2007年07月05日

長崎市在住で『九州文学』編集委員であり作家である江口宣さんから感想をいただきました。

今年の梅雨は、気性が荒いようですが、これも異常気象のせいでしょうか。だとすると、原因は地球温暖化ということになり気性が荒いのはガイアの神の怒りの現われかもしれませんね。

その後いかがお過ごしでしょうか。小生はやや体調を崩しており、仕事を休みがちになっております。

昨日、貴君の小説集「トライトーン」を読ませていただきました。たいへん面白くて、昨日の午後、いっきに読んでしまいました。小生も長く小説を書いたり読んだりしてきましたので、どうしても他人の作品にかぎっては、欠点が見えてしまうのですが、「トライトーン」にも、わずかですが、瑕疵と見えるものがありました。はじめに、そのことを申し上げておいたほうが良いと思い、書いておきます。それは、ときおり視点に不用意なぶれがあること、場面の転換が判りづらいところがあること、もうひとつは情景あるいは光景が浮かばないことがあること、の三点、それだけです。

ですが、そんなものは吹きとんでしまうほどの、よい小説でした。作品にみなぎるものは、登場人物と作者との、微妙な間合いのようなもの、あえて言うなら「愛」としか表現できないようなものに満たされていることでした。作品全体を染める、「宮本的愛の色調」ですね。貴君が描こうとしている人物は同時に、作品の中で「おれを見てくれ」と、叫んでいるようではないですか。生きることへの、ひたむきさ、その無心な思考と行為に、小生のように生きることに迷いつづけてきた、不甲斐ない男は、たわいなく感動してしまうのです。まったく良い小説を読みました。表現する者が、基本として胸に持たねばならないものを、貴君はたしかに抱いておられる。理屈抜きの愛だと、小生は、理解いたします。ひょっとすると、自分がそうであったかもしれない、さまざまな障害を抱えた人々への関心と愛、言い方を変えれば、なんだか申し訳ないような気持ち。また、自分の生き方に対して、その規範、あるいは物差しにたいして、常に懐疑的であることを迫るかれらの姿は、人間とは何かとか、どこへ行くのかとか、そうした根源的な問いを発して止まないのです。

本の扉の裏に書いていただいた献辞に「境界なき世界へ」とありましたが、貴君は覚えていらっしゃいますか。小生は、まずはじめに、この言葉に深く頷いております。なぜかと言えば、このところずっと考えていたことのひとつが、人間は道徳的な面ではあまり進化しないものなのではないかという、単純な疑問なのです。倫理はDNAにとって不要なのでしょうか。科学は、つねに利益や殺人のために、あるいはその効率化のために、巧みに利用されてきました。人間が人間を殺すことは、場合によっては許されるというのが、世界のコンセンサスです。その目的のために、核を使おうが、細菌をつかおうが、構わないのです。歴史にのこる、無数の残虐な大量虐殺は、すこしも後世の人間の戒めにはならずに、現在もさらに大量虐殺の準備が進められています。

なぜなのか、科学は進化するけれど、倫理は進化しない。この根本の部分に、人間の個別化があるのではと、思い始めたところなのです。肉体に閉じ込められた魂と、言ってしまえば神秘主義者のようですが、どんな権力者も孤独なのです。皮膚一枚の外は、警戒すべき外界なのです。他者と自身との境界に拘る者こそ、倫理を蔑ろにしてでも、つまり他者を殺戮してでも、自身を守ろう、あるいは勝者としてさらに自身の安全を図ろうとするのではないでしょうか。隣人を愛せよと、言ったイエスの言葉の意味を、小生はそんなふうに捉えるようになりました。他者との、無意味な境界を作るな、と。

さてさて、無意味な話をしてしまったかもしれません。つい、貴君の小説の感動の波に乗せられてしまい、ぶしつけにも砂浜に乗りあげてしまったようです。「境界なき世界へ」、でもどうやって・・・。それをともに考えていけたらいいですね。

                             江口宣

宮本誠一 さま

二〇〇七年七月四日

2007年07月01日

児童文学者、丘修三さんから励ましのメッセージをいただきました。ありがとうございました。

ミヤさんこと宮本誠一さんは熊本の阿蘇で障害者と共にパンを焼いている作業所の代表です。仕事が終わると小説を書いています。

ミヤさん、「トライトーン」(短編集)拝見しました。

なかなかのものです。

熊本で拝見した児童文学より、こちらの方が断じて良い。

あなたの思いが思いっきり出ています。

三つの短編のうち、私は最後の作品「水色の川」が一番作品としての完成度が高いように思いました。

最近作の「トライトーン」も三人の登場人物のトーンが三人三様でなかなか面白かったが、ちょっと創りすぎましたかね。

跡部なる人物が自宅へ尋ねてくるくだりなど、いったい何が始まるのか、この人物は何者か、ミステリアスな展開で読ませました。

施設を切り盛りしながら、之だけの作品を書くというのは並々ならぬ努力だろうと思います。

しかも、一級のレベルです。

こういう作品世界は一般の人に目に付きにくいけれど、一般の人に読んでもらいたい。

あなたはこの道でいきなさい。

力量十分です。期待していますよ。

この欄をご覧になっている方へのご案内。

宮本誠一「トライトーン」お奨めします。
熊本県阿蘇市一ノ宮宮地1950 作業所「夢屋」電話0967−22−3372 へ問い合わせください。
2007/6/28 10:41


丘修三さんは、児童文学の名作『ぼくのお姉さん』を書かれた熊本県出身の作家です。


遠く離れた場所から、敬愛する作家丘修三さんから、こんなメッセージをいただけるなんて、ほんとうにうれしいかぎりです。
これからも、自分なりに、日々、努力していきたいと思います。

2007年01月17日

大阪のMさんから、ご丁寧な感想をいただきました。ありがとうございました。

本を受け取りました。
ハガキとともに、たいへんありがとうございます。
初めて『トライトーン』を読んだとき、作者はエバタのような障害を持たれた方と、勝手に思っていたので、正直、びっくりしています。
まだ書くことには教えてもらいたい身の私でよければ、思うままに書いてみます。

文体が読みやすく、自然なので、入ってゆきやすかったです。

なぜ?
と考えてみると、エバタとモン、二人の圧倒的な個性が、この作品の魅力と思います。
仕事をしながら、障害者の駐車場を守ろうとする何か、必死なエバタは、心の動揺をかくしながら、しっかり行動していく生き方に共感を覚えながら、涙ぐましい。
モンは、もっと素直で、かわいい。
シマウマを見て、「アフリカサン」と言えるような、子どものような心の表現をおしみなくする。

木須という二重人格のような青年がストーカーや、いきなりエバタの家を訪ねるなど、たいへんびっくりした。怒りをおさえられず、行動する。エバタにわざわざいやらしい報復をする。
こんな人もめずらしいけど、何か、そうする彼の背後にはどんな現実があるのかと、考えさせられます。

ストーリーが、思わず急ピッチですすめられます。

エバタが園の中でたてこもる事件の前に、栄光園というところがどんなひどいのか、小さなエピソードがあれば、彼の反逆する理由がわかるのでは?
「自己コントロール」という言葉を、園の中で平気で言う。職員が自分のためにつくった言葉なのか、園の中で障害者同士の差別があるためなのかが、わからない。
意味深い言葉なので、なぜこんな言葉が出てくるのか?
同時に、園の中では人が人をおさえつける、よく見えない矛盾を感じます。
描写する対象を、作者なりによくとらえ、文章にしているのは、うまいと思います。

最後の方の「採光だけは考慮されているのか・・・・鳴り響く」「ベランダに面したガラスの・・・・立像を映し出す」
というところ、よく描けています。

ただ、私にはよくわかりませんが、こられのシーンは、遠くで落ち着き、正確で繊細な作者の目を感じてしまう。

作者と主人公のエバタはちがう人間である。

作者はエバタの声を聞かなくてはならない。

エバタの目を通した描写、エバタが本当にそう感じ、見ていたのか?
なぜか、作者がそう見えた文章のように思えます。
それがいいか、悪いとかはわかりません。
私なりの疑問です。

現代は人と人との関係が遮断せされ、生きる意味がわかりにくい。
生きにくい世の中だと感じています。
日常的にそう感じる私は、作品のテーマも、すこしうつで、心弱い脆弱な自分の姿です。

私なりの感想なので、えらそうでしたらすみません。
また、これからもどうぞよろしくおねがいします。
感想がだいぶかんちがいしてましたら、また教えてください。
他の作品は、またゆっくり読ませていただきます。

2006年12月21日

『べこべこべー33号』にのせていただいた『トライトーン』の紹介文です。Aさん、大阪の地よりありがとうございます。

九州阿蘇のミヤさんから本を送って頂いた。
『トライトーン』というタイトルの本で、べこべこべー30号に載せた作品を書き直したものと、部落解放文学賞での入選作の「真夜中の列車」「水色の川」の三部作よりなっています。

いい作品集だと思います。

同時間、同時代を生きるミヤさんの作品集です。
文学の可能性をもっています。

2006年12月20日

高森の仙人さんからお便りをいただきました。

「トライトーン」読ませていただきました。

言葉の表現がとっても豊かで、楽しく読ませていただきました。

人の心の動きを言葉巧みに表現してあり、知らず知らず吸い込まれていきます。
たとえば、人名などはおもしろいものがありました。

私などは、田畑、自然、野山で生きている者で、単純、素朴な中での暮らしですので、いつもだったら今の新しい表現にはなかなかついていけないのですが、それでもけっこうスムーズに読ませていただきました。

あっちにぶつかり、こっちにぶつかりしながら、人間の生き様を描いておられ、悪戦苦闘の様子がひしひしと伝わってきました。

2006年12月12日

東北大学のW教授からお便りをいただきました。

仙台のWです。
「トライトーン」読ませて頂きました。
すんなり読めて、楽しかっです。
ただ、登場人物の「跡部信一」が自分の名前と一字違いなのには、ちょっと驚きました。
これからも、小説を書き続けて下さい。

Posted by Wより at 2006年12月12日 12:19

2006年12月11日

スティックを忘れたドラマーさんからお便りをいただきました。

福祉作業所に勤務している者です。

読みながら、「そうだよなあ」とうなずいたり、「くそっ!!」と頭にきたり、自分の見てきた現場と重なり、ついつい力が入ってしまいました。

私の周りにはあんまり本を読む人がいなくて、ホントちょっと情けないんですけど、ぜひぜひ、この本はすすめてみたいと思います。

冬空の北斗七星さんから感想をいただきました。

「トライトーン」読ませていただきました。

読み終わって、今も心にひびいている言葉があります。
「乗り合わせてしまった」
という言葉です。

夫がリストラで退職し、再就職の道もなく、毎日が日曜日の日々が3ヶ月ほどつづいていますが、ブラブラしている不機嫌な夫とのくらしは、何か息がつまります。

「熟年離婚」の話題が最近、またさかんですが、うちはそんな半分にできるほどの退職金もなし、フーッとため息ばかりついているときに、この言葉「乗り合わせてしまった・・・・」

ミヤさんは、「乗り合わせてしまったのだから、あきらめなさい」と言っておられるのか、いえ、どうもそんなことでもなさそうだし・・・・・。

頭の中でいろんな思いがめぐりました。

あーでもない、こーでもないと、しばらくは人とひととの出会いについて、考えてみようと思います。
そしてそんな本に出会ったことに感謝!!です。
(夫にも少しはやさしくなれるかも・・・・?笑)

ありがとうございました。

2006年12月01日

マツダじゃじゃ馬さんからお便りをいただきました。

『トライトーン』読ませていただきました。
私も日ごろ、「障害」のある子どもたちとかかわる身で、「障害」とは何ぞやという疑問がいつも頭から離れません。
そのような中で、ミヤさんの御本を興味深く読ませてもらいました。
一番心に残りましたことは、地域ではモチロン、この学校にもはびこっている「障害」者観と『トライトーン』の中に描かれているそれとはずいぶん違うなあということでした。
小説の中の「障害者」は生き生きとたくましく、プライドを持ち、「同情」など寄せ付けない強さと「人間らしい」感性をもっていました。
モチロン、現実の「障害者」も本当はそうありたいと思っているでしょう。
でも、私たち「健常者」が自分達に都合のいいように飼いならしてしまったのではないかと気づかされました。
この本とめぐりあい、また、初心に返って、新たな気持ちで目の前の子どもたちとかかわっていきたいと思います。
ありがとうございました。

2006年11月23日

『べこべこべー』発行者、Aさんから感想をいただきました。

『トライトーン』遅くなりましたが、読みました。「トライトーン」作品としての完成度は高いものに思いました。
登場する人物、また、作者が水平的な位置にいて、どの人たちにも、目配せが効いていて、小説としていい出来だとぼくには思えました。
この作品のなかで特に重要な人物は間違いなく木須でしょう。
彼自身、心のどこかに傷があるのでしょう、その傷はもしかしたら、スメルジャコフとか、『青年の輪』の田口とどこか通じるものがあり、
人が人として存在する根底的なところから発するものがあるのではないでしょうか。
いや、木須だけではなく、エバタ、モンもいい。根源というかラジカルというか、中途半端なところで存在しているのではない人物たち。
いい小説を読めたなと思っています。
「水色の川」釘崎の電話はすこし唐突だなという思いがしました。もっと長く釘崎や里美を描く必要があるように思いました。
「真夜中の列車」京子のことがもっとみたいのだが、木村の視点にこだわりすぎたのかもしれません。カットバックも少し唐突に感じました。
列車に乗り合わせてしまったですか。もっと、即物的に列車とか、駅舎を描いたほうがイメージにのこったようにおもえました。
これからも小説読ませてください。
寒くなります。夢屋のみなさまも体に気をつけてください。ナコさんにもよろしく。

Aより

2006年11月18日

解放新聞で書評欄を担当されているYさんからのお便りです。

『トライトーン』拝受。
ありがとうございます。
文学賞実行委員会の事務局Mさんから送っていただきました。

Aさんの方から「出版されるそうです」とチラッと聞いていたことを思い出しました。
解放新聞紙上で紹介しようかと思いますが、よろしいでしょうか。

あとがきにかかれている「人を信じる力」に心を動かされました。
またお会いできるといいですね。

2006年11月16日

熊本学園大学のH教授から、お礼のお便りをいただきました。

Hです。
『トライトーン』送りいただきありがとうございました。のりも大きにです。
読んでからお返事と思っていたのですが、遅くなりそうなのでとりあえず、御恵贈の御礼。

文人だとはお聞きしており、解放文学賞受賞も知ってはおりましたが、本まで出してしまうとは、近くにいる人がこういう作品をものにされるのはうれしいですね。

私も若い頃は、文学に魅かれて、新日本文学会の読書会なんていうのに顔を出したりしていました。その頃小品をいくつか書いていたのですがどこに行ったやら。
労働センターの方ですが、大変です。
継続就労支援授業A型(雇用型)に移行しようと検討中です。
移転先は見つけないといけないし、仕事・事業を拡大しないといけないし、お金も必要だし。。。。

アンダギーだけでは無理なので新規事業を考えております。
障害を持つ人の働く場ということについてまた話す機会があるといいですね。
というよりも、私自身、まだ夢やさんにお邪魔したことすらないのです。
時間のあるときに顔を出したいと思っています。

とりあえずお礼まで。--

2006年11月12日

おおづよごさんから、感想をいただきました。

11/2にトライトーンと出会った者です。

トライトーン、読みました。

「がんばれ」という言葉、普段の障害児とのかかわりの中でよく使ってしまっている言葉だったな、とか、もし自分が木村だったら、殴りかかったトオルに何と言い、車に乗せただろうか、とか、孔のつばはきに対して自分はどんな対応をするだろうかなど、日々のかかわりを振り返り、考えさせられました。

また、「あとがき」を読んで感じたことですが、普段私は、きっとできると信じる思い、そして、実際に相手ができた時、その時こそ、お互いに喜びを共有しあい、よりよい関係が築かれる瞬間ではないかと思っています。しかし、「信じる思い」のみでは、相手は負担?になることもあるでしょうし、もしくは相手が「できた喜び」を感じていても、一方では「当たり前?」程度しか感じられていない時には、何も生まれてこないのではないでしょうか。(しかし、私の場合、実際の日常生活の中で、このような場面がきっとたくさん起きていることでしょうが)片方だけでは成り立たない、だから「コミュニケーション」なのかな、と思いました。そして、言葉では簡単に言い表せても、実際は奥が深い、「偉大」なものだなと感じました。

ぜひ、職場でも「トライトーン」を紹介したいと思いました。
Posted by おおづよ at 2006年11月11日 00:17

2006年11月10日

児童文学者、 さねとうあきらさんからのお便りです。

『トライトーン』をご恵贈くださいましてありがとうございます。
一気に読了。
モンやトオル、樋口孔の存在、強烈に灼きつきました。
坂田と夕子の関係も切ないものがあります。
久しく体感することのなかった怒り、悲しみ、口惜しさ、空しさがドロドロ渦巻く、まれにみる迫真力でした。
それでも『希望』めいたものが点滅するのは、作者の姿勢(思想)の確かさでしょうか。
凄い本だと思います。
これからは、「社会的認知」を獲得するための厳しい闘いが予想されますが、共に力をあわせて・・・・・。

2006年11月09日

部落解放文学賞実行委員会の事務局、Mさんからのお便りです。

早速、本をお送りいただきありがとうございます。
ミヤさんが、あとがきに書かれている「信じる力」は、とても大切だと思います。
私自身、子育てのときから心がけていることですが、なかなか、たいへんです。
人は、信じられていると思うと元気がでて、勇気がわき、人にたいしてやさしくなれると思います。
これからも、「信じる力」をもちつづけたいと思います。

ミヤさんは、「夢屋」で経た年月分、自身も日々成長され、すてきな作品を描かれています。
いつまでもパワー溢れるミヤさんでいてください!
なんだか、脈略のない手紙になりましたが、お許しください。

では、お身体はくれぐれもご自愛ください。                         
                           

2006年11月06日

一年半前、「トライトーン」を掲載していただいた大阪の個人誌『べこべこベー』の発行者、Aさんからのお便りです。

『トライトーン』受け取りました。
ありがとうございます。
これから読ませてもらいます。
装丁をふくめて、いい本ですね。
ぼくのほうはなんやかやと時間が流れていっています。
ただ、9月にぼくより歳若い友人が亡くなり、いろいろと考えることがありました。
べこべこべーの次号では、彼の最期の歌をのせる予定です。
そちらを訪れて、一年以上になりますが、みなさんのあたたかいもてなし、今も心に残っています。
また、夢のような阿蘇の山中の彷徨も。
そうそう、『トライトーン』ミヤさんの名前ではなく、障害児・者と共に生きる作業所「夢屋」というふうになっているのは、この本が仲間と一緒につくったというミヤさんの考えの現れでしょうか。
べこべこべー次号で『トライトーン』の紹介(内容はカバーと、立松さんの帯文などです)したいのですがよろしいでしょうか。
阿蘇の地、秋の紅葉の季節、空の雲も美しく見えることでしょう。
『夢屋』のみなさんにもよろしく。

2006年11月04日

アマサさんより

こんにちは、トライトーン読みました。
最初の作品が面白かったです。人が正義と思ってやっていることは実は彼らのような行為が多いのかもしれませんね。”正義”を振りかざすという点では強者も弱者もかわりがない。

その動機は案外嫉妬だったり鬱憤だったりすることもあるわけで他者を弾劾する前に己を振り返ってみるのも必要なことかと思いました。

マザー・テレサがかって、「戦争反対のデモに参加しませんか」と言われて断り、「でも平和のためのデモなら参加してもよい」とこたえたという話を思い出しました。
彼女には戦争反対を掲げる人と戦争の大義を掲げる人は同じに見えたようです。

Posted by アマサ at 2006年11月03日 13:41

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