2010年12月15日

映画『サイコ』を見て

NHK・BSでは、今、アルフレッド・ヒッチコックの特集があっています。前夜は『サイコ』があっていました。いわずもがな、ヒッチコックの代表作であり、今もってサスペンス、スリラー、そしてホラーに通底する人間の心理描写を含めたストーリー、構成、演出、音楽、完成度、すべてにおいて越えられぬ金字塔を打ち立てた作品ではないでしょうか。

まあ、「人」は恐ろしい、そのことを単なるノーマン・ベイツという異常性をもった多重人格者の犯罪にとどめることなく、たとえばジャネット・リー演じた金を持ち逃げする秘書にしろ、そのちょっとした動作に疑いを入れるサングラスのハイウェイパトロールの警察官にしろ、登場人物すべてにひとたび「均衡」が壊れだしたときの人と人との関係の危うさと日常は個々人に潜みながらも、あるときある必然さえあればまるで理知的とも思えるように計算された上で顔をのぞかせだすグロテスクな別人格の部分を滲ませます。そのような伏線があるからこそ、モーテルでノーマンがマリオンに語る「人は生まれながらに罠にかかり、一生逃げ出すことはできない」という言葉がリアリティーをもって響いてくるのではないでしょうか。

さて、私は今回この『サイコ』を見ながら、なぜかもう一つの映画を思い浮かべていました。それは同じく1960年、フランス・イタリアの合作で製作されたルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』です。こちらの方はアラン・ドロン演じる貧乏な青年トムが普段から彼をこき使い傍若無人な態度を接する金持ちの放蕩息子フィリップを殺害し、その後、フィリップになりきろうとサインの筆跡の癖まで習得し、彼の財産だけでなく恋人まで自分のものにしようとする話です。もちろん最後はあの有名なシーン、まさしく太陽が燦々と輝く浜辺で日光浴をしているとき、海へ投げ捨てたはずのフィリップの死体が錨とともに巻きついて引き上げられ、彼女の絶叫とともに結末を迎えるのですが、つまりこちらは、他人に必死になろう、なろうと努力し、それでも破綻してしまう話で、他者になりたくなくても勝手に憑依し擦り替わってしまう『サイコ』とは対極をなすものではないか、とそんなことをちょっと考えたのです。

「異常」と「正常」の問題であり「病理」の違いだ、と片付けてしまうこともできるでしょうが、じゃあ、果たして一体どちらが異常で、どちらが正常なのか。考えようによっては、友人を殺し、本気で他人になりかわろうとするトムの方が、閉鎖的な孤独な母親との二人暮らしの中、母親を他の男にとられるのではと追い詰められ、殺害や人格転換を繰り返すフィリップより異常かもしれません。
『サイコ』の終わり近い場面で、心理学者が「最後には強い人格がのっとり勝つことになる」と得意満面に力説しますが、「ジキル博士とハイド氏」も、最終的には薬の力でハイド氏の人格を追い出せなくなり、ジキルともども自壊します。しかしハイド氏が勝ったのではなく、ハイド氏になりたいというジキル博士の無意識の願望が上回ったとすれば、勝者は最初の基点となったジキル博士であったともとれます。

フロイトが「無意識」の概念化ともども、意識への無意識の「抑圧機能」を提唱し一世紀が過ぎましたが、そこから出発した集団的無意識やさらに奥底の深層心理、果てはメタ認識に至るまで、最近では感覚や神経器官の未発達な単細胞生物(粘菌)にも知能があるのではという発見がされ、日本人がイグ・ノーベル賞を受賞しています。底の知れぬ人間を初めとする生物の恐ろしさと不思議……。今日はまた『鳥』があるので楽しみにしているところです。
posted by あそびと at 08:58| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 代表のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月07日

『累犯障害者』山本譲司著(新潮文庫)を読んで

著者は、現在首相である管直人氏の秘書を務め、その後、衆議院議員に当選しましたが、政策秘書の給与を事務所運営費に流用していたことが発覚し、事実を認め即辞任した人です。そして一審の実刑判決を上級審で争うことなく(つまり執行猶予の可能性を潔く捨て)、一年二カ月の服役で罪を償うという道を選択したのです。

私は、名前が演歌歌手と同姓同名であることもあり、興味本位というか、またまた困った政治家がいるもんだなというくらいで、この流用事件を見ていました。しかし、その後彼が、テレビなどで障がい者の服役後の追跡調査や刑務所内の障がい者に対する待遇問題がドキュメンタリスティックに報道される際、コメントなどを寄せていることから、実体験を生かした視点から鋭い指摘を発していることに、徐々に関心の中心がかわっていきました。「犯罪」という、多くの一般者が<負>の側面として位置付けている事象から、実際に「犯罪」に達するまでの「社会適応の困難さ」のプロセスを丹念に追うことで、「人はなぜ罪を犯すのか」という本質的なテーマを探る手がかりを、えてして自分らにとって都合の悪い部分に対しては目をつぶりたがる大衆(私自身も含め)に向かって周知させていく重要な仕事をしているのではないかと思えるようになったのです。

「コミュニケーションの不在、もしくは不充分さ」これが人と人の関係に軋轢をもたらし、誤解と猜疑の果て、双方に妄想や自己のエゴを肥大化させ、自己中心的な行為へと加速させていくこと、そして社会的にまだ機能としての補完的状況が不十分な状況に置かれている障がい者の場合、この循環に陥りやすいことを多くの犯例をもとに解き明かします。

ややオーバーな言い方かもしれませんが、16年間作業所をやりながら、ここに書かれている様々な障がい者とのやりとりで派生する事象の素形は、私もほとんど体験してきていますし、常に日々の生活にあるものです。そう、この本に対しては、こういう言い方もできるのです。な〜んだ、こんなことは障がい者と接していれば、日頃よくあってることじゃないか。うまく話し合いができるかと期待し一歩進んだ途端、突然に起こるこちらへの恫喝、やる気を引き出そうとして、結局は最初からそうしたかったかのような、結論ありきにしぼんでいく循環の繰り返し、様々なミスを修復しようとこちらが必死に動いても、何食わぬ顔で「反省」や「感謝」という観念さえ持ち合わせない(実際にこの感情は人間関係の上で結ばれる非常に高度なもので、「自尊感情」の生育とも関係し深いテーマを孕みますが)かに見える決定的な断絶……。これらは、いわば当たり前であり、それを生じさせる関係性を充分認識したうえで、ひとつひとつ健常者側の持ち合わせている観念の上皮も剥ぎながら、じゃあ何がいったいその上に両者が築いていけるんだろうかと模索していくことが、いわば「福祉」の大方の現場の常識なのではないでしょうか。だからこそ、この本が、社会、とくに最も底辺に置かれているとも言える犯罪者の置かれている状況を梃子に「障がい者」の生きている現実の厳しさを訴えていくことは、我々もどこかこれまで日頃やっているにもかかわらず、大衆の面前から隠してきた、あるいは見えないようベールを被せてきた部分と重なるのではと、反省ともども、う〜〜んと考えさせられるのです。

とくに「性」の部分は、ドキッとさせられました。果たして「福祉」は、あるいは「社会」は「品行方正」なモデルを障がい者だけでなく「人」に対して求めるあまり、本当の「性」による「喜び」、「愛」や「自由」の存在する場所を捨象してきたのではないか……。けっきょく良い本は最終的に読者一人一人のどこか触れたくない、でも捨て去りたくもなく引きずっていた場所へ微かでありながらも明確な鮮度をもった光を当て、問いかけてくるのだなあと、改めて思った次第でした。
posted by あそびと at 23:19| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 代表のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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