2012年03月07日

2012・春号の「夢屋だより」です。

2011年度もいよいよ終わりです。本当にありがとうございました。 
                             作業所「夢屋」代表  宮本 誠一

今年度の最初の号の日付を見ますと3/1になっています。当然その時点では大震災も予想していませんでしたが、水道管の破裂や新燃岳の噴火の話などを織り交ぜ自然の驚異について書かせていただいていました。阿蘇で生活し18年、やはり身を持って感じるのは冬の容赦ない厳しさと、一度ニ度とこの時期から少しずつ気温が上昇していくときの春の到来のありがたさです。3/11を前に、被災地の皆様のご健康と復興を心からお祈りするとともに、改めてこの大地に生かさせていただいていることへの感謝の気持ちを表したいと思います。それでは1月から3月までの行事を、予定を含めご紹介いたします。

1/5 夢屋の仕事始め。

1/6 パンづくりが終わってからオルモでの茶話会。パン配達をしながら、市役所への挨拶回りと 阿蘇神社への初詣へ行きました。

1/11 エルパティオ牧場に勤めている善野さん、関口さんが訪問され、牛肉のプレゼント。

1/14 バレンタインデーに感謝の気持をこめ、お客様へチョコレートをプレゼントしました。

1/25 日産サニーの店長下津さんから文具をいただきました。

2/6 夢屋を支えてくださっている竹原幸範さんが94歳のお誕生日を迎えられ、メンバーみんなでお祝いしました。

2/20 阿蘇市障がい者福祉計画策定委員会へ宮本出席。

2/22 東京から長崎、佐賀、天草と回った大学生が野菜ty(のなてぃー)宿泊1名

2/27 山田小学校6年生(児童10名と職員2名)とのパンづくりをとおした交流学習。ミユキさんが『みんなダーリン』などを熱唱し、大いに盛り上がりました。

3/3 夢屋の大ベテラン佐藤清子さんのお誕生日を、勤続17年と合わせお祝いさせていただきます。

3/7 新潟から野菜ty(のなてぃー)に宿泊2名

3/22 山田小学校の卒業記念ケーキ(55個)注文をお受けしました。

 人の記憶は一年を通して、季節折々の風景や匂いとも結びつき刻印されているようで、やはりあの日が近づくにつれなんともいえぬ無力感と閉塞感にとらわれがちになるのは、多くの皆さんも一緒だと思いますし致し方ないことだと思います。そんな中、私自身、この一年自分に言い聞かせてきたのは、こんなときだからこそ、しっかりと足元の夢屋の活動を地道にやっていこうということでした。日々の夢屋での生活、パンづくり、仲間との語らいが大好きで、なくてはならないものだから笑顔でやってくるメンバーたち、それを温かな眼差しで見守って下さる地域や行政関係の皆様、そしてパンを買っていただくたびに労いの言葉をかけ励まして下さるお客様。これらいろんな方たち誰一人欠けても夢屋はやっていけませんし、その願いや思いが結実したところにすばらしい活動の道も開けているのだと、勝手ながら思い、深い畏敬の念とともに自分への原動力にもさせていただいています。

2月初め、旧くからの友人である労働センターの倉田哲也さんが、グループ・ホームから通っているメンバーを連れ遊びに来られました。何でも土日はホームの管理人不在(休養)のため、入所者も家へ帰らねばならないらしく、日頃いない自宅への帰宅のため時間を持て余し気味になる彼女を気にかけてのドライブとのことでした。足で操作できる車に車椅子の彼女を連れての外出です。くらっちゃんやるな、と思いながらも、ああ、もし彼がいなくなったらこんな動きを休暇日にわざわざやってくれる人はいるんだろうかと、ちょっと微妙な気持ちになりました。また、ホームでの生活の問題点を切々と訴える彼女の言葉に耳を傾けつつ、それぞれの生きる場所に当然ながら取り組まねばならない課題が山積していることも実感しました。

 わたしたちにとっての“あの日”は、いつも今ここにある、そう思い、これからも精いっぱい、皆様とご一緒にやって行けたらと思っているところです。



☆彡「祝マーク♪成人式♪」☆彡 \(^o^)/                                                ☆中島 地利世☆

今年初のお便りは、一番下の妹のお話を書かせて頂きたいと思います。

私には妹が2人いますが、一番下は13も年齢が離れていて、とても可愛いのが自慢の(姉バカ?)元気な働き者で、家族の中では一番のしっかり者です。(笑)

そんな元気な妹でも、生まれてきた時はとても危険な状態でした。

最初、担当医のお話では「双子」との事でしたが、もう一人の方は胎内で死産になってしまいました。そのあと母の容態が急変し、予定よりも早い出産で一人残された妹も、へその緒が首に巻きついて窒息気味で、仮死に近い状態で生まれて来ました。顔色も見られた状態ではない位に赤黒く腫れあがり、誰もが諦めた雰囲気の中、すぐに保育器の中に入れられました。

それでもなんとか元気にすくすく育ってくれて、退院後、お風呂に入れるのを手伝ったり、オムツをかえたり、近所の公園に遊びに行く時や、お店に行く時も必ず一緒にすごして、伯母さんからは「どっちが母親かわからない」と笑われるほどで、嬉しい事に初めてちゃんと覚えた言葉が「ちぃ」(私の名前)でした。布団に寝かせると夜泣きが激しくて、眠ってくれないので母と交代で一晩中、帯で背負い眠らせたりしていました。

歩けるようになってからはいつも活発すぎて、ちょっと目を放すと風呂で溺れてヒヤヒヤさせられたり、私の職場先の店に母と来て遠くから私の姿を見つけては、母から手をパッと放し「ちぃ〜っ!!」と大声で叫びながら走って来ては転ぶという危なっかしい一面もありました。 「泣くかな?」と思ったけど手をかさず、ジッと見つめているとスッと自分で立ち上がり、「イヒヒッ」と変な声で笑い、ピースしながらおどけてみたりしていました。

小さい頃から肌が弱くて、よく持病のアトピーや「手足口病」という初めて聞く炎症に悩まされてもいましたが、それ以上に大きなケガや病気をする事もなく無事に成長し、今年成人式を迎え、母の知人のご厚意により念願の振袖を着る事ができたことはとてもうれしいことでした。口には直接出しませんでしたが、親に負担をかけたくないらしく式に出るつもりのなかった妹もこのときばかりはとても嬉しそうでした。小学校の担任の衛藤先生に私がこっそりメールで写真を送ると、感動して泣きそうになったという返事がきました。私もキレイな晴れ着姿を見る事が出来て、生まれて来たばかりの頃の事、これまでの事を思い出して胸がいっぱいになりました。 

20年もの月日の中では色々な出会いや別れがあったと思いますが、その中でも妹と衛藤るみ先生と出会ってくれたその繫がりで、私自身にもかけがえのない【夢屋】との大切な出会いをもたらしてくれました。衛藤先生にはもちろん、妹にも心から感謝しています。

妹のお話をしだすと止まらなくなり、まだ…たくさんありますがきりがないので(苦笑)

これ位にして、私の今年の“目標”といえるものは、いよいよ4月で【夢屋】10年目に入りますので、これまでのように健康管理や仕事面での注意は当たり前ですが、また何か一つでも「変わったね」と言われる新しい成長が出来ればと身の引き締まる思いでいます



 
父の亡くなった後の我が家(前半)        佐藤清子

父は、私が小学3年のとき亡くなった。養子(私たちの父)を失った祖父は、いかに私たちを育てるか、どんな決心をしたのだろうか。まずは最初に、男の子3人にはお縁をふくことを言った。小学4年を頭にまだ幼かった兄弟には大変かと思ったがさっさと終わって雑巾を洗って水もすて、こっそりコマをもって遊びに行った。

私はじいちゃんと庭の草取りをした。竹べらみたいなものをつくってくれていて、よくとれた。「じいちゃん、きつか。やめようか」「そうかそうか」庭石に腰かけて話した。母は少しでもお金になるならと編み物のけいこを午後と夜の2部に無理を言ってお願いして励んだ。一番下の弟が母の帰りが遅いので「まだか、まだか」と何度も聞くのでつい雨戸を開け、「もう帰りよらすよ」と言って、夜闇の向こうを指差してなだめたりもした。

そんな中、うれしいこともあった。小学校では年に一度、産業祭がある。どこの家からも野菜をたくさんもってくる。私の家はどうなるかと心配していたら、じいちゃんが、大根、カブ、にんじん、白菜など準備してくれていた。いつの間に畑仕事をしていたのか。私たちは、驚きとともに、ありがとうありがとうと言って、登校した。
posted by あそびと at 09:35| 熊本 | Comment(0) | TrackBack(0) | 『夢屋だより』の文章から〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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