(児童8人と職員2名)とのパンづくりを通した交流学習。夢屋スタジ

オでミユさんが『みんなマイダーリン』『坂道』などを熱唱し、大いに盛り上がりました。

1/25 池邊美早さんの成人のお祝いを、オルモ・コッピアさんでしました。

2/3 「古閑の滝」を見学に行き、氷の芸術を楽しみました。

2/4 竹原に引っこしてきた『きぼうの家』さんを見学に行きました。

2/6〜14までメンバーの誕生日が集中し、プレゼント交換会で賑わいました。

2/12 部落解放第42回熊本県高校生集会の参加者40名が、学習に来られました。

2/21碧水小学校1年生(35名)との交流学習を給食室で行いました。

2/28 部落解放同盟熊本県甲佐支部の皆さん(11名)が、学習に来られます。

3/23 山田小学校の卒業記念ケーキ(55個)注文をお受けしました。 

さて、上記にもありますが、ベランダに8平方メートル(およそ4畳)の広さのサンルームを設置し、「夢屋スタジオ」と名付けました。これにより、最近さらに人数が増えてきた見学者や交流学習での対応にゆとりが生まれましたし、手作りの舞台で歌等を披露し好評を得ています。これからは地域の皆様にとってもちょっとしたお茶飲み場として、また定期的にミニコンサートを企画し、障がい者と健常者の共生の場が提供できていければと思っているところです。最後になりましたが、いよいよ4月から夢屋も17年目になります。私事ですが、宮地小学校勤務も入れると19年、つまり私が(高校まで)生まれ育った荒尾市の年数を越え、これまでの人生で一番長くかかわらせて頂く地にこの阿蘇がなります。これは本当にすばらしい御縁であり、有り難いことだなあとつくづく感謝しているところです。お店や道行く中にもお知り合いが増え、気軽に言葉をかけて頂くことを喜びとしながら、今年もどうか「夢屋」をよろしくお願いするとともに、皆様のご健康、ご多幸をお祈りし、ご挨拶にかえさせていただきたいと思います。
posted by あそびと at 03:19| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

夢屋だより(初夏号・71号)〜代表の挨拶です〜

おかげさまで、2010年度も、皆様のお力とご理解で無事スタートできました。

    地域活動支援センター「夢屋」代表 宮本 誠一
まず本年度、何といっても夢屋にとって嬉しかったことは、昨年度の小嶋康揮さんにつづき、池邊美早さんが入所したことです。3月から実習に入り、持ち前の明るさですっかり溶け込んだ様子です。パンづくりや昼食の準備のとき、先輩たちとの楽しい笑い声や話しが聞こえるとこちらまでホンワカした気になってきます。イラストも得意で、とくに猫の絵は味わいがあって、動物好きのメンバーたちに大好評です。そんな一段とにぎやかになった夢屋の4月から6月までの行事や出来事をご紹介します。                                                            4/7 池邊美早さんの入所式とメンバー全員への辞令交付式をしました。代表の考えた一人一人違うメッセージを竹原幸範さんの筆で書いていただき、感謝を込め手渡し、好評でした。
4/27時計台での交流会。パンづくりやカラオケ、グランドゴルフ、卓球と、皆、それぞれ他の支援センターの皆さんと触れ合いながら、楽しく過ごさせていただきました。
5/12仙酔峡へつつじ見学に行きました。
5/14内牧にできた公園へ行きました。すばらしい設備にみんな大喜びでした。
5/18阿蘇市人権・同和教育推進協議会総会(竹原)。
5/19 カラオケに行き、美早さんは初体験で、皆と楽しく歌いました。
5/23,24 児童文学作家 丘修三さんのご家族が阿蘇旅行を兼ね野菜ty(のなてぃー)に宿泊。(5月の宿泊者数19名)
5/24 第2回阿蘇地域全障がいネットワーク協議会総会(宮本)
5/27 阿蘇市読書感想文コンクール審査委員会(宮本)。午後、6月の交流学習へ向け、宮地小学校から打ち合わせに来られました。
5/28 地域にお住まいの支援者からお昼ご飯に招待され、皆で出かけました。
山菜おこわやサラダ、デザートまで用意していただき大満足でした。
6/2 「障害」者労働センター・おれんじ村代表の倉田哲也さんと絵本作家ひらたようすけさんが大阪での講演の帰りに訪問してくださいました。
6/22 熊本県人教「進路保障(就労)研修会」(大津町)にスタッフとメンバーが講師として参加しました。
6/28 宮地小学校4年生と交流学習。授業『なぜパンは膨らむの?』を実施。(予定)
以上のように、この春は、親睦の意味もあり、レクレーションをより活発に行いました。また御近所の方に心のこもった手作りの昼食会を開いていただいたり、日々、同じ場所に集う喜びとともに、一人一人の地域との絆がより一層強まったような気がします。ほんとうにありがたいことだと、感謝の念にたえません。蔵原に来て3年目、これからも地域の方たちとのつながりを第一に、精いっぱい活動をつづけて行こうと思います。
どうかよろしくお願いいたします。
                                                        
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       

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ちょっと耳よりコーナー・N.O15 〜今回は、『伊藤商事』を経営されている伊藤博友さんにお聞きしてみました。

A:現在の会社は、いつ、どのようなきっかけで始められたのでしょうか。
Q:昭和44年8月までは、「伊藤商店」という名で、両親、兄弟で商いをしておりましたが、
親兄弟と離れなければならない事情ができましたので、独立することになりました。
会社を創るにあたって、どんな会社にするか考え、まず社会貢献できるような会社をという思いが強くありました。そのとき、これからはOA機器の時代なので、お客様がどのような物を必要とされているのかしっかり考えたとき、細やかな情報提供と時代に合った対応ができるお手伝いをする商いをと思いました。しかし独立する資金が全くなく、大変困りましたが、当時は経済成長期途上でしたので、銀行から必要な資金を借りることができました。
その後、『鉛筆からコンピューターまで、OA機器導入へのお手伝いをします』と言うキャッチフレーズで頑張ってきました。取り扱い商品は、事務機器、事務用品、文房具、ホテル用品、業務用洗剤、雑貨品などです。

A:お仕事で苦労されている点、またやりがいのある点はどんなところですか。
Q:近年は、大型店、また通販が増え、価格競争が大変です。売り上げもダウンし、利益減で
す。OA機器等、高額な商品も今の景気不況の中、各官公庁、企業も厳しい状態です。し
かしそれでも、購入していただいた商品を活用され喜んでもらったとき、薦めて本当に良
かったと感謝の気持ちで一杯になります。

A:これからの阿蘇市に、どんなことを期待されますか。
Q:企業の誘致、農業の活性化、また、阿蘇市は雄大な自然に囲まれた観光地でもありますの
で、若い人が安心して働ける場所をたくさんつくってほしいですね。
それから市会議員が多いと思うので、減らしても良いのではないでしょうか?

A:最後に、夢屋へ一言お願いします。
Q:夢屋さんのパンは皆さんの力が結集されて作られているので、しっかりしていて大
変おいしいです。ぜひこれからも頑張ってください。応援しています。

パンを配達に行った時、一見、頑固そうな中にも優しい眼差しで対応して下さる博友さん、そして奥様の公美子さんは、民生委員を務められ12年目になられます。ちょっとした相談や悩み事にもすぐに駆けつけられ、親身になって話を聞いて下さいます。夢屋のメンバーは公私ともにお世話になっている次第です。本当に感謝、感謝です。
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*《旅の途中…母を想う》 *中島 地利世*

今年の4月24日で、いよいよ【夢屋】入所7周年記念という事で、「よし!気持ちをスッキリ切り替えよう♪」と、伸ばしていたロングヘアーをザックリ切る事にしました。

大好きな「のだめちゃん」(のだめカンタービレのヒロイン)ヘアーを真似た髪型にしました。お気に入りの美容院で切ってもらった後、「のだめちゃんヘアーを真似しました」と言うと「なるほど♪似てる」と言って貰えて、一応、否定されなかったので安心しました。(笑)
次の日、7年頑張った自分へのご褒美のつもりで、久し振りに映画を観に行きました。

観る映画はもちろん、待ちに待った「のだめカンタービレ最終章/後編」、上映が開始される前日の夜から、ワクワクして眠れずに、まるで小学校の遠足の時のような気持ちでした。

次の日、待ち切れずにいつもより早く、午前中の電車に乗りました。
しばらくすると…「内牧駅」から一組の親子が乗って来て、私の前の座席に座りました。

ちょうど私位の娘さんと、50代後半位のお母さんで、杖を突いている母を気遣いながら席に着いて、座るなりとても仲良く会話して、楽しそうに笑い合っていました。

そんな2人を見ていて、私はすぐに自分の母を思い出し…目の前の親子を自分達、親子と重ねて、少し寂しく切ない気持で見つめていました。

私と母も、よく色々な場所に遊びに行って、電車ではいつも隣でどうでも良い話に笑い、結構…楽しい親子なのですが、この娘さんみたいに周囲なんか全く気にせず、堂々と、母に優しくできているかと思うと自信がありません。

例えば2人で電車に乗って「電車に乗ったら酒を飲まなね♪」とウキウキ言う母に、恥ずかしさから…そういう時は「場所関係なくいつも飲んどるやん!」と言い、わざと他人のふりをする時があります。

仕事で疲れている母に素直に優しくしてあげる事ができず、つい余計な事を言い口論になる事もあって、家ではケンカしている時の方が多い気がします。(苦笑)

4月には、母の仕事の都合で誘っても一緒には行けませんでしたが、これからも母が元気なうちに、もっとたくさん色々な場所に出かけて、楽しい思い出を作って、「今以上にもっと労って大事にしないと…」とその一緒の電車になった親子から日々の母への感謝の気持ちを学んだようなひと時でした。
posted by あそびと at 09:04| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

盲導犬と共に生きて・パート1〜デイビーからウルマへ〜 下村津代子

<最初の盲導犬、デイビーとは何年ごいっしょだったのでしょうか>
平成15年か平成20年の6年間です。

<とくに印象に残っている思い出は何ですか?>
とにかく私にとって初めての盲導犬でしたから、カワイイ!! の一言でした。最初はふつうのペットとは違い、「冷静」に仕事一筋かな、と思ってたら、家にいるときもピッタリと、いつでも付いて寄り添ってくれることに感動しました。

ただ、少し不安も出てきました。犬は人と同じで性格や相性も違います。訓練センターでいろいろ勉強はしていましたが、いざ自分が盲導犬を連れ自宅から出て行くのは初めてです。

たとえば、私は駅までは地図がだいたい頭の中に入ってますが、デイビーには入っていません。少しずつ体験を積ませ、道を曲がるタイミングなど覚えこませていかなければならないことに責任も感じました。

最初、宮地駅に行って戻ってきたときはホッとして、こんなに大変かなあと思いました。

<別れるときは、どんなお気持ちでしたか>
自分の子どもと別れるような気持ちです。ほんとうにつらかったです。福岡までいくときに涙がとまりませんでした。

デイビーはそんな私を気づかい寄ってくるんです。
別れることなんか何にも知りませんから。最後は、帰りたそうにしているデイビーに、とにかくできるだけ長生きしてねって声をかけてあげました。

<また新たに、次の盲導犬にチャレンジしようと思われたのはなぜですか?>
デイビーといっしょに歩いていて、自分の生活の中に、盲導犬がいないことが考えられなくなっていたんです。いて当たり前という感じですね。それで、まだ自分の体力があるうちはやってみようかと。

<ウルマと出会われて、どんな印象を持たれましたか>
まず、デイビーはブラック、それに雄ですから体も大きかったです。

ウルマはホワイトで雌、手で触ると毛並み、顔形も違います。体が小さいなあというのが一番、感じたことですね。

また性格もちがいますから、当然歩き方も微妙に違います。指示する位置とタイミングなど、少しずつつかんでいるところです。

それから、最初はとてもおてんばで、この頃ようやくおっとりしてきました。(笑)

<最後に、地域を歩いてみられて、どんな感想をお持ちですか>
道路事情があまりよくありませんね。歩道も、ポールが置いてあったり、凹凸が多かったり、電柱が出っ張ってたりで、一人では歩けません。

ヘルパーさんに頼んで、熊本市内まで遠出させてもらっていて、ウルマと一緒に歩くとやっぱり歩きやすいです。ただ、一人で買い物にいけるようになったことは大きいです。盲導犬を通じて他のお客さんとのコミュニケーションも生まれますし。

それでも、私としてはせっかくの盲導犬をもっともっと生かしたいんです。堂々と阿蘇市を歩きたいし、いろんな所へもウルマと一緒に出掛けたいです。

信号等も含め、できるところからでいいですので改善の方をどうかよろしくお願いします。
posted by あそびと at 09:01| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メンバーの近況より〜清子さん編〜

運転バンザイ!!  夢屋よ、ありがとう!!    佐藤清子

「うちの人」ではあまり調子がでない。やっぱり「夫」でいきましょう!!
夫はまもなく75歳になります。ここでやらなければならないことがあります。車の運転をつづけていいかどうかのテストで、法規や運転技術などをパスした後、もみじマークをつけなければなりません。夫は、早くからそれにそなえ、スパッと小さい車に替えています。

そこで良いお話があります。どうしても気になっていた運転技術ですが、それが夢屋の活動をつづけるうちにだんだんと安心できるものにかわってきました。

我が家の出口は長いバックで運転しなければならなくて、娘はサーッといきますが、夫の方はなかなかうまくいかず、何度も前に行ったり、後ろへバックしたりをくりかえします。

ところが夢屋の配達を始めてからは、みちがえるように上手になり、きちんと夢屋の前までバックでやってきます。ぜひ、みなさんに披露したいくらいです。「夢屋よ、ありがとう」です。
posted by あそびと at 08:50| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月21日

皆様のお力で、今年度も無事、終えそうです。ありがとうございます。 「夢屋」代表 宮本誠一

いよいよ平成21年度、最後の「夢屋だより」になりました。
皆様のお力とご協力で今年度も無事終えられることは喜びにたえません。これも日頃より御理解、ご協力いただきパンを買っていただいているお客様、いろんなところで支えてくださっている地域の皆様、行政関係者の方たちのお力の賜物と感謝しております。たいへんありがとうございます。
1月から3月は、まさしく駆け足で過ぎ去っていくようでしたが、最後まで精いっぱい活動でき、16年目へ向けての大きな収穫となりました。
主な夢屋の活動を御報告させていただきます。

1/5 阿蘇神社へ「夢屋」のメンバーで初詣でに行きました。
1/17 『障害者差別を考える集会in 西原』が西原村の地域福祉センター「のぎく荘」であり夢屋からは、中島さん、高倉さん、竹原さん、宮本で参加しました。熊本学園大学教授で弁護士の東 俊裕さんの講演の後、映画『ふるさとをください』が上映されました。
障害者に対する差別をなくすために、差別を禁止する条例を制定する動きが全国的にすすみつつありますが、熊本県でも、条例制定がなされるように、国連の障害者条約の考えをもとに新たな理解を深めていく必要があり、たいへん有意義な勉強会でした。
2/4 「身の丈ボランティアたけのこ」(山鹿市)の足立さん、藤本さんが見学にこられました。
2/6〜14 竹原幸範さん(2/6)を始め、高倉さん(2/8)中島さん(2/12)竹原フキエさん(2/14)とメンバー及び関係者の誕生日がつづき、にぎやかにプレゼント交換がありました。
2/18 池辺美早さんが御両親といっしょに訪ねてこられました。3月から「夢屋」で実習したいとのことです。メンバー皆が自己紹介し、さっそく深雪さんが『みんなマイダーリン』を熱唱し、喜びを表してくれました。
2/23 「野菜ty」に、念願の『旅館業法』の認可証がおり、正式に「簡易宿泊所」として認可されました。今後は、メンバー、スタッフ一丸となって宿泊所運営も行っていこうと考えています。
3/1 山田小から10名の児童( 年生)と1名の職員がやってきて、パンづくりを通じて交流を深めました。
3/6 ふれあいサロン大会(阿蘇市社会福祉協議会主催)に参加しました。
3/25 山田小学校の卒業式の記念ケーキを74個注文を受けました。

4月から、いよいよ「夢屋」も16年目に入ります。今年度入所した小嶋康揮さんを始め、3月から実習に入った池辺美早さんなど、フレッシュな顔ぶれもふえ、ますますにぎやかになっています。蔵原の地域の皆様の支えもあって、気さくにごあいさつする関係になり、うれしいかぎりです。どうか16年目に入る「夢屋」もよろしくお願いいたします。
posted by あそびと at 10:13| 熊本 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

《2倍…3倍…幸せいっぱいの誕生日♪》 中島地利世*

「三十路…三十路…」と騒いだ年から早くも2年が過ぎ2月12日で32才になりました。自分で言うのも図々しい位、最近?神経が図太くなって、当日は朝から「今日は誰かお祝してくれるかな?」とドキドキ…ワクワクと期待の気持ちいっぱいでした。(笑)

【夢屋】に着いたら、深雪さんが「お父さんが用意してくれた」とプレゼントを渡してくれたので、
「やったぁ♪」とすぐ開けたらとても可愛い服だったので、早速…着てみたら皆が「似合うよ」と言ってくれて、照れくさかったけど嬉しかったです。

その後、いつも通りパン作りを始めていると…竹原お爺ちゃんとナホ子さんが外出前にわざわざ寄って下さって「おめでとう!」とお2人からもプレゼントを戴いて、そこからはプレゼントラッシュでした。タクさん、サトミさん・ナオキさんに続いて…ミヤさんからは、面白い手書きメッセージ入りの《鬼ころし》という焼酎と割って飲む為のジュースまでセットでプレゼントして貰えて、失礼ながら…読んで笑ってしまいました。   
最終的にプレゼントの山ですごい事になり、いくら図々しい私でも(笑)こんなにお祝いして貰えるとは思ってなかったので…幸せいっぱいな気持ちになり、おかげ様で午後からの仕事は、いつも以上↑にやる気(元気)が出てきました。

笑顔いっぱいでお得意先にパンを届けたら、今度はお客さんから予想外のプレゼントを戴いて…お祝いの言葉をかけて下さる方もいらしたので「よく覚えてくれているな…」とちょっとビックリしたけど、感謝の気持ちがいっぱいで幸せが2倍になりました。   
配達が終わり家に帰ると、今度は2〜3日前からケンカして冷戦中だった母が「お母さんが悪かった…」と謝りながらプレゼントをくれました。私も「ごめんね」と謝って、珍しく家族が揃ってお祝いをしてくれました。

お母さんからのプレゼントの中身は、欲しかった財布だったので、この春から使おうと思います。たくさんのプレゼントやごちそうを前に、今日みんなから貰ったお祝いのメッセージをアルバム帳に貼りながら、読んだり思い出していたら、二重にも三重にも幸せを感じて夢の様な一日でした。
posted by あそびと at 10:05| 熊本 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ある日の夢屋の風景〜佐藤清子

まっ、なんといつものように配達のパンをとりにいくと、地利世さんのひざを枕にして康揮さんがのびやかにしてるじゃありませんか。地利世さんのやさしさで、康揮さんのほんとうの姿がますますあらわれてきた感じがします。
もう一人の彼女、そう深雪さん……。頬を赤くさせながらいっしょうけんめいにパンの整理に手を出しています。そして、少々まちがってもゆるしている夢屋のメンバーにみなさん。彼女の情熱がそうさせることをみんなわかってるんですね。
いつも何か変わった声がするとコンニチワという調子で立ち上がってくる康揮さん。私も「こんにちは」と言えるようになったのは「夢屋」のおかげです。
そして、我が家の彼……。ついに本気になってくれたパンの配達!!
自分から配達先が書いてあるカードを出して、今日はここばい、カゴは二ついるばいと準備をしてくれ、声をかけてくれます。ほんとうにありがたいと思います。
posted by あそびと at 10:01| 熊本 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょっと耳よりコーナー  N.o14〜委で酒店の巻〜

今回は、夢屋開所以来、パンを買ってくださっているだけでなく、いつも笑顔でメンバーに声をかけてくださっている井手酒店のご夫妻(年美さん、みゆきさん)にお聞きしました。

Q:現在、酒屋さんや新聞販売店などを営んでおられますが、いつ、どのようなきっかけで始められたのでしょうか。
A:新聞屋さんは40年ほど前に、おじいちゃんの人柄を認められ、薦められて始めました。酒屋さんも、35年ほど前に、やはり他人にお世話していただきました。
おじいちゃんの責任感と、他人に対する思いやりが、一番のきっかけではないでしょうか。

Q:違う業種の両立は大変かと思いますが、苦労されている点、またやりがいのある点を教えてください。
A:新聞販売店は、どんな天気でも、また、何があっても休刊日以外はお休みすることができません。お客様が朝から気持ちのよい一日であるように、配達のときに気をつけています。
また、酒屋さんも、お客様が希望される品物をできるだけそろえて、見るだけでも楽しい店内とお酒の品質管理をしています。

Q:仲町通りのお店として、これからの「夢」をお聞かせ下さい。
A:最近は、観光で来てくださるお客様も増えてきました。みんな仲町通りの人たちが一生懸命がんばっています。地元のお客様はもちろん、観光のお客様たちも、「あそこはよかったネ、楽しかったネ、もういっぺん行ってみようかネ」と言われるように、まだまだこれからもみんなで頑張っていきます。

Q:「夢屋」へ、一言お願いします。
A:家内(酒屋や新聞販売)の仕事といっしょで、毎週届けてくれるパン、いつもみんなで美味しくいただいています。先日の真冬の寒い日、支払いのときにふれた手の冷たかったこと、「まあ、冷たい手で頑張っているネ」と声をかけると、笑顔で「いつもありがとうございます」と言葉が返ってきました。「心の中はあたたかいんだなあ」となんかほっとするひとときでした。
これからも寒い日や雨の日、また暑い日、いろいろあると思います。でも『夢屋さんのパン』を待っている人がたくさんいるから頑張って届けてくださいネ。

いつもお会いしていても、笑顔で生き生きと仕事をしておられる井手さん。自分がなかなか「笑顔」も「生き生き」もできないので「すごいなあ」と思います。
仲町通りがますますステキな空間になりますように、いのっています。
posted by あそびと at 09:54| 熊本 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「野菜ty」の簡易宿泊所認可のお知らせです。 」

4月から「野菜ty(のなてぃー)」が簡易宿泊所としてオープンしま〜す。             「野菜ty」担当  竹原ナホ子

「野菜ty」は、1997年(平成9年)、現在、「夢屋」のスタッフである私(当時小学校教員)が、障害者や高齢者の方が、このすばらしい阿蘇でゆっくりしてもらいたいなあという思いで、私費(モチロン借金ですが)でつくりました。(今から思えば、ちょっと無謀だったかも……笑)
この10年、親しい人が阿蘇に遊びに来た際の気軽な宿として、また夢屋のイベント会場として使ってきましたが、一昨年、教員を退職し、この春、正式に簡易宿泊所としての認可を受け、いよいよ念願のライフ・ワークに突入という段取りになりました。
なにせ杉林に囲まれた山の中の一軒家で、テレビもなく、静けさだけは天下一品。日常の喧騒から離れたい方、時間にしばられずぼっーとしたい方、じっくり創作などに没頭されたい方には最適です(一応、ピアノもありますので)。実際、これまでコンサートをされたり泊まられた演奏家から、インスピレーションが湧くという声をいただいたり、代表宮本さんの大学時代のお友達は福祉関係の人が多く、大変気に入って下さり、九州各地から遊びに来られています。
もちろん、この宿の一番の目的は、障害者の「自立」、そして健常者との「共生」ですので、掃除やベッド・メイクや接客は「夢屋」のメンバーたちが行い、新たな「労働」の場の創出としての意味も大きいです。労働センター『おれんじ村』のメンバーの方なども、行楽帰りに何度か泊まられたことがあり、好評でした。ただ、今のところ私も二人の老親の介護の身でして、運営日が毎月、第二、第四の土、日に限られます。本当に申し訳ありません。
お客様には、次の3つの基本プランをご用意させていただいております。お気軽にお声をかけてくださればありがたい限りです。

○素泊まりコース      ……1名様一泊2000円(10名まで宿泊可)
○朝食つき宿泊コース    ……1名様1泊2200円(朝食は「夢屋」のパンをご用意します)
○朝食、夕食つき宿泊コース……1名様1泊4000円〜5000円
(朝食は「夢屋」のパン、夕食は「夢屋」のお隣のオーガニックレストラン『olmo.co
ppia(オルモ・コッピア)』にてご予算に応じたディナー・コースを御用意いたします。
その際、必要であれば、野菜tyからの送迎も致します)
※キッチンの利用は自由です。材料を持ち込んで料理されてもかまいせん。
※入浴は、家庭用の浴室、シャワーしかありません。ゆっくりのんびりと阿蘇地域の温泉施設などを御利用されるのをおすすめします。

「野菜ty」に関しては、夢屋のブログの「野菜tyってどんなとこ?」というカテゴリーに
載せてあります。その他、ご不明の点、御相談されたい点がございましたら、御遠慮なくお電話、もしくはメールをいただければうれしいです。(利用日なども若干の変更は可能です)
何かとゆきとどかない点も多いかと思いますが、お客様にとって素敵な阿蘇の一夜となるよう、精一杯努力していきたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。
☎0967-34-0223(夢屋)
 hppt://asoyumeya.seesaa.net/    mail:aso.yumeya@lemon.plala.or.jp 
posted by あそびと at 09:46| 熊本 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月30日

2009・冬・年末号「夢屋だより」〜代表の挨拶です。

今年も、いろいろお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。
夢屋代表 宮本誠一

一年のしめくくりのご挨拶を書いている今日(12/16)、季節はきちんとひと回りしたようで、阿蘇の山々の頂きや丘陵は雪景色で染まりました。数えれば今年もあとわずか。この一年間も地域の皆様のお力で無事やってこれたことを、ほんとうにうれしく思うとともに、心よりお礼申し上げます。

11/24蔵原には「お薬師さん」と呼ばれる御堂があります。そこに大銀杏があり、冬場は、時間が許す範囲で落ち葉の掃きそうじをメンバーでやっています。すると『薬師講』の日、甘酒やお餅を持ってきていただいただけでなく、お祭りに招待され、お堂の中ですばらしい郷土料理に舌づつみを打たせていただきました。ありがとうございました。

11/30 熊本市内の京町で印刷業(『ドリーム・カンパニー』)を営まれている今村哲雄さんより、メンバー全員の「名刺」を無料でプレゼントしていただきました。今村さんは、『くまもと「狭山事件」を考える住民の会』のメンバーで、11/15の部落解放・熊本県研究集会の報告をしたとき、司会をされた方です。夢屋の活動への支援の意味で、つくっていただきました。ありがとうございました。

12/3 阿蘇市人権フェスティバルが阿蘇市体育館でありました。食パンや菓子パンの販売だけでなく、施設紹介の時間もあり、「夢屋」は全員で参加。深雪さんが『みんなマイダーリン』を熱唱した後、各自の自己紹介や日頃の活動をお話し、好評でした。パンもその後は、あたたかなご理解、ご支援のもとあっという間に完売してしまいました。

12/18 阿蘇市から地域包括支援センター(地域で暮らす高齢者の方を、介護・福祉・健康・医療など様々な面からサポートする機関)の方たちが見学のため、来られました。

12/24 地域活動支援センター『時計台』のクリスマス会に招かれ、「夢屋」オリジナル曲を披露しました。
このように、年末まで地域の方々、そして他の福祉施設や関係者といっしょに歩ませていただいた一年でした。また、康揮さんを始め、メンバー、スタッフも大きな事故もなくやれたことは喜びにたえません。来年も地道に日々の活動を積み重ねていければと考えております。変わらぬご支援、ご理解をどうかよろしくお願いいたします。そして皆様のご健康とご多幸をお祈りいたしております
posted by あそびと at 19:43| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょいと耳より、ご紹介コーナー〜「阿蘇きぼう家」の施設長、湯浅聡子さんに聞きました。

Q:「阿蘇きぼうの家」さんは いつ、誰が、どんな目的でつくられたのでしょうか。
A:平成12年3月28日に阿蘇地域精神障がい者家族の会が、精神障がい者が同じ病気を抱えている仲間と軽作業やレクレーションを通して支えあいながら住み慣れた地域で生活が出来るようにとの思いで作業所を立ち上げられました。熊本県下には「きぼうの家」と名前のつく精神障がい者の作業所が12か所あります。平成18年10月からは自立支援法施行により夢屋さんと同じく作業所から地域活動支援センターへ移行し活動をしております。

Q: 日頃はどんな活動をされているのでしょうか。
A:現在9名の仲間といっしょに、主に内職作業をやっております。
 作業の内容は菓子箱折・化粧品のサンプル詰め・馬油詰め・袋作り・温泉セット詰めを行ております。仕事が空いてる時間を利用してグランドゴルフ・頭の体操・カラオケ・料理教室・話し方教室・手芸等を行いながら皆、仲良く楽しく一日を過ごしております。

Q: 内牧でやっていてよかったなあと思われることはどんなことでしょうか。
A:現在、活動している内牧地区は作業所を立ち上げて以来お世話になっています。全国では精神障がい者の作業所を立ち上げる時に住民反対運動が起こる地域もあると聞いていますが、内牧地区ではそのような事も苦なく、暖かく迎え入れていただいたことに感謝しております。その他にも内職作業を頂いている地元の企業様(エバメール化粧品・なかむら製菓・とり宮・おしま屋・南城苑)には本当に感謝しております。この不況の折、内職仕事を探すことが大変なのですが、企業様より声を掛けていただいた仕事ばかりで、通われているメンバーさんも仕事への意欲が高まっていることを実感いたします。

Q:これから福祉作業として運営の上での展望や「夢」をお聞かせください。
A:政権交代による自立支援法の廃止が叫ばれておりますが、障がいを抱えていても健常者と同じく,住み慣れた地域で生活がしたいというのが皆さんの願いだと考えております。作業所を立ち上げた原点を忘れず、これからは、現在の場所では狭いので少し広いところに移転し、新たな事業拡大と地域交流を目指して「きぼうの家」の名前のように障がい者と健常者が共に支えあいながら働く喜び・生きてる喜びを分かち合い、皆が「きぼう」が持てるような場所になればいいなと考えています。(チョット言い過ぎたかな・(^v^)

Q: 夢屋へ、一言お願いいたします。
A:お互い小さなセンターですが大きな所に「笑い声」は負けてはないと思います。(*^^)v
つらい時・悲しい時と色々ありますが、同じ環境の「夢屋」さんがあることで「阿蘇きぼうの家」も元気をもらって頑張れます。仲間って良いですね。今後ともよろしくお願いいたします。今年も終わりが近づきました。後少し元気に頑張りましょうね。


番外編*「湯浅さんから、メンバーへメッセージも届きました。
  ミユさん :元気に歌って皆のインフルを吹っ飛ばしてください。
  チーさん :皆のお姉さん今年もお疲れ様でした。
  コウキさん:来年もその笑顔で皆を温めてあげてください。
  タクロウさん:毎日、遠くから御苦労さまでした。
  マイさん :メッセージカードの色塗り、お疲れ様でした。
  清子さん :暑い日も寒い日もパンの配達お疲れ様でした。
  ナコさん :ナコさんを見てるだけで、ホッとできる私がいます。
        今年も癒されました。ありがとうございました。
  ミヤさん :今年も終わりますね。合言葉は、無理せず・焦らず・ボチボチで来年もいきましょ

普段の湯浅さんから(誰が見てもカンサイ系なのだ)からは想像もできないていねいなきめ細かな文章をいただき、一同びっくりしているところへ、一人ひとりにメッセージまでいただきました。
湯浅さん、今から少しイメージをかえますね(笑)
今後ともよろしくおねがいいたしま〜す。
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今年は、どんな年〜そして来年の目標は?〜

中島地利世
【夢屋】の日記を入れる為に新しく可愛らしいパソコンを買ってもらった事、《蔵原》に来て初めてお薬師様のお祭りに参加して、《蔵原》の人とたくさん話しする機会があり、その中にとてもおもしろいおじさんがいて楽しかった事、今年も色々な事があった一年間でしたが、その中でも印象に残っているのはするわけない」と思った作文に賞状を戴いて、授業にまで使って頂けるとは…≪青天《内牧小学校》で私の入賞した作文を授業に使って頂けた事です。初めは、「絶対に入賞の霹靂≫です。(笑)
「本人に質問を…」という時間を作って下さり、内牧小学校に行きましたが、せっかく質問して頂いた内容が聞こえなくて、すぐには対応できず宮本さんに通訳してもらいながらの授業だったので、ちょっと情けない気持ちが残ってしまいました。だから、これからもし、また同じ様な機会があった時は、(なかなかない貴重な時間と思いますが)出来る限り可能な場所とかでは、質問してくれている人の側まで行って自分の耳で聞ける人になっていきたいです。来年は、いつも「こうしたい…ああしたい」と目標を立てても実行できた事ないので(笑)特に何も考えず「健康第一」と当たり前の事を思いながら、のんびりマイペースで頑張って…その中から、また新しい何かが出来れば良いなと思っています。

甲斐 誠
○今年は、いろんな国の民族音楽を聴いて楽しかったです。夢屋では、阿蘇ふれあいフェスタのステージで思いっきり歌って、大きな拍手をもらったのがいい思い出です。
(本人より)
○来年は夢屋さんを始め、いろんな場所へ積極的に参加してくれたらなあと思っています。(母より)

竹下 舞
○人から何かをもらうときとか「ちょうだい」とか、「ありがとう」とか、一言が言えるようになってくれたら、もっとっいいかなあと思ってます。(母より)
○こくりと頷いたり、瞼をしっかり開けたり閉じたりして微笑んだり、舞さんなりの挨拶はしてますが、最近は、おやつをあげるときなども一言言ってもらうように工夫してます。来年も、メンバーといっしょに仲良くがんばていきま〜す。(みんなより)

小嶋康揮
「夢屋」さんにもずいぶんなれてきたなあとうれしく思っています。
来年も元気に通ってくれたら、もうそれだけで十分です。
あせらず、少しずつ、次のステップにけたらと思っています(母より)

佐藤清子
顔のシワもなくなるほどに太った私。来年こそはダイエットをがんばります。食事は腹八分目(これはとてもいい感じ)ウォーキングを6キロを60分で歩く!! がんばろう!!

2009年斑入りかえって
井上拓郎
今年1年あっというまに過ぎたような気がします。9月、10月に阿蘇中、一の宮中の研修、碧水小学校の出前授業(パンづくり)、阿蘇市立体育館で文化祭(出し物)をしました。
そして11月に阿蘇高校の文化祭でパンを売って、そのあと、見物をしました。
いろんな展示品がありました。
12月3日に阿蘇市体育館で人権フェスタでパンを売って、講演を聞きました。
とても寒かったです。
毎日、電車の中でお茶を飲みながら本を読んで、帰り(駅舎)で本や新聞を読んでいます。
暑い日、寒い日、雨の日がありました。
<来年の目標>
@本や新聞をもっと読んで、幅を広げたい。
Aなんでもうまくなりたい。
B暑さに、寒さに、雨にも負けず。

高倉深雪
12月3日、阿蘇人権フェスタがたいいくかんでありました。
夢屋のしょうかいをしました。
おきゃくさんにみてもらいました。
市長になげキスをしました。
うれしい顔をしていました。
とてもたのしかったです。
来年はもっとなげキスをしたいです。
posted by あそびと at 19:32| 熊本 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009.冬・年末号 内牧小学校との、地利世さんの作文を使っての人権学習交流の記事です。 千利世さんからのお礼の文章です。

11/2(月)に《内牧小学校》6年1/2組の2クラスで私の入賞作文を使った授業が行われました。その授業の感想文を担任の先生と生徒さんが、本当にたくさんの文章を書いて届けて下さいました。

まず「【夢屋】さんは、(夢)屋だけに、地利世さんや多くの人に《勇気》・《希望》《夢》などをたくさんあたえて、すごい店だなぁと思いました。」と書いてある文章が目に止まり、温かく幸せな気持ちになり、自然と笑み(照れ笑い)をこぼしながら、読み始めました。

中でも特に多かったのは、「中島さんは、つらかった事をお話し出来て強い人だな」と思ったという内容でしたが、私は、「イジメを止めると今度は自分がいじめられると思った…」「見て見ぬふりをしていた」と勇気を持って書いてくれた皆さんの方こそ強いと思ったし、「自分がされて嫌な事は、人にもしてはいけない」「イジメや差別で人生が変わる人がいる」(最悪な場合は自殺も…)と逆の立場での考えや、《子供の頃、イジメをしていた人…》について書いている文章でも、
「今、その人達は、どんな大人になっているのだろうか?」とか
「大人になって、障害者を差別しない人になっていてほしいと思います。」
と書いてある事が素晴らしくてとても感動しました。

そして何よりも、私にとって【夢屋】という、支えてくれる存在がどんなに大切な場所で生き甲斐を感じているかという重要な事が皆さんに伝わっていた事がわかる《お手紙》でその事が一番!嬉しかったです。
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2009.冬・年末号 内牧小学校との、地利世さんの作文を使っての人権学習交流の記事です。

11/2、内牧小6年生での地利世さんの作文を使った人権授業をより豊かなものにするため、彼女に質問する形で、「人権」や「差別」について考え、深めあう時間をつくっていただきました。その後11/11に、授業研究会はあり、児童の皆さんから地利世さんへお礼を込め、たくさんの感想をいただきました。今回は、ご指導された先生のお手紙をこの場を借り、ご紹介させていただきます。
ほんとうにありがとうございました。
そしておつかれさまでした。


中島様、夢屋の皆様へ 
6年1組担任 鴨川 司
寒冷の候、中島様、夢屋の皆様におかれましては、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。さて、この度は、子どもたちの人権学習にあたり、中島さんの作文から学ばせていただいたり、貴重なお話を聞かせていただいたり、本当にありがとうございました。生涯を通して、子どもたちの心に残る素晴らしい出会いだったと思います。
去る11月11日(水)は、夢屋さんを題材に阿蘇市の授業研究会を行いました。多くの先生方の前で中島さん、夢屋さんに学んだことをさらに深めることができたと思います。この授業以来、仲間を大切にしようとする雰囲気を子どもたちから感じることができます。
夢屋さんのような仲間になるには、まだまだ時間を必要としますが、この授業を通して、目指す仲間像を意識することができたのではないかと思います。
「夢屋」とはどんな仲間なのか。子どもたちなりに考えたものを常に教室に掲示し、いつも意識できるようにしています。私にとっても素晴らしい出会いとなりました。本当にありがとうございました。(2009.12月15日)
                 
6年2組担任 時松 俊英 
時折吹きつける冷たい風に、冬がもうすぐそこに来ていることを感じます。
夢の皆様を始め、中島様におかれましては、お元気に明るくおいしいパン作りに励まれていることと拝察いたします。
先日は、内牧小6年生のためにご来校頂き、貴重なお話を聞かせてくださり、本当にありがとうございました。子どもたちも中島さんの作文に心を動かされ、多くのことを自問自答したり、仲間について考えたりと素晴らしい出会いをさせていただいたと思います。
私自身もお話の中で、学校でのつらい毎日の中、先生の無理解や無関心に非常に腹が立つと同時に、学校が中島さんを人間不信にしていったことを知り、申し訳ない気持ちで一杯になりました。本当にごめんなさい。中島さんがお話してくださったことに応えるために私ができることは、まず中島さんのような思いをする子どもを絶対に出さないことだと思います。そして中島さんや夢屋の皆さんから学んだことを自分自身の生き方につなげ、行動に移していくことだと思います。
これから寒くなってきますが、お体にお気をつけて、益々ご活躍されることを心からお祈り申し上げます。本当にありがとうございました。(2009.11月16日
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2009年11月21日

2009.夢屋だより秋号〜代表のあいさつ

おかげさまで、皆様のお力で実り多き収穫の秋を迎えさせていただきました。
心より、お礼申し上げます。     夢屋代表 宮本 誠一

周囲を見渡すと、早くも木々の葉が色づき、大地には初霜と、阿蘇の山々は冬を待つばかりといったところです。時のうつろう早さにただただ呆然とするばかりですが、皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。さて、9月から11月まで「夢屋」も様々な行事、イベントに参画してまいりました。この場をかり、ご紹介させていただきたいと思います。
9/12〜10/24 宮本が、阿蘇市読書感想文コンクールの審査委員として市長賞や教育長賞の選出にあたる。
9/14.15.16 阿蘇中学生徒(1名)が、職場体験。
9/30 セーフティクラブ刀川哲也さんを介し、白井典子さんから『典子は、今』DVDを頂く。
10/5.6.7 一の宮中学生徒(1名)が、職場体験。
10/7 熊本県人権同和政策課主催の人権学習研修会(司ビラパークホテル)でパン販売。
10/9 阿蘇高校JRCの学生が、文化祭での夢屋出店に向けての準備のため来訪。その際、小学校時から交流学習で知り合っていた学生とも再会し、なつかしむ。
10/19 碧水小学校の2年生とパンづくりの交流学習。
10/22 部落解放第23回熊本県研究集会のレポート発表に向け、宮本が県福祉センターで打ち合わせ。
10/26.27.28 阿蘇北中学生徒(2名)が、職場体験。
10/24 阿蘇市図書館まつりに審査員として宮本出席。
10/24 阿蘇ふれあいフェスタのステージで歌(『みんなマイダーリン』『坂道』『花』)を披露。手話や演奏(トライアングル、すず、タンバリン、ピアノ、ギター)も交え、大好評。
10/30 農業を営む近所の理解者や、熊本パイロットクラブのメンバー様より、お米の寄贈。
11/2 中島地利世の作文を使って内牧小学校6年生が人権学習の授業を行うことになり、本人に質問する形で、事前授業を実施。夢屋の理解と親交を深める。
11/4 阿蘇中学校から職場体験のお礼状をもって来訪(生徒1名、職員2名)。
11/7 阿蘇高校文化祭にてパンや本の販売。
11/10 内牧小学校「しいのみ学級」の児童が夢屋に来て、パンづくりなどで交流。
11/14.15 部落解放第23回熊本県研究集会(第3分科会)で、夢屋の実践をレポート発表。メンバー、スタッフも参加し、活発な論議が飛び交う。
以上のように、実りの秋にふさわしい収穫をたくさんいただいた3か月でした。とくに地利世さんの作文を、地元小学校の人権学習で使っていただいたことは、地域教材の掘り起こしという点に加え、何より生徒一人一人との交流が本来の夢屋運営の目的でもある「共生」という視点で深まりをもったことを実感でき、改めて日々の積み重ねの大事さを噛みしめた思いでした。
これからも、「地域の夢屋、阿蘇市の夢屋」を合言葉に、市民の皆様とともに歩んでいけたらと思っております。どうかご支援、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
posted by あそびと at 12:04| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょいと耳より・ご紹介コーナー〜NO.12/松谷文華堂さんの巻〜

今回は、内牧の市立体育館の入口にある松谷文華堂のご主人、松谷亮さんです。
忙しい中、快くインタビューに答えてくださいました。ありがとうございました。


Q:現在のお店の歴史をかんたんに教えてください。
A:創業は明治32年4月(1899年)です。
初代は松谷伊八郎(元内牧小訓導)です。学制発布による教科書供給業務の文部省からの依頼によって、筆墨商として現在地(旧内牧小の学校門の入り口)にて始まりました。
私は四代目です。その間、場所は2回移転、店舗改築、新築も5回しております。

Q:現在まで受け継がれている経営のモットーは何ですか。
A:三方よし!!(作り手よし、売り手よし、買い手よし!!)
松谷文華堂に関係された方に感謝されるように頑張っています。

Q:今回出版された菊池や阿蘇の古い写真集もそうですが、店内には地域の出版物、小物なども置かれています。松谷さんにとって「地域」とは何ですか?
A:自分がつながっている大事な場所です。みなさんの手と手がつながっているすばらしい場所です。

Q:地元の若者たちへ、一言お願いします。
A:阿蘇を誇りに、いろんな場所で誉めてください!!

Q:最後に、「夢屋」へも一言お願いします。
A:いつもおいしいパンをありがとうございます。
おいしいパンとおいしいコーヒーで、いつも私は幸せになります!!

※とにかく「物識(ものし)り」……。どんな話題にも、深く広い知識をお持ちの松谷さん。とくに心身の「健康」に関することは、くわしく、心身に悩みのある方は、相談されてはどうでしょうか?(あ、「忙しいのに勝手にそんなこと言ってー」と怒られそう〜
posted by あそびと at 12:01| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「大嫌いだった歯医者=通い」〜2009年11月〜*中島地利世*

私にとっては、食欲の秋(笑)がやってまいりました。今年の秋は、今までとは食欲が
ちょっと違います…何故なら長年苦しんで来た虫歯が一本も無くなったからです。
(子供の時の治療がトラウマになり、恐怖心から放置していた自業自得なのですが…(苦笑))
虫歯が疼いている時は、「今度こそ治療に!」と行く決心まではするのですが、一時抑えの薬でごまかしたり、水や冷えたタオルでひやしたり…と、あの手この手で痛みが治まるとなかなか行こうとせず、
「まぁ..いつかは..」
とついつい避けて見て見ぬふりをして来ました。
ところが、今年の初めからは今までのような痛みとは違い、毎晩眠れない程の激痛が続き、一番ひどかった時は、まだ寒い2月の終わり頃で「このまま死ぬんじゃないだろうか!?」
という位、つらかったです。
その結果、朝になって目の下あたりがむくんでいるような気がして、鏡で顔を見てみると、見事に「おたふく風邪」の時の様に腫れ上がっていました。さすがに「いよいよ、行かなんなぁ…」と渋々、歯医者に予約して治療に通い始めました。私が「ここだ!」と決めた運命の歯医者《高森歯科医院》は、普通の診察室と特診室という部屋に分かれていて「特診室ってどんな治療を…」と怖いイメージがあってビクビクしていたら、よりによって特診察室のドアが開いて「中島さん」と呼ばれたので、頭の中はパニック状態になったままで中に入りました。
担当の先生が来て自己紹介を済ませたら、私の顔を見るなり
「すごいですね!」
と驚かれて、
「今の中島さんの状態を、これ以上ほっとくとこんな感じになるところだったですよ」
ともっとひどくなった時の写真を見せてもらって、
「この写真以上にほっとくと、最悪の場合は命にもかかわります」
と言われて、本当に「何でこうなるまで…」とゾッとしました。
「ぼくも歯医者は嫌です…自分の治療となると出来れば行きたくないと思います…でも、ここで勇気をだして来てくれた中島さんを全力で応援したいです」
と言って下さって、歯医者さんなのに
「行きたくない」
とか(笑)変わった先生ですねと言うと
「よく言われます」と、とても素敵な満面の笑顔で返って来ました。「リラックスが一番」
という言葉が口癖の先生でした。私にも「歯医者に来ていると思わないで下さい」とよく精神的に落ち着かせてくれました。これからの治療方法とだいたいの期間などを話し合って、いざ治療に入ると全く痛くなくて
「私が今まで抱いていた、歯医者に対する恐怖心は何だったんだ!?」
と拍子抜けしました。
最初の予定では週1の予約で2ヵ月で完治する予定でしたが、予想以上に虫歯が多くて…全部の歯が完治するまでには、9月半ばまで(約7ヵ月も)、かかってしまいました。
治療最終日には
「本当にお疲れ様でした」
「よく頑張られましたね」
と先生や看護婦さんに言ってもらえて、自分でも不思議な事なんですが「もう来なくて良いんだな…」
と思うとホッとするはずが、ちょっと《寂しい》気持ちになりました。諦めていた穴だらけの酷い歯をキレイにして頂いて、私が最後まで続ける事ができる様に、いつもふざけたり冗談ばかりを言い精神面で支えて下さって先生に本当に感謝しています。
「こんなに楽しい歯医者さんなら、怖がらずにもっと早くから行けば良かったなぁ」
と思いました。
posted by あそびと at 11:52| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

清子の夫婦二人三脚  〜車での配達編〜

「俺がかせするたい」で始まった2人ずれのパン配達は楽しい!! が、初めのころ助手席にのった私には車の運転が少しおかしいと思った。何か前の運転とは違っていた。
車の事故をおこし、代車がきてからの運転はぎきしゃくするのは当たり前だが、自分の車に乗っているのにこんなんでは、事故の衝撃はまだ残っていたのだろうか。一週間に一度しか乗らないのが原因か? でも私は黙っていた。いつか自分でわかると思った。
 そのうち悩みは消えた。パン配達ではなかなかむずかしい場所もあるが、ちゃんとUターンして私がすぐに乗りやすくしてくれ、ありがたいと思った。
鼻歌も出てきて、まっすぐな道路は気分よく運転しだし、前のように飛ばすところは飛ばすし、スーッと止まって、スーッと出発!! 配達さまさま、でありがたいのだが、もう一つありがたついでにお話しします。
夫はパソコン大好きで、仕事なのか遊んでいるのか、一日中、パソコンのある洋間にひたっている。
それは目にも悪いし、体にも悪いといつも思う。
それが夢屋のパンを火、木、金の午後配達することで、ずいぶん改善されています。
そんなチャンスをつくってくれた夢屋さんにまたまた感謝であります。
posted by あそびと at 11:47| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コウキ&マイ日記   〜by チー

10月21日・水曜日(晴れ)
今日は、コウキ君もいつも通りみんなと一緒にミヤさんの車で来ました。
24日の《阿蘇フェスタ》本番に向けて、いよいよ楽器も揃いみんなで軽くカチャカチャ鳴らしていると、コウキ君も目を丸くし興味を示して軽く立ち上がったり、ノリノリで体を揺らしたりして気持ち良さそうでした。しばらくするとマイちゃんも来て、家の中に入った途端、早速ぬりえを自分から求めるようになり「感謝カード」をどんどん塗っていってくれます。
午後からは、みんなで「野菜ティー」に行きました。【夢屋】だと、楽器がうるさくて本格的な練習ができないので山の家「野菜ティー」で練習する為です。マイちゃんもコウキ君も、久しぶりに来たので目をキョロキョロ不思議そうにしていました。練習が始まるとコウキ君は、また「ん〜はっ!」と叫びながら、満面の笑顔で喜んでいました。マイちゃんもスッと立ち上がって、気分が良いのかみんなの所に来て、笑っていました。一通りの練習が終わって、休憩にアイスが出ると今まで以上に元気で機嫌が良くなったのは、言うまでもなく、ミユさんとマイちゃんでした。(笑)
posted by あそびと at 11:45| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月27日

2009「夢屋だより・夏号」メンバーからのおたよりです。

《作文〜優秀賞を受賞…その後》…中島地利世…
ちょうど今から一年程前、とても暑い中…みんなで汗だくになりながら書いた作文。

私が書いた文章は、まさかの優秀賞!

「阿蘇市/情報課」秦 美保子さんのご協力を得て、地域の広報にも載せて頂きました。1ページ丸ごと使って頂いた広報を発行後、周囲の人の目がガラッと急変(笑)

【夢屋】の事を知って下さっている方や、知らない人達からも、「広報を見たよ」と
たくさんのお祝いの言葉をかけて頂いて「せっかく同じ地域に住んでいるんだからね、もったいないからどんどん話して…もっと親しくなりましょうよ」「何かあったら、いつでも気軽に遊びにおいでよ」など、とても嬉しい事を言って下さる方もいました。

他にも、あるコンビニへ買い物に行った時、一人の店員さんが
「広報に載っていましたね!おめでとうございます」
と言って下さって…それ以来レジに行く度に、ちゃんと商品を指差して「こちら、温めますか?」
とか
「お箸は、何本つけましょうか?」
と指で数を示して…ゆっくり大きめの声で私に聞こえているか確認しながら対応して貰えるようになり、今まではそんな風にレジで言われていた事が聞きづらい思いをしていたので、おかげ様で困る事が一つもなくなり、とてもありがたく助かっています。

最近では「御田祭り」というお祭りがあり、そこでもやはり広報の力は強く
「作文の事で載っていた人でしょう?」
と聞かれ、何とリンゴ飴をプレゼントして頂きました。

「そんな事があったんだね」「つらかったね」「夢屋さんと出会えて本当に良かったね」
そんな風に心温まる事をたくさんの方に言って頂き、作文をキッカケに多くの人とつながり「中島地利世」という存在を知って貰えた事は貴重な体験だと思っています。

一つだけ心残りがあるとすれば、広報記事の最後にもう一言「彼氏募集中」という事も「書いてもらえば良かったね」なんて冗談で【夢屋】の皆で話しています。(笑)
posted by あそびと at 09:39| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メンバーからのおたよりです。


コウキさんといっしょに。          佐藤 清子

コウキさんが夢屋に来るようになって5か月!! 
夢屋が、ますますやさしい所に思えてきた。
私は、コウキさんといつか握手をしようと思っていた。
そのときがきた!!
じっと私を見るコウキさんのやさしい手から、やさしさをもらい、私は思わず、右手をぎゅっとにぎりしめた。
コウキさん、がんばろうね!!


posted by あそびと at 09:29| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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