2006年08月27日

柿食えば、的を外れて スーパーマン・・・

冥王星が惑星から外れることになり、今、そこをふるさとにするスーパーマンは、どこへ帰るのか、ちょっと心配ではありますが、そのスーパーマンで私には、思い出深いことがあります。
今度、またまたリメイクされ、映画となったスーパーマン。かつてはテレビの白黒時代から、画面にかじりついて見ていましたが、その後、高校になり、つまり1978年に、クリスト・ファー・リーブの主演で映像化されたとき、私は、な、なんと、その映画を奈良で見ていたのでした。
当時、県北の玉名高校というところに行っていた私は、弓道部に入っておりまして、またしてもな、な、な、なんとなのですが、どうしたはずみか、高三のとき県大会の団体で準優勝、そして個人では優勝をしてしまい、滋賀である全国高校総体へ出場していたのです。
弓道会場は奈良にあり、私は、奈良の旅館(名前はちょっと忘れました)
に一週間ほど、担当教師と二人で出かけ、せっせ、せっせと近鉄線だったかな?で、育英高校というところへ練習にでかけ、それでもって本戦に臨んだのでした。
まあ、県大会に関しては、これも長くなるのですが、やっぱり話ときますね。
あの日、私にはめずらしく、朝夕と猛練習したのがたたったのか、試合当日、学校に来たときから熱と吐き気に見舞われ、保健室に横になっていたのです。
「高校最後の大会なんだから、行ってみたら」
真顔な養護教諭の一言に、まあ、それもそうだなと、一人、後を追う形で、電車に乗り、熊本市の北岡公園へ向かったのでした。
試合会場についてからも、ほとんど茣蓙を敷いて寝ている状態で、自分の出番のときだけ、何とか這いずるように起き上がり、道場に立ちました。
個人戦は、まず一回戦は四射中、皆中(全部命中)。
おっ、体調のわりには出だしはいいなあと思っていった二回戦、四射中、今度は三射命中でありました。
ああ、これまでか、と思いきや、十人立てる射場に皆中者だけで八人ということで、残る二人分をめぐっての、三射当てた者での敗者復活戦があることになったのです。
で、早い話が私と、当時の八代工業(今は校名はどう変わったのか知りませんが)の生徒がその戦いで勝ち抜き、めでたく個人戦決勝へすすむことになったわけです。
そこからは、もうサバイバルです。
一射ごと、はずした者は立ち去っていく過酷な戦いになります。
次々と矢を射ながら、自分でも信じられぬほど、ホント、当たるは当たるは、一本もはずれない・・・。
それで気づいたときには二人になっていて、で、またまた、な、な、なんとなのですが、そこに残っていたのは敗者復活で勝ち残った、あの八代工業の生徒と私だったのです。
この体験は私に、その後の人生においても、決定的な何かを植え付けたように思います。
理屈ではない、「何事も最後まであきらめるな」という経験訓めいたものだけでも整理がつかない、不思議な体験です。
何かが二人にはそのとき、人為を超える力のようなものになってのりうつっていた、という感じかなあ。
で、またしても二人で競うことになったのですが、三射目だったかな? 相手の矢がぷすりと的を外れ、砂に突き刺さる音がしました。
すでに矢を射る体勢に入っていた私は、えっ、もしかしてこれが当たれば優勝?そんなことを考えていました。が、身体はスロービデオのように動きをとめません。やはり何者かに導かれるように、まったく力が入ることもなく、これまでどおりに、ごくごく自然と右手が弦から離れると、つぎに空中にわずかに弧を描いた矢は的を貫き、審査をしていた係りの先生の声がつづきました。
「ハイ、君が準優勝、君が優勝」
指差すその先にあるのは私の顔。
私はポカンとしていました。
まさしく無欲の勝利です。
さてさて、そこでようやくまた話は奈良へと戻ります。
私は担当のJ先生と、その夏休み、インターハイ会場の奈良へ出かけ、またまためずらしく練習したのが今度は逆に出たらしく、県大会とは違いどこか疲れていて、見事、予選敗退。
あの最後の矢が砂に刺さった音は今も忘れませんが・・・・
やっぱり、もう憑きものはとれていたという感じでした。
それにしても練習のときは絶好調だったのですよ。やっぱり、今から思えば、どこかで欲をだしてたんでしょうね。そんな人には勝利の女神は微笑まないみたいです。
予選落ちした私を励まそうということか、とりあえず、その日の夕食は、旅館の食事をせず、二人、奈良のレストランで食べました。それから先生が、映画でも見ようかと誘っていただいたのが、あのスーパーマンなのです。
たしか、J先生は映画研究会の顧問もしていたと記憶しています。
まあ、今度、新聞テレビでスーパーマンのリメイクの情報を知り、私自身すっかり忘れていたこのことを、それこそひょくっと思い出し、この『自然 and WALK』(しぜんとあるく)のコーナーの一発目に、書いてみようかと思いついた次第なのです。
ちなみに、そのJ先生、無類の旅好きで、試合後の個人的娯楽?だったのか、奈良から信州の方へ出かける計画を旅行会社の方とちゃっかり立てていて、一回戦で敗れた私は、奈良駅で分かれ、帰りは一人で電車を乗り継ぎ、熊本は荒尾の実家まで、帰ってきたという落ちまでこの話の顛末にはついています。(自分の性格から言ってその方が気は楽ではありましたが・・・)
なんとなく自然に、何かに後押しされるように歩いた、そんな私の中にある貴重な一ページの香りが今から振り返ればただよってくる、そんな夏の思い出です。


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posted by あそびと at 23:25| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然 and WALK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

子猫さん、ありがとう。

子猫さん、ありがとう。
どこから割り込もうが、だいじょうぶですよ。
いろいろ、ご丁寧な絵葉書と、心のこもった「一言」、ありがとうございます。
何とか、その後も、みんなで夢屋やっています。
また、あのパンの感触を味わいたくなったら、いつでも来てください。
首を長ーーくして待っています。
posted by あそびと at 21:43| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コメントのご紹介とお返事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月26日

ナコさん、ミユさん、うれしそうでしたよ。

ナコさん、ミユさんへのコメントありがとうございます。
ミユさん、満面の笑顔で、よろこんでいました。
ナコさんも、お仕事やご両親の介護、たいへんでしょうが、お体、くれぐれもお気をつけください。
posted by あそびと at 20:04| 熊本 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コメントのご紹介とお返事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スティッチ君、毎朝見てくれてるなんて、感激です。

毎朝、仕事の前に見ていただいてるんですか。
いやあー、みんなの元気百倍です。
こちら阿蘇から、できるだけメンバーのナマの声を、とどけさせていただければと考えてます。
スティッチさんがおっしゃるように、一人のつづりではうすぼんやりしていることも、4人、5人のつづりを読んでいると、イメージが確かに、より鮮明になってきますね。
私も、一人、キーボードを叩き、彼らのつづりを活字に写しかえながら、その日、その日のことを思い起こしつつ、あらためて、いろんな感情に浸っている一人なのです。
その気持ちがわかっていただいただけでも、うれしいかぎりです。
どうか、これからもよろしくお願いします。
posted by あそびと at 19:56| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コメントのご紹介とお返事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仙酔峡さん、コメントありがとうございます。

熊本県在住のご夫婦の話に、涙されたとのこと。
私自身も、多くの先生方の前で、聞き取りさせていただいたこの話をしながら、胸に込み上げてくるものがあり、悔しさとなんともいえぬ無念さで、熱くなるものを抑えていました。
実際に、障害者の方たちや、その家族が、今、この「自立支援法」によってもたらされている将来への不安度の増加は、言葉では言い尽くせぬものがあると思います。
私も、さまざまな問題はまず当事者と、膝を交え話しを聞くところから、本当の理解の一歩は始まるものと思っておりますので、仙酔峡さんに、その言葉の重みを感じていただき、コメントまで送ってもらったことは、感謝の思いにたえませんし、こちらこそ、今後、作業所をやっていく意味で、叱咤され励まされているところです。
また、コツコツと、情報を発信していきたい思っておりますので、お時間があられるときにでも開いていただけば、うれしいかぎりです。
ほんとうに、ありがとうございました。
posted by あそびと at 19:18| 熊本 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コメントのご紹介とお返事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月25日

2006.5/24

今日、朝、阿蘇神社でとってもカッコよくて素敵な男性が、宮司さんのような格好をして、お掃除をしてたので、見とれてしまいました。
あまり見かけない人なので、私は「新入りさんかな・・・!?」と思って近くに行って
「おはようございます!!」
と、挨拶をしたら、
「おはようございます!!」
と返事をしてウキウキ気分で夢屋に入れました。
単純な性格ですいません。(笑)(チー)

きょうは、朝おきて、さんぽにいって、とちゅうでぼくが花をみていたら、花のさいごのところに赤いバラがあったので、ぼくはこのバラはきれいねとおばさんにいったら、そこの家の人がでてきて、ぼくにすこしあげるといったので、ぼくはありがとうございますといって、もらいました。(ヨシ)

今日、朝から自転車にのってきました。
鉄板あらいをしました。みやはらにかいものに行きました。(ミユ)

今日、ひさしぶりに晴れて、家の都合で早く家を出て、夢屋に着いて、チーさんがもっていた指輪をはめてみたら、なんだかわかりませんでした。
ヨシさんとミユさんと自分で鉄板洗いをして、メロン生地をチーさんがつくるのを見学していました。そのあと、みやはらにモヤシを買いにいきました。
チーさんがメロン生地をつくるのがじょうずなので、感心しました。(タク)

posted by あそびと at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.5/23

土曜日からの3日間の兄の手伝いの疲れが取れずに、今日は、朝から筋肉痛で悩んでいましたが、あまりお仕事しなかったので大丈夫でした。
午後、配達に行ったとき、役場のHさんの元気な顔が見れて、具合が悪いと聞いていたので、よかったです。

きょうは、朝、食事をしていたら、おかあさんがごはんをたべていたら、かちんとおとがでたのでぼくは、なにごとかなあと思ったら、おかあさんのはがはずれていたので、おかあさんはびっくりして、しょくじをやめてしまいました。おかあさんとぼくはゲラゲラとわらった。そしてふたりでまた、ごはんをいっしょにたべました。(ヨシ)

今日、朝から雨がふりました。キヨさんが野菜サラダをもってくれました。Hさんがいんかんをもらいに、午前中こられました。(ミユ)

今日は、金曜日に買ったエプロンを着ました。そのあと本を読みました。そして子猫さんとキヨさんに、金曜日に買いましたと言って、タッパを用意してわたして、エプロンを見せました。そして、家族からなんて呼ばれているかチーさんに聞いて「おばさんと呼ばれているか」と聞いたら、「タクさんみたいに失礼な人はいない」と言われました。
午後から、エプロンして配達していたら、肩の部分が落ちて来たのでたいへんでした。
店員さんから「全部かわいい」と言われました。(タク)

日曜に、運動がてら運動公園へ行きました。雨上がりでしたが、お花を撮るために膝をついて撮りました。ほかの人からみたら、何しているのかと思ったでしょう。
二の腕の筋肉を鍛えられたようで、少し筋肉痛が出てましたが、うれしい限りです。
このところ、朝方や夜八時から九時ごろに体のつかれや眠気があるのに、眠るころには目が冴えてこまります。
次の日、忘れないように起き上がって思いついたことをメモしています。考えたことをメモすると30分は過ぎてしまい、ちょうど眠りにもつけるのですが・・・・(子猫)
posted by あそびと at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.5/19

今日は、朝から頭痛が激しくて、笑顔をつくる余裕がなくて、またみんなに気をつかわせてしまい反省しています。
午後から配達に行ったら、久しぶりにIさんに会えて、嬉しかったです。(チー)

きょうは、朝おきてそとをみていたら、ちゅうしゃじょうをそうじするおばさんがきて、おかあさんとはなしをしていました。ぼくはちゅうしゃじょうをさんぽをしてくるといってちゅうしゃじょうでおばさんとはなしをしていたら、男のひとがねていたりたんばこをすったりしているおばさんがぼくにきもちがわるいといって、ぼくはおばさんとはなしていました。(ヨシ)

今日、朝から夢屋へ歩きました。
昼、トランプをしました。
ヨシさんと私ときりふらをしました。
Iさんにひさしぶりにあえて話をしました。(ミユ)

今日、朝、晴れていました。けど、雨が降ると言うことで、傘をもってきました。毎日、電車の窓から例の男の人を見かけました。とてもいやです。そして、毎日、雨が降っているので、背中が痛かったです。久留米屋さんで、今度お客さんがくるのでエプロンを買って、店員さんと話しました。(タク)

posted by あそびと at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.5/18

今日、朝、嫌な夢を見たので、また正夢になりませんようにと考えながら歩いていたら、時計店の前でMさんが、「チー、暗い顔してどうしたと?」と聞くので、私は「あっ、ヤバイ、顔に出てるんだ・・・」と思って、急いで笑顔をつくって「何でもないです。おはようございます!!」と元気にあいさつをして夢屋に入ったら、やっぱりミスをくりかえす正夢になって、一日ツラかったです。(チー)

朝、夢屋にくるとき、ミユさんがぼくにはなしをかけてきました。ミユさんといっしょにあるいていきよったら、小学校のせいとがミユさんにしらないひととはなしをしないようにといったので、ぼくは、ミユさんのおじいさんといったら、みんなでぼくのかおをみたので、ぼくは、みんなのかおをみたら、みんながはしって学校にはいっていきました。ミユさんはぼくといっしょにいきました。(ヨシ)

今日、朝から雨がふりました。発酵器にパンをもっていきました。
タクさんが発酵器を開けてもらいました。(ミユ)

今日は少し寒くなかったです。じょうろは大きくて持つのがたいへんだから、やかんで水をまいて、個人と夢屋の日記の下書きをしました。
そして火曜日、ガラスの入れ物を用意していて、キヨさんがこなかったので、今日もまた用意して、キヨさんがもっていきました。(タク)

曇りだったぶん、体は動きやすく助かりました。
「パンも発酵がすすんでいる」というのが少しわかるような気がします。1回目の引き伸ばしで空気のぬける音も出るし、広く伸びていたのが、今日は厚みがなかなか減らない。2回目、3回目くりかえしてようやく伸びています。空気の抜けが今までよりも抜けにくくなって、力を入れないといけません。だから足を少し開き、踏ん張っています。
昼前、雨露がのった草花をデジカメに撮っていました。お隣の駐車場脇にある水道の蛇口を撮っていたら、クリーニング店の奥様が心配して出てこられました。写真の被写体にさせていただいているとお話すると納得されました。(子猫)

posted by あそびと at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.5/17

今日、朝、夢屋に来るとき、阿蘇神社で宮地小学校のI先生と久しぶりに会いました。少しお話をしてたら、I先生が「今日のお姉さんの格好は、H先生に似ている・・・」といわれたので、朝から高笑いをしてしまいましたが、私は、大好きなH先生に似ていると言ってもらえて嬉しかったです。(チー)

きょうは、ぼくは朝、夢屋にくるとき、家を出るとき、おかあさんがすのものをもってでよううとしたら、めいがきて、いちごをたべなさいといったのでおかあさんは、これをもっていきなさいといった。ぼくはそれをもっていきました。ついてすぐミヤちゃんがたのみがあるといって、ぼくはなにかなと思った。あつりょくがまのねじをさがしてねといったのでみんなでさがしました。(ヨシ)

昼休み、みんなでゲームをしました。私まけました。
チーさんがゲームをクリアしたので、たくさんできました。(ミユ)

今日は、寝ぼうをしてしまいました。
家を出て、夢屋で探しものをしていたので、ついでに大掃除をしました。いらない板やプラスチックなどをすてました。いるものは整理しました。ついでに片づけができたので、よかったです。チーさんがもってきた韓国のお好み焼きをたべました。(タク)

posted by あそびと at 07:36| Comment(1) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月24日

2006.5/16

今日は、午後の休憩時間にみんなでテレビゲームをしました。
「忍者じゃじゃまる君」という、とてもなつかしいカセットがあったのでしてみました。
20年ぶりなので、やっぱりちょっと難しかったです。(チー)

きょうは、パンをはいたつにかいさんの家にもっていきました。かえるとき自転車をふんでいたら、おとが出て、かいさんの家の近くだったのでそのまま自転車やにいってしゅうりをたのんでぼくはあるいて夢屋にきました。(ヨシ)

今日、朝から雨がふりました。発酵器にパンをもっていきました。タクさんが発酵器をあけてくれました。(ミユ)

今日は、定期券を買うために、早く家をでました。
10分くらい駅舎で待っていて、とびらをしめなかったので、寒かったです。
機械の下の場所の大きなタッパがきたないので洗いました。
午後、パンの配達先のKさんと話ました。
学生がたばこをすっていて注意しようとしてやめたといったので、その方がいいと言われました。(タク)

今朝から雨が降っていて、ここ何日間か体に力が入らず、気分もすっきりしません・・・。
パンの生地を伸ばしながら、いつもより力が入らず、動きもいまひとつでした。
休憩のゲームを見ていても、ボタン操作はわかりませんでした。
砂時計で計りながら、片足立ちをしましたが、明日後、筋肉痛が出ないことを祈っています。(子猫)

posted by あそびと at 10:22| Comment(1) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.5/12

今日、朝から、ずっとミヤさんとミユさんのことを見てて、あらためて気づいたこと・・・・。
みんな「ミユさんが一番元気!!」と言うけど、そんなミユさんの元気の素、ジョークばっかり言うミヤさんは、『一番若くて元気だなあ・・・・』と思いました。(チー)

古屋さんにパンをもっていくとちゅうで、あそじんじゃのちゅうしゃじょうをとおっていたら、ちゅうしゃじょうの中でまちづくりの社長さんがぼくにこんにちわといった。ぼくはすぐうしろをふりむいたらだれもいなかったので、ようとみたら家の中からこんにちわといった。ぼくはびっくりしてはいたつにいきました。(ヨシ)

今日、朝、寒かったです。
パンまるめをしました。キヨさんがフルウツミックスをもってきてくれました。
「うわあ、デザートだ」とわたしは言いました。(ミユ)

今日は、朝から寒かったです。電車の中で、きつかったから、また寝たふりをしていまして、雨が降るか、降らないかわからないの天気でした。
夢屋について、発酵器入れ、夢屋と個人の日誌の下書きをして、キヨさんが来たので、挨拶をして、フルーツをうけとって、半そででだいじょうぶかと聞かれました。(タク)
posted by あそびと at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.5/11

今日、ミユさんが、体の調子が悪くて、奥の事務所で休ませて、頭を冷やしてあげたら、「添い寝して!!」「子守歌、唄って!!」と言うので、いっしょに寝て歌ったら「やっぱりミヤさんがいい・・・」といわれて、ちょっと「ムカッ」としました。(チー)

ぼくは、ぼくがひるごはんのよういをしていたら、きよこさんがはいってきて、きょうのおかずをもってきました。そして、ぼくにさらをとってといって、ぼくはなにをするのかなとみていたら、はしでたけのこをならべてぼくにこうしてのせるといってぼくにおしえてくれました。ぼくはすこしべんきょうになりました。(ヨシ)

今日、朝から歩いてきました。
きぶんがわるくなったから、ちょっとやすみました。
少しよくなりました。(ミユ)

今日、朝くもっていました。いつもより早く出て、待っいて電車の中で寝たふりをしていました。
道具をあらっていたら、キヨさんが来たので、タッパーをわたしました。そして寒天を食べました。(タク)

昨日寝つけず、12時をまわって熟睡したものの、眠気でぼんやりしていまいました。
暖かくなったのもあり、パンがあたたかく、ベタつくのが少しずつわかるようになりました。食パン5個の工程を任せてもらい(いつも真剣勝負ですが)、今日はさらに気合が入りました。
人前で見てもらいながらするのは苦手でしたが、自分の技術や感触を確かめてつくれるようになれたのが少し進歩したような気がします。(子猫)

posted by あそびと at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.5/10

今日は、朝から役場に身体障害者手帳をうけとるために行ってきました。
「Hさん、いるかな?」と思っていたら、いなかったのでちょっとガッカリしました。
でもIさんがいて、「久しぶり・・・元気?」と声をかけてくださったのがうれしかったです。(チー)

ぼくは、夢屋からかえるとき、あそじんじゃのにちゅうしゃじょうにいってかめを見ていたら、かめがうごかんでいたので、しんでいたのですぐおじさんにいって、ふたりでかめ
のしたいをかたづけてから、おちゃをのもうとしたら、よそのひとがじゅうすをもってきたのでみんなでのんだ。ぼくがそれをのんだら、「ばりきをつけてどうする?」とぼくにきいたので、ぼくはわからないと答えた。(ヨシ)

今日、雨がふりました。寒天をつくりました。
チーちゃんといっしょにつくりました。(ミユ)

今日は、朝から雨がふっていました。ヨシさんと鉄板あらいをしました。そして布巾をほしました。そのあと牛乳をあけるのを手伝いました。
外をの見たら、おばさんの団体がいました。(タク)
posted by あそびと at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「自立」や「労働」や「介護」っていったい何なのか、考えるいい機会になりそうです。

「障害者自立支援法」 マメ知識

○平成17年10月31日、障害者自立支援法が国会で成立しました。

1.主な変更点はつぎのようになります。

@精神、身体、知的の三障害が、一元化しました。・・・公費負担医療(精神通院 医療「精神福祉法」、更生医療「身体障害者福祉法」育成医療「児童福祉法」)が自立支援医療「自立支援方法」に一本化されます。

Aサービス体系の変更が始まりました。・・・「日中活動の場」(主に作業の部分)と「住まいの場」を分け、組み合わせることで選択肢は増加します。ただし「福祉サービス量に対する原則一割負担」+「食費、光水熱は実費負担」となり、利用料が必要となります。

B決定の仕組みの変更・・・「障害程度区分」の導入です。これまでの支援費制度で確立されつつあった「個々のニーズ」から「六段階程度の区分」へ変わって行きます。

2.それぞれの問題点の一つを上げてみます。

@について
精神障害者通院公費負担医療(精神保健福祉法32条)の廃止。
精神障害者の方たちにとって、「障害」という認知と保障を法によって受けることは、これまでいわれなき「差別」と対峙することが多かった点からすれば大きな一歩でしょう。
ただし、これまで、95%公費負担(国)で残りを自治体が上乗せ(実際は無料)されていた通院のための公費負担が消え、自己負担に耐えかねて、自分で医療抑制する危惧もあり、心配されています。

Aについて
※月額負担上限額は、どうなるのでしょうか?(ホームヘルプ利用の場合)

生活保護者・・・0円
低所得者1(市町村民税非課税で年収80万以下「2級年金(79万4500円/年)のみの方」)
・・・15,000円
低所得者2(市町村民税非課税で年収80万以上「1級年金(99万3100円/年)の方」)
・・・24,600円
一   般(市町村民税課税世帯)・・・37,200円
              ↓
ただし、同居人(住民票が同一世帯)がいる場合、世帯全員の収入を合算して、自己負担額が決定。
例えば、4人家族で4人の収入の合計で市町村民税世帯となれば、本人収入がなくとも上限37,200円。

●夫(障害者)と妻(健常者)の県内のあるケースの様子を聞いてみました。

結婚後、妻がしばらくケアしていたが、生活も落ち着き、専門学校へ。
その間は、民間の訪問ヘルパーに、いろいろ苦労しながらも、なんとか時間をかけてつなぐ。
無事この春、卒業。さあ、就職しよう。ところが・・・!!
4月に法改正→自己負担の発生。
毎月、最低80時間必要。→1万6000円の負担。(家事援助1700円〜身体援助3500円)
とうとう5月は払えなかった。(事業所に待ってもらった)
妻。もう一度、家に入ろう(自分が外で働く「自分のことだけやっているのではという」罪悪感。夫は外に出してあげられない申し訳なさ)
現在。午前中は、妻がケア。午後だけアルバイト(ヘルパーは使わず母親に来てもらう)
けっきょく妻に、時間的にも精神的にも大きなしわ寄せがきている状態だそうです。
★トイレ、食事といった生活するのに最低限必要なこと(生きるための)は、無料で保障してほしい
とのことでした。

Bについて
 一次判定は、106項目を『できる/できない』で記入してもらい、コンピューターで判定。勘案事項を経て、六段階を決定します。
  70数項目は、介護保険と同じで、ADL(日常生活動作)中心の「自立」感は否めません。

3.小規模作業所「夢屋」の今後はどうなるのでしょうか?

7月〜NPOを取得しました。既に「夢屋プラネットワークス」として出発しています。
10月〜地域生活支援事業の中の「地域生活支援センター」へ移行できればと考えています。
五年かけ市町村で整備することになっていますが、補助が今後どうなるかは、未定です。
自立支援給付事業の「就労移行支援事業(非雇用型)」か「就労継続支援事業(雇用型)」へ展開していくのか大きな節目にあることは、間違いありません。

4.これから、考えていかねばならないことはなんでしょう。

@「自立」とはいったい何かを問い直しています。

A:「これらの者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な(中略)給付を行うため(中略)介護保険を設け」(「介護保険法」第一条・目的)

B:「障害者及び障害児がその有する能力及び適正に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行い」(「障害者自立支援法」第一条・目的)

C:「この法律の対象者が、人間の尊厳にふさわしい、可能な限り独立し、かつ自立性のある生活が可能となるよう」(「○○○○○○○法」)

さてCは、どこの法律でしょうか。サッカーのワールドカップが開催された国と言えばおわかりになるでしょう。そうです。ドイツ介護保険法です。その文面には、「能力」も「適正」もありません。あるのは「人間の尊厳」という一字。
みなさんは、この三つの法律の違いをどう思われるでしょうか。

A「介護」とは何かを問い直しています。
○『できる/できない』から零れ落ちるものは・・・。
自己決定や理解のための精神機能に対する具体的かつ的確な支援の存在があります。
・・・見守り、傾聴、促し、情報提供、サジェスチョン(暗示、ほのめかし)
 人間の「心」の部分を深く探ったり察知し、かかわっている良質な支援者、事業者が排除されかねない場合も考えられます。利用者だけの問題ではなく、サービスを提供する事業者側にもきな変化を与えることは間違いありません。(だから「大変」なことなのですね。)

○一日24時間介助が必要なケースから見えてくるものは・・・

ざっと、720時間/月(31日では744時間)です。
単純計算で、現在のホームヘルプの単価で、少なく見積もっても、およそ150万円/月。
この費用(税負担)を、私たち国民の一人一人がどういう視点で捉え、どう感じているかが大事なのではと、そんなことを、ふと考えてみました。

B「労働」とは何かを問い直しています。
〜儲けることが、そんなにいけませんか!!〜と言った人がいますが・・・。

「労働=儲ける」⇔「たとえ一銭にならなくとも、自分のもついろんな力を外に出し、社会や仲間とつながり、社会の一員として役立ち、人生の充実につながる」(極論ではありますが・・・)

これは、すでに奇麗事なのでしょうか?

健常者を含め、私たち一人一人が今を、どう生きているのか。
そのヒントやときに羅針盤のような役割を果たしてくれていたのが、障害者や高齢者だったと、思っているのですが。
posted by あそびと at 06:54| Comment(2) | TrackBack(2) | 代表のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月23日

7月から8月をザーッッとふりかえってみました。

いやはや、今年の学校の「夏休み期間中」は、夢屋の方は多忙でした。

通常の作業所運営とは別に、

7月26日、阿蘇郡特別支援教育夏季セミナー
      参加者・阿蘇郡内の特別支援教員(約40名)
     
     『自立支援法からみえてきた「労働」と「自立」』と題し、講演。                              (場所:宮地小)

8月2日、袴野小中学校から人権教育現地学習会
                    (参加:教職員10名)

8月4日、熊本県立盲学校から教員の研修見学
                     (参加者:教員3名)

8月17日、阿蘇市人権同和教育課題別研修会
      参加者・阿蘇市内の教職員のみなさん(参加約50名)   
    
     『共生』をテーマに講演(場所:阿蘇市役所会議室)

8月23日、小国養護学校からの作業所見学と、これまでの運営説明会                (参加者:保護者8名、教員4名)    

どの会もどちらかというと、内容は「自立支援法」に関するものを話してほしいという要望がつよく、作業所のこれからのあり方と、とくに夢屋の場合、地域生活支援センターに向けての運びと法律とを絡めつつ、お話したつもりです。

それにしても、宮地小といえば、私が最後に教員生活を送ったところ。
その場所で、新旧とりまぜての先生方を前に、これまでの夢屋での取り組みを話す機会にめぐまれるとは、夢屋を始めて12年、ぐるっと一回りしてきたんだなあと月日の流れをあらためて実感した次第です。
中には、初任の学校でお会いして以来、15年ぶりの先生もおられ、なつかしいやら、ふしぎな感じやら、まあ、ある意味、いい体験をさせていただきました。

拙い講演を聴いてくださった多くの学校関係のみなさんには、この場をかりて厚くお礼申し上げます。






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2006年08月21日

メンバーの一人一人が、作業や日常生活をともに送りながら、ただ、その日「おつかれさま」で終わるんじゃなく、自分の思いをつづりにして、書いたり、語ったり、読みあったりしてつながることを大事にしています。

○まずは、日ごろの様子から。

現在、夢屋には、精神、知的、身体、三種の障害者5名〜7名が通ってきています。
交通手段も徒歩、自転車、電車と様々で、朝、顔がそろえば冗談が飛び交う家庭的な雰囲気が特徴の作業所です。
パン販売は注文制で、長いお客で開所以来、十二年もの間、買いつづけていただいている方もいますし、多くは五年六年と定着した方たちで、一の宮町を中心に利用者自らが配達し、お金をいただく形をとっています。
また、パン製造以外につづけてきているのが、昼食づくりです。
味噌汁に野菜炒め、カレーなど、作業工程にどこかで参加できるメニューを主に、経験をつむごとに自分たちだけでもつくれるようになってきました。
もちろん、配膳、片付けも分担しながらやっています。つまりどこの家庭でも営まれているであろう作業を地道に繰り返すことが彼らの療育にもつながるという理念のもと、行ってきたと言えるでしょう。

○総合的学習との出会い。

総合的学習が始まって以来、学校現場からの見学、出前授業、発表の依頼が急激に増えてきました。
主な授業内容として

『パンはなぜふくらむの〜グルテンを食べてみよう〜』
『絵本をつくってみよう』
『手話って楽しい』
『キリタンポで、パンを炭火で焼いてたべよう』など


109_0950.jpg 中通小、パンこねi.jpg sumibiyaki.jpg 109_0945炭火食べる.jpg


<2006.3/1 焼きたてのキリタンポパンを食べる中通小の子どもたち>

主旨にもよりますが、基本的には、できるだけ全員参加をベースに、授業内容や発表形式を組み立ててきています。それは、夢屋の場合、障害者、健常者の両者いずれかが欠けても成立しない生活の場であり、双方の共生の場として設立、運営してきた結果ですし、その「空気」をできるだけ子どもたちに伝えたい(感じてほしい)という考えからです。
自己紹介や夢屋との出会いのエピソードを自らの言葉で語る重さは何ものにも代えがたいものがありますし、最近では「手話学習」の授業等で、進行役をメンバーに任せることも試みてきました。

○自分たちの「日常」を見つめる。

三年前から、十年近くいっしょにやってきたスタッフが一人ぬけ、残された現場スタッフである代表兼指導員の宮本の仕事量が倍増しました。
裏方であり運営を司る根幹である経理面もやるようになりましたし、クリームづくりやあんこねりなど、以前は二人で分担し朝からやっていたことを人的不足を補うため、パン製造をしない日につくり冷凍しておく形に切り替えました。
さらにイーストや砂糖の細かな分量の仕込みと材料の仕入れ、昼食のための食材の調達、パンに関しては発酵状態を見極めたり、高熱のオーブンへの出し入れなど、彼がつきっきりにならざるをえない場面は多く、メンバー個々に「自立心」が育ってきたとはいえ、ついつい目がとどかないことも増えてきました。
もちろん、個々が努力し、少しずつやれる範囲の仕事を覚えていっていることは、大事なことですが、何せ健常者の方は一人でフル回転していますので、ついぐったりとなり、食後の三十分の休憩時間は、彼が奥で休むということもよくある情景になってきました。
(これはこれで、彼に聞くところによれば、耳には、むしろいるとき以上の盛り上がった会話や笑い声が聞こえてき、「鬼のいぬ間の何とかか」と一人ほくそえんだりもしているそうですが)(笑)
そんな中、配達も終え、三時も過ぎ、帰宅していく一人一人の表情に何か曇りのようなものを彼が感じていた折り、それぞれの思わず吐き出す不満の声(のようなもの)を、直接に、また外部の支援者などを通じて耳にするようになってきたのです。
「最後まで話を聞いてくれない」「メンバーの声が聞き取りにくく、よく気持ちがわからない」「体調不良で、頭痛やめまいがする」など。
水漏れのようにぎくしゃくしたヒビ割れがメンバーの間に起こっているのではないか。彼らの内面だけでなく、かかわっているスタッフ自身も、まず自分たちの今置かれている状況を見据えながら、しっかりと自分と向き合う時間をつくらないといけない。
そう感じ始めた矢先、夢屋としてまずはとりかかりの方法として浮かんできたのが、代表が教員時代に実践していた「つづり」だったのです。

○「書く」ことに抵抗のなかったメンバーたち

「夢屋」では、毎年、季刊号として『夢屋だより』を発行しています。
巻頭に代表の言葉を書き、後は編集責任者のナコさんがあれこれ工夫を凝らし、取材したりしていますが、ときには代表と彼女とで三つほど記事を書かなければならないときもあり、紙面を埋めるのにはけっこう苦労していました。
そこで思い切った転換で、メンバーそれぞれに、日記のような形でもいいから、文章を書いてもらい、一ページごと任せてみてはと、既に二年ほど前からその形式に替え、そのとき、彼らの見せた「書く」ことへの意欲に歯ごたえを感じていたのです。
もちろん、年に数回しかしないことを、今度はほぼ毎日やるわけで反応がどうでるか心配でしたが、三行ほどの短いものでもいいだろうと、仕事を終え、書いてもらったところ、スタッフの不安は杞憂に終わりました。
あるメンバーは下書きまでしての慎重ぶりと没頭ぶりを見せました。車で行かねばならない遠方の配達からスタッフが帰ると、留守番をしている数人が、黙々とテーブルに向き合っている。そんな情景が当たり前となりました。
つづられたものには、スタッフが知らない彼らの生活の一部があり、メンバー相互とのかかわりがあり、自分自身をときに見つめるものがありました。つづりを読みあった後は、司会を順番で決め、もっと知りたいことなど、質問コーナーを設けています。
スタッフも率直に、最近の自分たちの体調のことや、それを理由にどこかで皆とのかかわりを怠っていたのではないかという自責の思いなどを書き、また、自立支援法が始まったことで、今後の夢屋が不安で、これからはより一層みんなの協力を得ながら、ぜひ力になってほしいことを告げたりしました。
すると、あるメンバーは「ようやく、自分たちを頼ってくれた」と笑顔で答えてくれました。
 けっきょく、「つづる」ことは、彼らにとってただ「書く」ことではなく、数少ない『自分を表現する手段』なのだと、夢屋ではとらえています。
日常の中で、生きた軌跡をとどめる『表現』の場や機会が少ない彼らにとって、明確に相手に自分の経験や思いを伝える方法の一つ、それが「つづり」であることを実感しています。

○ここまで読んでいただいて、たいへんありがとうございました。

自分の見たこと、体験したことを、できるだけありのままに書くには、自分というものをひいきめに見たり、また反対に卑下したり、屈折して眺めていては書けない行為です。
事実を事実として正直に書くためには、既に「書く自分」が、その「事実を体験した自分」以上の深い背景に立っていなければなりません。もちろん、聞き手側との関係も同時進行的に修復を迫られることになります。
なぜつづるのかという自問に答える形で、高知県で実践を積み重ねてこられている坂田次男さんは、その意味を次のように述べておられます。
「つづることは、くらしをひらくことであり、からだを解き放つことであり、ことばを解き放つことであり、つなぐことであり、誇りを確かめることであり、感覚を磨くことであり、想像することであり、学ぶことであり、思想を想像することであり、『人間』を追求することである」(「子どもたちの人間宣言」(明治図書)
障害者にもこのことは、通用するのでしょうか。
夢屋としては、すべての人間に、その個々に応じた「つづる」という行為に匹敵するものがあるとまで断言するには至っていませんし、自信もありません。
だた、ある程度の段階までこの行為を探り、文字通り、何らかの形で「つづる」ことで、自分をひらき、自己と他者との関係をひらき、ひいては社会をひらいていくことが可能ではないのか。
少なくとも、つづりを始めてから、確かに変わってきている夢屋のメンバーの個々の関係と、深まってきている自己への眼差しへの手ごたえが、夢屋のスタッフをこの取り組みとつなげ、支えてくれているように思います。
このブログで公開された「メンバーの日記」が、読んでいただいた方たちとの心のどこかで共鳴し合い、これからもどんな形でもいいからつながっていただければ、夢屋としてこれほど喜びにたえないものはありません。




posted by あそびと at 11:28| Comment(0) | TrackBack(1) | 日ごろの活動内容の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.5/9

今日は、ひさしぶりの「夢屋」でのパンづくり、連休、一人で対馬へ行って、お墓そうじの疲れがとれなくて、ちょっときつかったです。でも、みんなの顔を見るとホッとしました。心の中で「ただいま!!」と勝手にあいさつしていました。(チー)

今日はちょっとあつかったです。
パンまるめをしました。たまごやきをヨシさんとしました。すこしじょうずになりました。(ミユ)

きょうぼくは、ミヤちゃんがミユさんのたまごをつくるのを見ていてねといったので、ミユさんにたまごやきのつくりかたをおしえていたら、フライパンがまだぬくくなっていなかった。そしてたまごをみてみたら、そこでまたあぶらをいれてつくっていたので、きょうのたまごやきはできるのかしんぱいしたら、できたのでうれしかった。(ヨシ)

連休明けで少しきついです。向こうを出て2年たちますが、去年とちがう気がします。本を読んでヨシさんに呼ばれたので、発酵器入れをしました。連休は何をしていましたかとヨシさんに聞かれましたので、大津と光の森、ウイナスにいきましたと言いました。(タク)


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2006.5/2

今日は、昨夜、いろいろ考え事していたら、一睡もできなかったせいで、体の調子が悪くて、お仕事がきつかったです。
明日からの連休のうちにストレスを発散して、またがんばろうと思います。(チー)

今日、Kさんがきてくれました。Iちゃんがかわいかったです。
さようならをいいました。(ミユ)

きょう、ぼくは、Kさんの家にパンをもっていきました。かえるとき阿蘇神社のちゅうしゃじょうでかめをみてかえろうとしたら、おじちゃんがコーヒーをのんでいきなさいといった。ぼくはそれをのんで夢屋にかえったら、またコーヒーをのみました。(ヨシ)

今日は朝くもっていて、いつもより早く家を出て、なんだか体がだるいような気がします。だから、電車の中で眠ったいふりをしていました。そのあと、パソコンをしたけど、むずかしかったので、配達から帰ってコーヒーをのみました。(タク)
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2006.4/28

午後に宮地小学校にパンの配達へいき、M先生がかわいいねとかみをきったことにきづいてくれたのがうれしかったです。(ミユ)

今日の午後、宮地小学校にパンの配達にいったとき、M先生と4/22(土)のコンサートのことを少しお話しました。コンサートにいけなかったことを「土、日はどうしても都合がつかず、いけなくてごめんね・・・」って気にされていたので、私は、「いいえ、ぜんぜん。気にしないでください」と答えました。自分でも手話が上手にできたことが初めて納得できる内容だったので、M先生にはどうしてもきてほしかったのですが、忙しいのだからしょうがないとあきらめました。
配達から帰ってきたら、Aさんが来てくださって、お話がおかしすぎて笑い死にそうです。(チー)

今日はあたたかく、いつもどおりのことをして発酵器入れをしたり、日誌の下書きをしたり、ふきんを干しました。とにかくふきんについては、早く乾かさないといけないと思ったから。(タク)

ぼくは、きょう食パンをつくるとき、すこしパンのかたちをすこしちがうので、ミヤさんからちゅういをされました。ぼくはおかあさんのけつあつのあがりさがりのことが気になっていました。あとからすこしまるくなったのでよかったです。(ヨシ)
posted by あそびと at 07:23| Comment(1) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.4/27

今日は、歌の本を持ってきて、大好きな松たかこさんの「桜の雨、いつか」という歌を探したら、見つかったのでそれを覚えるために何度も読み書きをしました。
早く、完璧に覚えたいと思います。(チー)

今日はくもっていました。そしてヨシさんと話をしていて、発酵器入れの回数が多かったけど、とてもよかったです。それとみんなで、旧ライブドアの堀江さんの話をしました。(タク)

きょう、朝、夢屋にくるときちゅうしゃじょうでIさんからおかしをもらいました。それをひとつたべながら夢屋にいきました。のこりをばっくにいれてもって夢屋にきました。そのおかしをミヤさんがかえりにたべておいしかったといいました。(ヨシ)

朝からじぶんから自転車にのってきました。パンをまるめました。ヨシさんがメロンじょうずになりました。(ミユ)

今日はコンサートで撮った写真をパソコンに入れました。2台でそれぞれにパソコンのくせがあり、時間がかかりました。バターがたくさんあり、一日はさんでつくらせてもらいましたが、まったくおぼえていませんでした。でもミヤさんとチーちゃんのつくりかたを研究して、はやくつくれるようになりたいです。生地は「生き物」という意味なんでしょうね!!?(子猫)
posted by あそびと at 06:56| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月20日

夢屋って、どんなとこ?

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国道57語号線が阿蘇市一の宮町宮地に入ると、右手には高岳の威容が迫ってきます。

その山容は、仙酔峡にミヤマキリシマが咲きほこる季節には、自然の威厳と繊細さが調和され、成熟した、まるで一個の人格のような様相を見せ始めます。

国道を左に折れ、阿蘇神社の鳥居が見えるその少し前に、大きな一枚板の看板
に『夢屋』と刻まれた表札を掲げるアンティーク・ショップのようなたたずまいの一軒家があります。

夢屋は約一年間の準備期間(すでにパン販売は、このときから保健所の許可を得て開始していましたので、実質的な運営は1995年からなのです)を経て、1996年4月に、正式に福祉作業所としてオープンのイベントを行い、出発しました。

作業所としての利用者は5名〜7名の少人数ですが、地域の子どもたちや福祉、教育に関心を持つ学生、大人、養護学校からの実習研修、教員の研修など多くの訪問者や利用者があります。



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玄関に入ると、大きなテーブルが目に入りますが、そこで顔を向き合わせながら、和気合いあいとメンバーが食事をしたり、また訪問者と作業所の日常や、これからのビジョンを語り合ったりと、様々な用途に役立つ、夢屋にとってのシンボル的役割を担っています。

一階の奥には、パン製造の作業場、事務所などがあります。

注文販売しているパンに関しては、「夢屋のパンを食べだしたら、他の店じゃ買う気がせん」といわれるほど、無添加で、素朴な味が好評です。
また、手作りのクリスマスケーキや卒業記念のケーキづくりなどを、学校から注文を受けつくったりもしています。
こうした夢屋の活動が認められて、1998年には、第一回「くまもとやさしいまちづくり賞」を受賞させていただきました。

夢屋代表である宮本誠一(通称ミヤモッちゃん)は、日常の作業所活動、利用者へのサポートなど多岐にわたる役割を担っていますが、空いた時間には外部からの訪問者ひとりひとりの言葉を真摯にうけとり、応対しています。

こうした人柄を慕っての訪問者も絶えません。

また、ミヤモッちゃんには小説家としての顔もあり、彼の作品には、

「真夜中の列車」(1998年、第24回部落解放文学賞小説部門入選)
「ウオール(=壁)」(1998年、第20回県民文芸賞小説部門第一席)
「水色の川」(1999年、第25回部落解放文学賞小説部門入選)
「坂の家」「海月」(2000年、詩と真実賞)
「お月様とゆず」(2004年、家の光童話賞優秀賞)


などがあります。

実は、ミヤモッちゃんは、夢屋を始める前、小学校の教師だったのです。

学校教育の様々な矛盾に直面し、悩んでいたところ、一人の自閉症の青年との出会いをきっかけに、夢に描いていた障害者と健常者との「共生」の場づくりに全力で取り組んでいこうと、33歳で辞職を決意したのでした。

それは、学校からのアプローチという方法ではなくて、「小規模作業所」という現場から、自らの人間観、教育観をもとにしながら、より地域の人たちや子どもたちと深くかかわりながら「共生」の場の具現化を図ろうという、むしろ積極的な転換でもあったのです。

皮肉にも、最後の勤務校が夢屋のすぐ向かいにあるので、つくっている当初は以前
の教え子たちが夢屋の前をとおりすぎていくのを複雑な思いで見ていましたが、そんな中でも12年がたち、今でも訪ねてきてくれるかつての教え子は少なくありません。

自立支援法が施行され、夢屋は再び大海の中に投げ出され、新たな形で力強く櫓を漕ぎ、すすみださなければならないときにきていますが、これからもメンバーや地域の方たちと協力しあいながら、阿蘇市からこの「共生」の灯を消さないように、やっていこうと一人一人誓い合っているところです。

2006.4/26

今日は、ミユさんといっしょに、初めて寒天ゼリーをつくりました。
「フルーツ・ミックスジュース」を使ったゼリーにしました。
うまくできるか自信がなくて、不安に思っていたら、やっぱり失敗してしまいました。(苦笑)
ジュースをあたためるとき、鍋をガスから下ろすのが早すぎて、なかなかうまく固まりませんでした。でも、出来上がったゼリーを見て、初めてにしては「まあまあかなあ?」と自分では思っています。(チー)

今日は朝から寒かった。電車を待っていると、知らないおばさんが話をしてきました。ヨシさんといっしょに鉄板洗いをしました。熊日情報文化センターのUさんと少し会いました。ごくふつうの人で仕事がたいへんだと思います。(タク)

きょうは、朝、夢屋にくるとちゅうで阿蘇神社のちゅうしゃじょうでこしかけているひとをみていたら、そのひとはよこになってねたので、ぼくは夢屋にきました。そしてぼくはかえるとき、まだねているので、ぼくはよのなかこういうひともいると思った。(ヨシ)

今日、Uさんがこられました。一時間くらいお話しました。チーちゃんと私で寒天ゼリーをつくりました。(ミユ)


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2006.4/25

今日、朝「夢屋」にくるとき、お母さんのお友達が「あんた、最近、いい笑顔になったね!!」と言ってくださってうれしかったです。午後から宮地小に配達に行ったとき、私からメールをくださいとたのんでM先生にアドレスを教えたので、メールがとどくのが楽しみです。(チー)

きょうひるすぎ、ミヤさんがぼくに、あしたのしかいをしてねといったので、ぼくはおどろいたので、ぼくは、すこしじしんがないので、いますこしずつはつおんのれんしゅうをしている。(ヨシ)

今日、ひるから宮地小にいきました。チーちゃんと私でパンをはいたついきました。Mせんせいとあいました。中通小学校にパンをはいたついきました。(ミユ)

朝、立野駅で電車を待っているとき、寒かった。ふつうどおり発酵器入れ、そうじをして子猫さんと、キヨさんの高菜づけとお菓子がおいしかったです。
そして日誌が自分で思いついてホチキスでとめたのに、バラバラで整理がたいへんでした。あと、コーヒーゼリーをジャムにかけたのもおいしかったです。(タク)
posted by あそびと at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006.4/21

今日、ミユさんと○○新聞社のTさんにパンをとどけたとき、小学生の息子さんが、「ありがとうございます」「たいへんですね」と言ってくれたのがうれしかったです。下の娘さんが家の奥から出てこなかったので、お母さんが「なぜ?」って聞いたら、ミユさんのことを「赤いおばちゃんがこわい!!」と言ったので、みんなでわらってしまいました。(チー)

休み明けの夢屋、コンサートやぜんまいをとりにいった疲れが出ています。先週ならった食パンとレーズン、くるみに加え、ついにバターロールつくりが始まりました。生地を上下に伸ばすのが少したりず、巻いたとき、出来上がりがぷっくりしたバターになりました。明日も楽しみ〜きれいなパンをつくるぞ!!〜(子猫)

今日はあたたかく、ちょうどよかった。スーパーミヤハラに買い物に行って、途中、知らないおばさんに会いました。昼食は混ぜご飯、フキワカメ、ブロッコリー、アナゴがおいしかったです。(タク)

きょうは、ぼくは、メロンをもっていたら、むこうの方からミヤさんがきて、メロンにかけるさとうがおおいといったので、ぼくはびっくりしてじぶんがしっぱいしたのかなあと思った。でもぼくはあんしんしてメロンパンをもっていきました。(ヨシ)

はいたつ先のおばあちゃんが、あなたのかおおつるねといって、さわってもらいました。県じむしょのBさんに会いました。わたしがいなかったのですいませんねといいました。
(ミユ)
posted by あそびと at 09:06| Comment(0) | TrackBack(0) | メンバーの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真夏の夜の教え子との再会とおばあちゃんと見た花火

いよいよ、夢屋もブログをはじめたわけですが、道企画のアンディーさんには、いろいろ準備でお世話になりました。シーサーブログランキングで、最近、第一位になったばかりの彼が、手取り足取り教えてくれました。彼は「飛語宇理日記」というブログの中で、これまでも夢屋のことを紹介してくれてますし、もうかれこれ七年くらいの付き合いになります。
それはそうと、今日は、毎月何回か定期的に行っている夢屋利用者で高齢者の方のお見舞にスタッフと私とで阿蘇市内牧の病院へ行ってきました。
同じ病室の別のおばあちゃんとも知り合いになっていて、訪問するたびに、いろいろな昔話を聞かせてくれます。戦争中、朝鮮へ行っていた話や引きあげてくるとき漁村から小さな船を借りて、村の住民いっしょに福岡の海岸へついたこと。小さいときは、足が速くて陸上競技の選手で、内牧から今の宮地小まで歩いて通ってきていたことなどなど・・・。そんなとき、窓の外からなにやら耳に破裂音が。
そうです。この夜は、阿蘇では夏祭りがあっていて、花火が打ち上げられだしたのです。私はスタッフといっしょにおばあちゃんの手を引いて、十数年ぶりかに窓からひさしぶりに夏の色とりどりの火花の饗宴を楽しませていただきました。
すると、さらに驚くことが。そこへやってきた看護士さんが、「先生おぼえていますか?」と声をかけてくるではありませんか。
五年前、阿蘇郡医師会立准看護高等学校で作業所運営の傍ら非常勤講師をしていたときの教え子が、そこで働いていたのです。
前々から、似た人がいるなあとどこかで気にはなっていたのですが、ホント、うれしなつかしの対面になりました。私は、そのとき倫理社会を教えていたのですけど、いやあー、今思えば、いろいろやってきたもんであります。
まあ、夢屋の活動を十二年もやっていると、実にこんなふうにさまざまなことが起こります。このつぶやきの欄では、そんなことを肩のこらない感じで書いて、皆さんに伝えていけたらと思っています。どうか気軽に開いてみてください。





posted by あそびと at 02:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 代表のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月19日

ご挨拶

ブログ用夢屋正面からの紹介写真.jpg

初めまして。いよいよプラネットワークスのブログの旅立ちの日です。
福祉関係のこと、障害者のナマの声、作業所の現状などなどを九州の阿蘇山の麓から、発信していきます。楽しみにしていてください。
<夢屋向かって左は、居酒屋「山頭火」です。私にジャズの楽しみを教えてくれたマスターがいます>(ミヤ)
posted by あそびと at 12:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 代表のつぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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